目くじら立てるか、楽しむか。2017/09/22 23:26:53

知恵熱という言葉がある。

昔読んだマンガ、『ふたり鷹』(新谷かおる作)に「知恵熱」という言葉が出てくる。一生懸命頭を働かせていると「知恵熱が……」というセリフが出てくるのだ。

存亡の機、ぞっとしない、知恵熱…慣用句、下がる理解度
http://www.asahi.com/articles/ASK9P7DSQK9PUCVL02H.html

「知恵熱」という言葉の意味は本来の「乳幼児期に突然起こる発熱」ではなく、「深く考えたり頭を使ったりした後の発熱」と答えた人が多かったというこの記事を読んで、先のエピソードを思い出したのだが実は『ふたり鷹』1981年から1985年にかけて『週刊少年サンデー』に連載された作品だ。ということは、「知恵熱」という言葉の本来の意味から変わってきたのは、昨日今日、あるいは1年2年前というわけではなく、もうかれこれ30年以上前からだった、ということなのかもしれない。

ともあれ言葉は文化であり生き物であり、変化していく。
それを目くじら立てるか、楽しむか。

あすからの活力にもなる。2017/09/10 21:33:19

先週木曜日に開幕した、NFL2017~18シーズン。
いよいよ現地時間10日から本格的なレギュラーシーズンに入る。昨年快進撃を見せたOaklandに期待しているが、今年はさて。

まだまだ暑さが残る今日。
はーとふるはんどのけいこのあと、メンバーと一緒にレストランでおしゃべりを。わたしだけアイスコーヒーを注文、メンバーは夕食を。
いろんな話が出て楽しいひととき。

考えさせられることばかりだ。2017/08/26 20:50:04

もしR2-D2と話ができたら、彼らの言語も文化として認めるのだろうか?
石狩翔陽高の長谷川さんが1位 手話スピーチコンテスト
http://www.asahi.com/articles/ASK8V574JK8VULPI006.html?iref=comtop_list_nat_n04

昨日、今日、と正直体調がよくない。ひどい肩こりや軽い頭痛、加えて少し腹痛があるなどきつかったのだけど、昨日の手話ソングボランティアグループの練習と今日も妻が一緒だったから、妻に迷惑になってはいけない、と気合を入れて乗り切ることができた。

話を最初の、手話スピーチコンテストに戻そう。
毎年聴講していてレベルが上がっているのを実感する。日本手話と音声の両方で語るのがどれだけたいへんなことか、朗読をやっているからなおさら実感する。そして若い人が挑戦してくれるのがうれしい。

今日のアトラクションに5人組の手話パフォーマンスグループ「HAND SIGN」が出演した。手話を身近なものにという企画意図であった。
だがわたしの隣にいた老夫婦のうち妻が、「HAND SIGN」の出演中、席を立った。終わったあとに聞くと「音楽が楽しめないから」だという。

わたしもろうだから、彼女の気持ちが痛いほどわかる。「高い音から低い音から、聴こえないためにわからない。リズムもわからない。音楽が楽しいというけどわたしにとっては楽しくない上に苦痛だ……」。さらに年配ろう者にとっては手話をおもちゃのように扱われているという思いがあるのだろう。「HAND SIGN」のメンバーはみんな聴者だし、手話スピーチコンテストの出場者も10人中ひとりを除いてみんな聴者だ。手話というならなぜろう者がいないのだろう、と思うかもしれない。

その老夫婦の妻に話した。「わたしもろうだし、補聴器を外すとまったく聞こえません。話すのは聴者と同じようにできるけど補聴器だけでは音声が聞こえません。さらにギターを学んでいるけど正直、音を聞き取るのがきつい」。でも「ちょっとでいいから何かができたら、世界が広がるんじゃないかと思うから挑戦しています」。

もちろんろう者の長い歴史のなかで、手話を否定されたり蔑視されたりした苦痛があることもたしかだから、そういう重苦しい歴史や事実から目をそむけてはならないと思う。
けれどだからといって手話がろう者にとって大事なものでありコミュニケーションのツールであるけど、それにこだわりすぎて、手話に関心を持とう、ろう文化を知ろう、ろう者と親しくなりたいという聴者を拒絶する、彼らの気持ちを否定するのもどうかと思う。
ろう者にはろう者の文化があって、聴者にも、中途難聴者にも同じように文化がある。国を越えれば当然文化が異なって当たり前なのはいうまでもない。

だからろう者だから聴者だから中途難聴者という自分たちの固有、存在意義にこだわりすぎるのも、かえって新たな偏見や差別を生むのではないだろうか。差別されてきた自分たちを強調しすぎて、聴者を敵視しすぎてはいないか。

はーとふるはんどの舞台やコスモス朗読会をしているわたしだからこそ考えさせられることばかりだ。

とてもうれしく楽しいひととき2017/08/25 23:33:12

仕事を終えてプレミアム・フライデー、といいたいけど、違います(笑)。手話ソングボランティアグループの練習のため集まって短い時間を過ごしました。

手話表現について意見を出し合ってすすめていく、そのプロセスと、みんなで一緒にひとつの目標に向かっていくこと。それがとてもうれしく楽しいひとときでした。

こういう会に参加したい。問題は……2017/08/24 23:10:18

暑さにまいりそうできつい。

▶ がんサバイバーカフェ を9/13(水)に開催いたします (ゲスト:NPO法人がんノート代表理事 岸田徹さん)

こういうかたちでがん患者やその家族が集まる会に参加したいと以前から思っている。
問題は……手話通訳あるいは手話などの情報保障があるかないか。

まだ時間があるから、手話通訳の派遣依頼など考えてみたい。

押しつぶそうとしても踏まれても踏まれても2017/08/13 22:21:18

昨日のEテレ「ろうを生きる 難聴を生きる」のなかで、ろう乳幼児を対象にした絵本の読み聞かせや手話を教えるプログラムとともに紹介されていたのが、石狩市にある道立石狩翔陽高校で今年度から手話を言語として学ぶとともにろう者の差別されてきた歴史なども含めて総合的な学習を行うプログラムが始まったことが取り上げられていた。
石狩翔陽高校のプログラムについては、ほかにもさまざまなメディアなどで紹介されている。

「手話は言語」「手話は文化」。石狩市の先駆的な取り組みを霞が関の勉強会で発表していただきました!
http://ameblo.jp/takenakanami/entry-12181781164.html

「手話語」授業、スタート 北海道・石狩翔陽高校、今年度から 差別された歴史も学ぶ
http://www.asahi.com/articles/DA3S12949458.html

射水市聴覚障害者協会
http://blog.goo.ne.jp/imizu-city/e/19560f017b380a946dc497cb97b81e38

どこの世界にもこころない人はいるもので、石狩翔陽高校のプログラムがヤフーニュースで紹介された今年4月、「JKを狙った商売だろう」などというコメントがあった。
いったいどういうところからこういう意見が出てくるのか理解できないと同時に、障がい者をなにかあわれみの対象としているか、障がいを商売か何かに利用していると勘違いしているのか、ともあれこころないこういうコメントは当事者であるわたしにとっても、言いようのない不快感しか感じられない。

いちいち反論するのも疲れるだけだが、聞こえないことはけっして不幸ではない、ということ。不便であるかもしれないが、聞こえないけれどひとりの人間としての誇りを持って生きているということをはっきりさせておこう。
こころない言葉は無視するか聞き流して、自分らしく生きていくこと、それだけを大事にしていこう。つまらないこころない言葉に押しつぶされるかもしれないが、押しつぶそうとしても踏まれても踏まれても、麦のようにまた立ち上がる。

読み聞かせ2017/08/12 21:54:31

これは絵本ではないけど
どうなるかわからないけれど、というのは、絵本の読み聞かせで、手話と組み合わせる試みができたらなということだ。

今日のEテレ「ろうを生きる 難聴を生きる」のなかで、絵本を使った読み聞かせ、それもろうの乳幼児向けの活動が紹介されていた。

もともとこういう読み聞かせというジャンルは好きなもののひとつ。加えてわたしがろうである一方で話せるとあったら、手話と音声でやってみたいと思う。

ネットで使えそうな絵本を探したり絵本のサイトをみたり。
「ろうを生きる 難聴を生きる」を観て、意外に思ったのは、ろうの子どもたちに手話を教えるタイミングはいつごろがいいかということがいままで見過ごされてきたということだ。自然に身につく人もいるだろうが、そうではなく親とのかかわり、親が聴者であったらなおさら、そういう問題が見過ごされてしまうことがあるのだという。

わたしはろう者であり話せる。
その神からいただいた恵みを最大に生かすこと。
それもまた大事なことだと思う。

一緒に意見を出し合うひとときがとても楽しい2017/07/30 23:47:48

今日からはーとふるはんどの2018年2月の舞台に向けたけいこがはじまった。新しい曲を覚えるため、ステップのテンポやリズムを確認したり手話表現を検討し合ったり。

聞こえないものも聞こえるものも、一緒に意見を出し合う。
そのひとときがとても楽しい。

聞こえなくてもできる!2017/07/19 22:38:46

今日からトルコのサムスンで第23回デフリンピック夏季大会が始まった。

ひらたくいうとデフリンピックはわたしたち聴覚障がい者の五輪。
2020年に東京で開催されるパラリンピックが、リハビリテーションから始まったのとは異なり、五輪に準じた、記録と技術向上を目的としたものである。

(いちからわかる!)デフリンピック、どんな大会?
http://digital.asahi.com/articles/DA3S13033614.html?_requesturl=articles%2FDA3S13033614.html&rm=150

たしかに障がいのない人からすれば「聞こえないのにすごいね」と思われるかもしれない。
けれどわたしたちは聞こえないのがあたりまえであり日常である。
それをすごいと言われるよりも、聞こえなくてもできる、やれるんだという気持ちでいることのほうに目を向けてほしい。

デフリンピックが開幕 「声出そうぜ、気持ちは伝わる」
http://www.asahi.com/articles/ASK7M2JZXK7MUTIL002.html

少々疲れはあるけど、どうにかギター練習をやって今日は一日終わり。

舞台まであと1日2017/07/15 22:43:58

あまりの暑さにとけてしまいそうなくらい。今日は朗読、はーとふるのけいこと忙しい一日。
しかし忙しいくらいがちょうどいい。

しっかり休息をとって、舞台まであと1日しかない。