厳しい責任感を抱いてほしい2014/08/19 21:31:02

「師」と名がつく仕事は簡単なことではない。人を導くということは逆に言えば導く人間が試されているようなものだ。この先生は信頼するにたるか、言っていることが信頼できるか、と。だから教える方も教わるほうも、ある意味緊張関係と信頼関係がないと、とてもじゃないけれどできないと思う。
今年で洗礼を受けて30年だが、洗礼を授けてくださった牧師はもうこの世の人ではないことはすでに書いた。でもいろいろ教えてくださったことに対する感謝はいまなおわたしのこころにある。それほど、「師」と名がつく仕事、とりわけ教師と牧師っていうのはあとあとまで影響を与えるものだ。
はっきり言ってそこまで信頼できるようでなければ、教会に通い続けようという気にはなれない。
感動や見た目のオンパレード、薄っぺらい説教や聖書講解はかえって人を惑わし傷つける。それほどに「師」という仕事への敬意とともに「師」になる人には厳しい責任感を抱いてほしい。
わたし自身についても、手話ソングボランティアグループのリーダーとなるのだから、当然このような意識を常にこころに刻み銘じておきたい。