もっと話ができるようになりたいものだ2014/09/01 23:19:52

こちらの予定や教えてくださる方の都合などで2週間中断したASL学習会。

アメリカカレッジ、日本の学生社会人に続いてNFLもまもなくレギュラーシーズンが始まる。そんなことをきっかけにフットボール談義なども交えて楽しくレッスンを受けた。

コミュニケーションで話が弾むきっかけといえば、趣味であるとかフットボールやベースボールといったスポーツや音楽、演劇という切り口もあるだろう。お互いに共通の話題だったらなおさら。
で、これまでの学習の復習のひとつとして職業の自己紹介を教わる。

日本の手話では職業という表現は両手を横に手のひらを上に、指先を突く。昔は聴覚障がい者の仕事は印刷工が多かった。ピンセットで活版活字をつまみ出して組んでいくものが多かった。当然、紙を扱うことが多い。そこで紙を整えたり積み重ねたりするしぐさからきている。
アメリカ手話では両手こぶしを上に重ねる。

いろいろ会話を交わして興味深かったのは、アメリカ人選手の「ここ一発」という時の集中力だ。
ふだん、試合中ベンチに座っているときの彼らはガムをかんだりチームメートとの談笑ばかりでだらしないように見える。やる気あるのかと思うほどだ。ところがコーチから「出ろ」といわれると、あるいは試合になると、全く別人かと思うほどに集中力を高める。それもガラッとというなまやさしいものではない。さっきまでのだらしない姿はいったい何なんだと思うくらいに。

そういうところが日本人選手と比べるとさすがだなと思う。
場面に合わせて実力を発揮できるかできないか。なんというのかふだんからの姿勢なのか。
ともかく、まもなく始まるNFLも含めて、ASLで話ができるようになりたいものだ。

新人クオーターバックが先発出場へ2014/09/02 20:59:29

http://www.raiders.com/news/article-1/Coach-Allen-Names-Carr-Starting-QB/15060e5c-5642-4c8b-a187-24b9d9c7367f

Coach Allen Names Carr Starting QB

Head Coach Dennis Allen named rookie Derek Carr the starting quarterback for the Raiders season opener against the Jets.

今週、7日から開幕するNFL。
デレク・カーはフレズノ州立大学卒、今年のドラフト2位指名。
プレシーズンゲーム最終戦、シアトル・シーホークス戦ではパスを13回試投11回成功143ヤード獲得、3つのタッチダウンを挙げる活躍だった。
オークランドは7日にニューヨークのジャイアンツスタジアムで、ニューヨーク・ジェッツとの対戦が開幕戦だが、この開幕戦にカーが先発を務めることになる。

近年はルーキーQBが開幕から先発出場するケースがある。とはいえ、失敗すれば選手本人はもちろん、チーム内の士気にもかかわってくる。普通はルーキー選手、とくにオフェンスのかなめであるQBはベテランQBのプレーを間近で見ながらプロのスピードやテクニック、相手チームの攻略法などを学ぶ時期だが、オークランドは10年以上も低迷が続いているから選手を育てるという悠長なことは言っていられない。このオフシーズンにテキサス州サンアントニオに移転するかもしれないというニュースも入ってきた。それだけにファンを納得させるだけの結果が求められるだろう。

完璧なものに仕上げたい2014/09/03 20:55:12

『氷点』の練習と細かい修正。

だいぶ手話表現はできてきたが、まだところどころでまちまちだったり速かったりと安定していない。ここはもう何度も練習をしてこなしていくしかない。

舞台は27日だが、その翌週から今度は手話サークルの忘年会でやるパフォーマンスの練習にとりかかる。今回は手話落語「時そば」。
できるだけ完璧なものにしたいので、DVDをみながら落語らしい動きを身につけていかなくては。

夜、朗読の先生から「いつも使っているヘッドホンマイクをほかの人に貸してくれませんか」とメールがあった。
断る理由などあるわけがない。もちろん喜んでお貸しすることにしている。

わたしたちの生存の脅威2014/09/04 22:31:28

女性テレビレポーターなどが蚊に刺されて広がっているというデング熱が話題になっている。発生源といわれている代々木公園の一部が閉鎖されるなど影響が出ている。目を転じれば西アフリカではエボラ出血熱が広がり、先週から患者が急増して死者が1900人になったという。

だいぶ涼しさを感じるようになったけれど、西日本で猛烈な降雨が起きたり土砂崩れが起きたりした自然災害は、地球温暖化による偏西風の固定や高気圧が例年とは異なった位置にあったことなどが背景にあると指摘されている。

急に感じられるものがあれば、じわじわと絞められるように感じる者もあるだろう。わたしたちのこの星の生活環境は、微妙なバランスの下にあるのだ。ちょっとしたきっかけや長いあいだの蓄積で人間も含めた、生物の生存が難しくなってくるのかもしれない。

わたしたちの未来はどうなっていくのか、生存が脅かされるのだろうか。そんななかで戦争だ、なんてやっていられるはずはないと思うのだが。

力で押さえつけようとしても2014/09/05 23:13:35

平日から土曜日にかけて毎朝、『花子とアン』を妻と一緒に観ている。
いま放送されているのは日中戦争から1941年12月8日の太平洋戦争開戦前後の、社会と村岡花子一家をめぐるエピソードだ。

「ラジオのおばさん」としてラジオで子どもたちに話をする花子。だが戦争の影は花子にも及んできた。戦争賛美や軍隊のためのお話をしなくてはならなくなった花子。本当はそんな話をしたくなかったが、戦争遂行という社会の動きのなかでは、自由にものを言ったり書いたりするkとができなくなってくる。
なんと息苦しいことだろう。

政治家や権力者にとってはこういう時代はまことに都合がいい。自分たちの思い通りに人々を動かし、自分たちと反対の者は国賊、非国民とレッテルを張り排除すればいい。この国はとくに集団同調圧力がかかるとなかなか自分の意見を通せないからなおさらだ。
だがそんな強さは、なにかあるともろく壊れやすい。

花子が望んだであろう、子どもたちに夢と希望のある話をしたい、という思いは権力者からすれば握りつぶしてしまいたいほど煙たく、都合が悪いものだ。戦争遂行にとってじゃまでしかない。だからこそ力で押さえつけようとしたのだ。
けれどそんな力で押さえつけようとしても、花子にははっきり見えていたはずだ。子どもという明確な対象がいて未来をつくるのは子どもたちだということが。だからこそしなやかで揺るがない信念を抱いていたのではないか。

強い力に頼るのではなく、しなやかな強さを。
わたしも手話や朗読で力を誇るのではなくしなやかな強さをもって伝えていきたい。

舞台に引き戻す2014/09/06 23:46:04

旭川取材や高校生スピーチコンテストなど、予定が入ったために2回休んでしまった『朗読のレッスン』、コスモス朗読会に向けた取り組み。
前回休んでいたときに案内はがきができていたようで、今日21枚いただいてきた。白黒コピーでプリントをして夜の手話サークルのときに何人かにお渡ししてきた。

肝心のわたしの出番は、第3部冒頭。
いつも感じるのは、トップを務めるというのは全体の雰囲気を壊してはならないということだ。第1部(13:30~)第2部(15:00ごろ~)と続いて最後の部は、聴衆も疲れ始めてくることだろう。その、悪いいい方をすればだらけてしまいそうなところを、引き締めるというかふたたび舞台に引き戻す役割を与えられたといえる。
しっかりわたしが読んでいけば、後に続く出演者も客席のお客さんも集中して舞台に臨むことができる。

   第9回コスモス朗読会
   日時   2014年9月27日(土)
   開場   13:00
   開演   第1部   13:00~
         第2部   15:00ごろ~
         第3部   16:30ごろ~
   場所   〒155-0031 東京都世田谷区北沢2-11-3
               イサミヤビル4F しもきた空間リバティ
               http://www.liberty-entertain.com/profile.html
 
みなさまのお越しをこころからお待ちいたしております。

手話ソングの勉強会2014/09/07 20:46:50

手話ソングボランティアの手話勉強会。今日は前回の復習とわたしたちが歌う曲『上を向いて歩こう』を前半だけ、学んだ。

実際にやるとなると、手話が正確かどうか、客観的な目も必要だ。お互いの動きや手話がおかしいか通じるかどうかの相互のチェックがあるとなお、技術が上がる。自分だけではなくほかの人の目でみてもらってどうであるか。
メンバーが交代で相互の動きや手話をチェックしてみた。細かい部分を指摘しあい、お互いのレベル向上につながったと思う。

『四季の歌』はギターとよく合う。わたしがギター担当でこの曲をリードすることになった。ほかの曲、たとえば『ぼくらはみんな生きている』は元気な曲だから電子オルガンでほかのメンバーに弾いてもらうこともできる。

秋に、わたしの知人がイベントで手話ソングダンスをやるらしい。
今日の仲間たちを誘って、自分たちがやろうとしているものの参考イメージになればと、見学と交流を兼ねてみんなで行こうと提案してみた。

どんなあらしが吹き荒れようと負けない2014/09/08 23:39:08

『花子とアン』は残り4週の放送となった。
太平洋戦争開戦後、戦争一色の報道や社会体制に入り、個人の自由な発言や行動が許されなくなっていく。
そんななかでレコードでもかけようものなら「非国民」となじられてしまう。なじったものも年端のいかないまだ幼い子ども。自分が口にした言動がどういう意味を持つのか、よくわかっていないがゆえであるとはいえ、教育の恐ろしさを感じさせる。

生き生きと生きる、夢と希望を持って生きられるということを望んでいた花子。それとは真逆の、個人を抑圧する社会と教育。

70年前のことだからと過去のことにはできないとわたしは思う。
いまも自由な言論、自由な活動がゆるされない場面を見聞きする。
だがそんななかにあっても自分を保ち続けようとする、勇気ある人たちが大勢いる。
わたしもその一人として生きていきたい。どんなあらしや風が吹こうとも、けっしてくじけないし負けない。

処分は行きすぎだとは思わない2014/09/09 21:17:56

けさNFLのニュースを見たら、ボルティモア・レイベンズのレイ・ライス(RB、ラトガーズ大卒・NFL7年目)という選手がエレベーター内で婚約者の女性(現夫人)に暴行した場面がインターネット画像内にアップされて、チームはライスとの契約解除つまり解雇、NFLも同時に無期限試合出場停止、すなわちリーグからの永久追放処分を下したというニュースに驚いた。
NFLは現地時間の昨日開幕したばかり。だのにあっさり解雇永久追放という動きの早さには驚かされた。もちろん事件の重大さにも驚かされたのはいうまでもない。もし日本のプロ野球やサッカーJリーグだったらここまで早い処分を下すだろうか。しかし日本でも将来同じような事件が起きないとは誰も保証できないと思う。たぶん「映像を見てからでないと判断できない」「警察に委ねている」などと逃げ腰あるいは先送りをして時間がたったところでようやく処分に至るのではないだろうか。

わたしの親しい人からメールで「日本でも夫婦間暴力をゆるさない法律をつくってほしい」といってきた。彼によれば多くの夫婦間あるいは親子の暴力を見たことがあるのだという。

スポーツしか人生経験がない男性にとって、自分の言いなりになる対象、はけ口といっては悪いけれども、支配しようという対象をみつけて暴力行為に及ぶのはそれだけ男性の側のストレスが大きいということでもある。プロならなおさらそのストレスは尋常ではない。シーズンオフには解雇されたり代理人と移籍などで交渉することもある。故障していれば早く回復させないと、とプレッシャーもかかる。キャンプに入ればもちろん他選手だけではなく自分とポジションが被る選手との競争もある。シーズンになると当然、自分の成績もチームの成績も気になる。それだけプロのアスリートは過酷ななかで生きている。
だからといって、女性や子どもに暴力をふるっていいという理由にはならない。どんな理由があっても夫婦間異性間、親子間の暴力行為は許されることではない。
NFL選手ともなればふだんから鍛えているだけにパワーもスピードも常人とは比較にならない破壊力がある。鍛えていない普通の人に向けて暴力をふるったらどうなるか。ニュースで見た、レイ・ライスのエレベーター内での暴行場面は凄惨なものだった。殴られた彼女がものすごい勢いで倒れ、停止したエレベーターのドアそばで助けを求めていたのは痛々しかった。

わたしたち夫婦もいろいろあるけれど、いままでもこれからも夫婦間の暴力行為はあってはならないと互いに言い聞かせている。どちらかが手を上げたら、手を上げたほうの負けだ、といってあるくらいだ。
夫婦間は信頼の積み重ねによって成り立っている。どんな理由があっても、暴力で服従させるなどというのは信頼を損ねる行為である。

わたしもレイ・ライスの処分は行きすぎだとは思わない。むしろ当然のことだと思う。
反面教師として、今回の出来事から学ぶものがある。

弱者に対する暴力はあってはならない2014/09/10 23:49:59

全盲生徒負傷、埼玉県警が捜査開始 暴行や傷害容疑で
http://digital.asahi.com/articles/ASG9B3W7JG9BUTNB009.html

8月29日のここで、さいたま市内で起きた、盲導犬に近づいて刺傷を負わせた事件について書いたばかりだが、今度は川越で目の見えない女子生徒が何者かに足を蹴られ負傷した事件が起きた。
女子生徒は8日午前7時50分ごろ、白い杖を頼りに点字ブロックの上を歩いていた際、正面から歩いてきた人が杖にぶつかって転倒。その人物に右ひざの裏を蹴られたとみられる。
別の報道では通りかかった人が蹴りかかった男性に「何をしているんだ」と注意したというが、蹴った人物は終始無言だったという報道もある。

景気が上向いたという実感がなく、今日も日中集中豪雨があるなど天気が不安定なうえにいつまた大震災がくるかわからない。しかも政治経済ともに先が見えないこともあって、みんな口にこそ出さないけれど胸の奥では鬱憤やストレスや言いようのない不満がたまっているのかもしれない。
たまたま今日、地下鉄車内から見かけた光景だが、高校生だろうか。制服姿の若い男のグループが談笑していて、そのうちのひとりが飲んでいたドリンクボトルを自動販売機の上に置いていた。飲み終わったらゴミ箱へ入れるのは子どもでもわかるだろうに。マナーがなっていない非常識な人が増えているのも、こうした社会の反映なのかもしれない。

しかしそのはけ口を、弱者に向けるというのは筋違いもはなはだしい。盲導犬に傷を負わせた事件は、犬にけがを負わせたというわけだが法的には器物損壊罪だという。犬も人間も生きているいのちに変わりないというのにおかしな話だ。
今度は人間を相手にしている。当然警察も暴行、傷害容疑で捜査することになる。

白杖、つえは目が見えるわたしたちにとっては単なる棒にしか思えないだろうが、目の見えない人にとっては命綱だ。自分がいるということ行動しているということを知らせるだけではなく、危険を察知するために必要なものである。以前にも書いたように点字ブロックも目の見えない人にとっては同じように、自分の動く方向場所を知るうえで欠かせない。いろんなデザインがされているのもそのためだ。単なるモノではない。だから駅のホームに設置してある点字ブロックの上に立つというのは目の見えない人の歩行や行動をじゃましていることになるのだ。わたしは常日ごろから意識して、周りに目の見えない人がいなくても、点字ブロックの上には立たないことにしている。

盲導犬の事件も今回の事件も同じ埼玉県内。
埼玉だろうが北海道だろうが、弱者に対する暴力はあってはならない。昨日書いたNFL選手の妻への暴行事件と同じように、とても許されることではない。
一刻も早い解決と犯人検挙を望む。