依存せず寄りかからず2017/11/21 23:52:29

スマホやタブレットを否定はしません。ろう者であるわたしにとってNFLやCFL、手話やメールなどの情報を得られる発信できるツールでもあるからです。

しかし、こういったツールも使い方次第。
クリックすればなんでも得られる半面、自分で考えることSNSやネットサイトが言っていることをうのみにせず、自分で考えること。
そういう意味で、ネットにのみ依存せず寄りかからずにいたいと思う。

感情にまかせるのはねえ あらためて思う2017/11/16 22:19:00

人間だから感情もあるし怒りにまかせてつい暴言を吐いてしまうこともある。

とはいえ「死ね」はさすがにどうだろう。「生」も「死」も究極のものである。まもなく1年になる、わたしのがん告知と手術は、まさに目の前に「死」が迫ってきた実感があった。そして反対にある「生」もまた、自分ではどうすることもできないものだ。だからこそ「生」も「死」も、そのあいだにある「いかに生きるか」を含めて問われている。

気に入らないからといって「死ね」と相手に投げつける。

そんな短絡的な感情にまかせた発言を、公の人の前に立つ人物が口にするというのは、どんなものだろう。

わたしもまた、感情にまかせて乱暴な、尊厳を傷つける言動をしないように。
言葉は人を傷つけるためにあるものではない。

故郷北海道はもう初雪が降ったそうだ。

2017/11/13 23:12:14

徐々に朝晩寒さが感じられ、秋の色も濃くなってきた。
昨晩5回もトイレとベッドを往復するほど、腹部の異状できつかった。朝はなんでもなかったのが、お昼前に猛烈な腹痛がおきてどうにかこうにかのりきることができた。やれやれ、である。

週明けはまたしっかり体調を整えておきたい。

メンターというか相談できる人がいたら2017/11/07 23:03:32

このごろ、28年前に就職したころを思い出す。

あのころはバブル景気の真っ最中。タクシーで自宅へ送ってもらって経費が会社持ち、なんてザラだった。もうそんな時代は来ないだろう。
聞こえないわたしはほかに聞こえない同僚が何人かいたけれど、彼らはどちらかというと発音が明りょうでなかったぶん、聞こえないことが理解された。
わたしはきれいに話せたから、なかなか周囲に理解してもらえるのが難しかったかもしれない。いまでもわたしが音声言語で普通に話せるために、聞こえないことを忘れてしまうと言われるのだから。

しかし、障がいがある人にとって、周囲が障害のない人ばかりだと、心理面などいろんな悩みがあっても相談しにくいこともあるだろう。
そんなとき、同じ障がいの人がいると、話しやすいかもしれない。
いわばメンターや相談できる人がいるといないのとではまるっきり違ってくる。それも同じ立場同じ経験をしている人がいれば。

わたしの場合はいろんな思いがあっても素直に出せなかった相談できなかった。まわりに聞こえない障がいのある先輩がいなかったこともそのひとつだった。
それがいまでも残念である。

まもなくがん告知から1年になる2017/10/27 23:36:52

そう、まもなく1年になる。
人間ドックで検査をして、検便を自宅のある区の健康保険センターに提出、そこでもハーフハーフながら可能性があると言われて、自宅近くのクリニックで大腸にカメラを挿入してがんがみつかった。告知を受けたときの、雲の上を歩いているような、自分のことでありながらどこかでふわふわ実感が伴わないような心理状態は忘れられるものではないだろう。

まだ行ったことがないのだけど、おちついたときにがん患者仲間や家族らの家族会やがん闘病、仕事やいろんな悩みを抱えている人たちと、思いを分かち合う会に進んで参加したい。

とかくこういう病気になると自分だけという追い詰められたような気持ちが先行してしまうのだけど、そうではなく、仲間がいるんだという実感が大事だ。
幸いはーとふるや手話サークルで聞こえない者同士のコミュニケーションができているから同じ聞こえない者同士の場合は楽といえば楽だ。けれどがん患者同士となると聴者もいるからやりにくい。
できるならがん患者で聞こえない者同士の会があったらそちらにも参加したいものだと思う。

目くじら立てるか、楽しむか。2017/09/22 23:26:53

知恵熱という言葉がある。

昔読んだマンガ、『ふたり鷹』(新谷かおる作)に「知恵熱」という言葉が出てくる。一生懸命頭を働かせていると「知恵熱が……」というセリフが出てくるのだ。

存亡の機、ぞっとしない、知恵熱…慣用句、下がる理解度
http://www.asahi.com/articles/ASK9P7DSQK9PUCVL02H.html

「知恵熱」という言葉の意味は本来の「乳幼児期に突然起こる発熱」ではなく、「深く考えたり頭を使ったりした後の発熱」と答えた人が多かったというこの記事を読んで、先のエピソードを思い出したのだが実は『ふたり鷹』1981年から1985年にかけて『週刊少年サンデー』に連載された作品だ。ということは、「知恵熱」という言葉の本来の意味から変わってきたのは、昨日今日、あるいは1年2年前というわけではなく、もうかれこれ30年以上前からだった、ということなのかもしれない。

ともあれ言葉は文化であり生き物であり、変化していく。
それを目くじら立てるか、楽しむか。

あすからの活力にもなる。2017/09/10 21:33:19

先週木曜日に開幕した、NFL2017~18シーズン。
いよいよ現地時間10日から本格的なレギュラーシーズンに入る。昨年快進撃を見せたOaklandに期待しているが、今年はさて。

まだまだ暑さが残る今日。
はーとふるはんどのけいこのあと、メンバーと一緒にレストランでおしゃべりを。わたしだけアイスコーヒーを注文、メンバーは夕食を。
いろんな話が出て楽しいひととき。

考えさせられることばかりだ。2017/08/26 20:50:04

もしR2-D2と話ができたら、彼らの言語も文化として認めるのだろうか?
石狩翔陽高の長谷川さんが1位 手話スピーチコンテスト
http://www.asahi.com/articles/ASK8V574JK8VULPI006.html?iref=comtop_list_nat_n04

昨日、今日、と正直体調がよくない。ひどい肩こりや軽い頭痛、加えて少し腹痛があるなどきつかったのだけど、昨日の手話ソングボランティアグループの練習と今日も妻が一緒だったから、妻に迷惑になってはいけない、と気合を入れて乗り切ることができた。

話を最初の、手話スピーチコンテストに戻そう。
毎年聴講していてレベルが上がっているのを実感する。日本手話と音声の両方で語るのがどれだけたいへんなことか、朗読をやっているからなおさら実感する。そして若い人が挑戦してくれるのがうれしい。

今日のアトラクションに5人組の手話パフォーマンスグループ「HAND SIGN」が出演した。手話を身近なものにという企画意図であった。
だがわたしの隣にいた老夫婦のうち妻が、「HAND SIGN」の出演中、席を立った。終わったあとに聞くと「音楽が楽しめないから」だという。

わたしもろうだから、彼女の気持ちが痛いほどわかる。「高い音から低い音から、聴こえないためにわからない。リズムもわからない。音楽が楽しいというけどわたしにとっては楽しくない上に苦痛だ……」。さらに年配ろう者にとっては手話をおもちゃのように扱われているという思いがあるのだろう。「HAND SIGN」のメンバーはみんな聴者だし、手話スピーチコンテストの出場者も10人中ひとりを除いてみんな聴者だ。手話というならなぜろう者がいないのだろう、と思うかもしれない。

その老夫婦の妻に話した。「わたしもろうだし、補聴器を外すとまったく聞こえません。話すのは聴者と同じようにできるけど補聴器だけでは音声が聞こえません。さらにギターを学んでいるけど正直、音を聞き取るのがきつい」。でも「ちょっとでいいから何かができたら、世界が広がるんじゃないかと思うから挑戦しています」。

もちろんろう者の長い歴史のなかで、手話を否定されたり蔑視されたりした苦痛があることもたしかだから、そういう重苦しい歴史や事実から目をそむけてはならないと思う。
けれどだからといって手話がろう者にとって大事なものでありコミュニケーションのツールであるけど、それにこだわりすぎて、手話に関心を持とう、ろう文化を知ろう、ろう者と親しくなりたいという聴者を拒絶する、彼らの気持ちを否定するのもどうかと思う。
ろう者にはろう者の文化があって、聴者にも、中途難聴者にも同じように文化がある。国を越えれば当然文化が異なって当たり前なのはいうまでもない。

だからろう者だから聴者だから中途難聴者という自分たちの固有、存在意義にこだわりすぎるのも、かえって新たな偏見や差別を生むのではないだろうか。差別されてきた自分たちを強調しすぎて、聴者を敵視しすぎてはいないか。

はーとふるはんどの舞台やコスモス朗読会をしているわたしだからこそ考えさせられることばかりだ。

とてもうれしく楽しいひととき2017/08/25 23:33:12

仕事を終えてプレミアム・フライデー、といいたいけど、違います(笑)。手話ソングボランティアグループの練習のため集まって短い時間を過ごしました。

手話表現について意見を出し合ってすすめていく、そのプロセスと、みんなで一緒にひとつの目標に向かっていくこと。それがとてもうれしく楽しいひとときでした。

こういう会に参加したい。問題は……2017/08/24 23:10:18

暑さにまいりそうできつい。

▶ がんサバイバーカフェ を9/13(水)に開催いたします (ゲスト:NPO法人がんノート代表理事 岸田徹さん)

こういうかたちでがん患者やその家族が集まる会に参加したいと以前から思っている。
問題は……手話通訳あるいは手話などの情報保障があるかないか。

まだ時間があるから、手話通訳の派遣依頼など考えてみたい。