楽しんでもらえるように2018/04/22 23:42:14

これは昨年のもの。今年も来てもらえたらうれしいな
終日暑い一日。今日は朝に教会の礼拝のあと、教会総会をへてはーとふるはんどのけいこへ。何回か心臓の動悸を感じたが大事には至らず。

難しい顔やしかめっ面をしてダンスや朗読をやってもいいんだけど、どうせやるなら楽しい顔のほうがいい。からだにもこころにもね。
というわけで入団したころは怖い顔をしていたのが、メンバーからは「柔らかい優しい表情になった」と言われるようになった。
そう、どうせ舞台に立つなら楽しい表情の方がお客さんにも楽しんでもらえるだろう。心臓やがんがあるからこそ。

新しい表現を知ったとき2018/03/15 23:26:43

これじゃちょっと物足りないか(笑)
インスタ映えという言葉がある。
「ひときわ映える、見栄えが良い」ものを写真共有サービスの「インスタグラム」に掲載するところからきているのだそうだが、手話表現もある。
右手小指と人差し指を立てて、人差し指を親指とくっつけてから右手で「かっこいい」という手話につなげるのだそうだ。

と書いたのは、新しい表現を知ったとき、へえ、と思ったりなるほど、と思ったり。
わたしはもちろん「インスタグラム」をやったことがないが、若い人なら知っていることも多いから、彼らに聞いてみることも楽しい。

けっこう遅くまで楽しい会話が続いた。2018/03/06 21:29:05

仕事のあとに、同僚も含めてわたしの勤務先で週一、手話を教えているというか一緒に勉強している社員有志と、懇親会をひらいた。
ふだん外で飲まない食べないわたしだが、職場近くにおいしい台湾料理店があると聞いてわたしの代わりに店に席を予約して下さり、わたしはくじ引きをつくって、到着したメンバーに席をくじで引いてもらった。

女性が多いため、出しゃばってもよくないとできるだけ聞き役に徹したつもり。先日の三越劇場の舞台を見に来てくださった方がいらしたので、舞台についても少しだけ触れた。そのほか日本手話と日本語対応手話の違いや会議などでの聞こえない人たちのための情報保障について真剣な討論(?)を交わすなどして、けっこう遅くまで楽しい会話が続いた。

ホストはたいへんだし気をつかうこともあるけれど、参加してくださったみなさんがこころゆくまで楽しんでくださることが仕事の目標である。

今回初めてひらいた懇親会を、学習会同様に細々とでいいから続けていきたい。

いいねと笑顔が返ってきた。2018/01/21 22:29:40

昨年秋からのNHK朝ドラ「わろてんか」を妻と一緒に観ている。
年末に出てきた、「安来節乙女組」という、安来節を踊る女性らのけいこ場面で、武井風太(濱田岳)が「笑顔が足りない」と指導する場面がある。

わたしもそう。
どちらかというと真剣になればなるほど硬かったり怖かったりする表情になることが多い。
でもそれじゃ困るんだよね。お客さまにも楽しんでもらえないし。

というわけで今日はできるだけ楽しく、笑顔を絶やさずに取り組んでみた。
そうしたら、指導してくださった方からサムアップ、いいねと笑顔が返ってきた。

いいね!

同じ聞こえない同士だからこそ理解し合える。2018/01/14 22:50:12

はーとふるはんどでのけいこ。

今年もろう者だけのスピーチをするらしく、その内容の手話表現について、手話通訳士ではなくろう者に表現をみていただいた。手話通訳士がダメだというのではなくて、同じろう者の意見を聞くことで多様な考えが醸成できると考えたからだ。

その延長でわたしが聞こえなくなってからのこと、難聴だけどほとんど聞こえないことで誤解されること、自分がろう者であるという意思や日本手話への思いなどを語って共感していただけたように思う。

同じ聞こえない同士だからこそ理解し合える。
それがとても楽しい。

苦痛がいまでもときどき胸に疼く。2017/12/20 22:55:25

わたしも経験あることだけど、「聞こえる人も聞こえない人も関係ない」という言葉を口にするとき、聴者から言われるのとろう者難聴者から言われるのとでは全然印象が違う。
さらに、聴者から「自分のことは自分でやろう」などともっともらしいことを言われるとそれはどういう意味で言っているのかと問い詰めたい。

体のいい差別をごまかし塗りつぶし隠すための方便としてか、聞こえない人も聞こえる人も同じ人間なんだからともに生きていこうよ、という意味で言っているのか。

昔、筆談やワイヤレスマイクをつけてほしい、と頼んだら「お前のためだけにやっているひまはない」と拒否されたことがある。
そんな苦痛がいまでもときどき胸に疼く。それから人間不信がしばらく続いた。

依存せず寄りかからず2017/11/21 23:52:29

スマホやタブレットを否定はしません。ろう者であるわたしにとってNFLやCFL、手話やメールなどの情報を得られる発信できるツールでもあるからです。

しかし、こういったツールも使い方次第。
クリックすればなんでも得られる半面、自分で考えることSNSやネットサイトが言っていることをうのみにせず、自分で考えること。
そういう意味で、ネットにのみ依存せず寄りかからずにいたいと思う。

感情にまかせるのはねえ あらためて思う2017/11/16 22:19:00

人間だから感情もあるし怒りにまかせてつい暴言を吐いてしまうこともある。

とはいえ「死ね」はさすがにどうだろう。「生」も「死」も究極のものである。まもなく1年になる、わたしのがん告知と手術は、まさに目の前に「死」が迫ってきた実感があった。そして反対にある「生」もまた、自分ではどうすることもできないものだ。だからこそ「生」も「死」も、そのあいだにある「いかに生きるか」を含めて問われている。

気に入らないからといって「死ね」と相手に投げつける。

そんな短絡的な感情にまかせた発言を、公の人の前に立つ人物が口にするというのは、どんなものだろう。

わたしもまた、感情にまかせて乱暴な、尊厳を傷つける言動をしないように。
言葉は人を傷つけるためにあるものではない。

故郷北海道はもう初雪が降ったそうだ。

2017/11/13 23:12:14

徐々に朝晩寒さが感じられ、秋の色も濃くなってきた。
昨晩5回もトイレとベッドを往復するほど、腹部の異状できつかった。朝はなんでもなかったのが、お昼前に猛烈な腹痛がおきてどうにかこうにかのりきることができた。やれやれ、である。

週明けはまたしっかり体調を整えておきたい。

メンターというか相談できる人がいたら2017/11/07 23:03:32

このごろ、28年前に就職したころを思い出す。

あのころはバブル景気の真っ最中。タクシーで自宅へ送ってもらって経費が会社持ち、なんてザラだった。もうそんな時代は来ないだろう。
聞こえないわたしはほかに聞こえない同僚が何人かいたけれど、彼らはどちらかというと発音が明りょうでなかったぶん、聞こえないことが理解された。
わたしはきれいに話せたから、なかなか周囲に理解してもらえるのが難しかったかもしれない。いまでもわたしが音声言語で普通に話せるために、聞こえないことを忘れてしまうと言われるのだから。

しかし、障がいがある人にとって、周囲が障害のない人ばかりだと、心理面などいろんな悩みがあっても相談しにくいこともあるだろう。
そんなとき、同じ障がいの人がいると、話しやすいかもしれない。
いわばメンターや相談できる人がいるといないのとではまるっきり違ってくる。それも同じ立場同じ経験をしている人がいれば。

わたしの場合はいろんな思いがあっても素直に出せなかった相談できなかった。まわりに聞こえない障がいのある先輩がいなかったこともそのひとつだった。
それがいまでも残念である。