50年かぁ。2022/03/28 21:28:18

https://www.nikkansports.com/.../news/202203270001480.html
https://www.nikkansports.com/.../news/202203280000351.html
今日の日刊スポーツに、とても興味深い記事が2つあった。
ひとつは結成50周年になる、海援隊を取り上げたテレビ番組が4月第1週と第2週にわたって放送されること。
ふたつ目はアカデミー賞で「コーダ あいのうた」に出演したトロイ・コッツァーさんが助演男優賞を受賞されたこと。男性ろう者俳優として初だという。
今年の通年ギターレッスンの課題曲は海援隊に決めているが、手元に海援隊の楽譜はあるのだけど、学びたい、楽譜がない曲をいま探している。
いま学んでいる曲は手話通訳士のおかげで徐々にわかりかけてきた。
歌うのは無理だけど、一年通して海援隊の曲を少しでも覚えられたらと思う。
そしてアカデミー賞助演男優賞を受賞されたトロイ・コッツァーさん。
いままでも手話のできる俳優さんがろう者を演じた舞台や映画はあったけれど、ろう者がろう者を演じるものは日本ではなかなかない。さすがアメリカだなと思うとともに、障がい者のことは障がい者にしかわからないわかりえない部分もある。障がいのない人が演じるとどうしても違和感がついてまわる。
https://www.huffingtonpost.jp/.../story_jp...
 上の記事で、「ろう者の役はろう者自身で」ということがなぜ日本で広がらないのか、逆に言えばろう者の役はろう者が演じることの重要性を理解していただけるのではないかと思う。
 先日のコスモス朗読会で2年ぶりに舞台に立ってみて、やっぱり演じることの楽しさと難しさの両方を感じ、もっともっと場数を踏みたいと思いが深まった。
 手話訳を手話通訳士と一緒につくり、台本と手話も覚えていく作業はとてもたいへんだけど、表現したいと思う気持ちが、覚える苦労よりもまさって生きている充実感さえ抱かせてくれる。
 ギターもそう。リズム感もテンポもたいへんだけど、覚えるのが楽しい。いつか舞台で演奏したいと思う。歌はさすがにダメだけど。
 今回の舞台から、コツコツまた練習や手話のレベルを上げていきたい。アカデミー賞とまではいかなくてもいいから、聞こえなくても何かができるのだという思いをこめて。

海援隊と讃美歌を2022/01/11 22:48:14

今年もはや10日を過ぎてしまった。いろんなことを考え、目標を抱いているが、そのひとつ、ギター教室でのレッスン。通年目標の一つに「海援隊」と「讃美歌」を覚えようと思い、まず海援隊の1982年日本武道館ライブで演奏された曲『誰もいないからそこを歩く』をお願いした。オリジナルをプロギタリストである講師にみていただいて、さっそくレッスンを始めた。もうひとつの讃美歌のほうは、3月の朗読舞台が終わってから少しずつ時間を増やしていきたいと思う。朗読も手話の学びもある。指導者コースの講習会もある。たいへんだけどやりがいがある。今年一年最後になにを演奏するかはわからないけれど、しっかり覚えたい。

「いつか」のときまでに備えておきたい2021/12/19 20:40:03

いま、月に一度だけ所属教会とはべつの教会でギター教室に通っている。もちろん所属教会の牧師から許可をいただいてのことだ。

話は5年前のS状結腸がん入院にさかのぼる。
大学時代からがんや終末期医療といった問題に関心を抱いていたが、まさか自分ががん患者となって大腸を摘出する手術を受けてから、自分の「死」について考えるようになった。そして2年前に義母をおくってから一層その思いが深まり、毎年正月前後に生前遺言を書き換え、自分の「そのとき」もしものときに来てほしい人にだけ連絡するようにと家族にも伝えているだけでなく、昨年、献体登録を更新した。

そういった「終活」と関係してくるけれどせっかくギターを学んでいることだし教会に通っているのだから、と、「いのちのことば社」からでている『教会福音讃美歌』を購入して、さきに書いた月に一度だけの讃美歌ギターレッスンに通っている。もしものとき、そして自分の肉体はひつぎのなかで、わたしはいないのだけれど、自分が葬儀で演奏してほしい讃美歌をギターで演奏した動画を自分の葬儀のときにスクリーンで投影し、その讃美歌の手話もスクリーンで投影してもらえたらいいなあ、という思いからだ。

いまできる曲は2つだけ。「讃美歌21」では510番の「主よ終わりまで」と同じく「讃美歌21」403番の「救いの訪れ」だけ。「主よ終わりまで」は詞が同じだが、403番は異なっている。どちらにしても弾ける曲が増えてうれしい。

「いつか」のときまでに、演奏と手話を録画しておいて備えておきたい。

7歳のころに見た「日本レコード大賞」で聞いて以来の好きな曲2021/12/18 23:43:29

今年で8年目になる、音楽教室でのギターレッスン。8年目にして初めて、12月25日の音楽教室の合同発表会クリスマスコンサートに出演することになりました。もちろん無料です。
場所は葛飾区四ツ木地区センター3階ホール(都バス=浅草寿町~金町駅/錦糸町駅~青戸車庫/「葛飾警察署」バス停下車徒歩5分 または京成電鉄押上線四ツ木駅下車徒歩15分)。
午後5時からの第2部、19番目で出演する演奏曲はちあきなおみさんの『喝采』。難曲中の難曲で、プロでも歌いこなせないいっぽう、プロの方もカバーしているこの曲は7歳のころに見た「日本レコード大賞」で聞いて以来の好きな曲です。
実は手話訳もできあがったのですが、ボーカルを頼んだのはいいけれど、曲のタイミングをとるので精いっぱいの妻に、手話までやってほしい、というのは無理な話。手話訳はいつか、またの舞台のときを楽しみにしたいと思います。
お忙しいとは存じますが、もしお時間がありましたらお越しいただければ幸いです。

7歳のころに見た「日本レコード大賞」で聞いて以来の好きな曲2021/12/18 23:43:29

今年で8年目になる、音楽教室でのギターレッスン。8年目にして初めて、12月25日の音楽教室の合同発表会クリスマスコンサートに出演することになりました。もちろん無料です。
場所は葛飾区四ツ木地区センター3階ホール(都バス=浅草寿町~金町駅/錦糸町駅~青戸車庫/「葛飾警察署」バス停下車徒歩5分 または京成電鉄押上線四ツ木駅下車徒歩15分)。
午後5時からの第2部、19番目で出演する演奏曲はちあきなおみさんの『喝采』。難曲中の難曲で、プロでも歌いこなせないいっぽう、プロの方もカバーしているこの曲は7歳のころに見た「日本レコード大賞」で聞いて以来の好きな曲です。
実は手話訳もできあがったのですが、ボーカルを頼んだのはいいけれど、曲のタイミングをとるので精いっぱいの妻に、手話までやってほしい、というのは無理な話。手話訳はいつか、またの舞台のときを楽しみにしたいと思います。
お忙しいとは存じますが、もしお時間がありましたらお越しいただければ幸いです。

はじめて人前で『喝采』をギター演奏した2021/12/11 21:05:31

12月25日に自宅近くの地区センターで、学んでいる音楽教室全体の発表会がある。演奏曲はちあきなおみさんの『喝采』とすでに決まっていて、この2週間、久しぶりに妻がかつて一緒に学んでいた先生のもとに通い、ボーカルの指導を受けている。もちろんわたしも一緒に演奏するのだからタイミングの取り方や合わせ方などを練習。最初より2回目、3回目とだんだん合ってきた。
今日はちょっと早めのクリスマス、というわけで、妻の知人のお宅におじゃましましてクリスマスパーティーを。そこではじめて人前で『喝采』をギター演奏した。

ヨナ抜き音階、小節ごとの音の高低の差があるなど、ホント難しい歌だ。でもギターで弾ける曲ができてうれしい。レパートリーはこれで3曲。歌えないのは障がいゆえ、しかたない。

聞こえなくてもギターができるんだ、と。そこから何かを伝えられたら。
このあとは2022年3月25日のいよいよ2年ぶりの、3月なのに朗読発表会「コスモス会」に向けた取り組みにはいる。

難しいけれどチャレンジしよう!2021/11/13 22:44:32

前回も書いた、来月25日の初めての発表会で演奏する、ちあきなおみさんの「喝采」。
ギター演奏はだいぶそれらしい形になってきたが、歌が……むちゃくちゃ難しい。小節のなかだけでも音の高低があり、転調テンポの変化があり、と、難曲中の難曲と言われている。妻からも「難しい!」と言われた。

だからといってここであきらめてしまったら終わり。
ボーカルには妻の友人2人にも入っていただいて、ギターわたしを含む、計4人でやることになりそうだ。

来年3月25日に、「なかの小劇場」でひらかれる、2年ぶりの「コスモス朗読会」も正式に声のご指導の日程が決まった。手話のご指導も始まった。

いろいろ忙しいけれど、チャレンジして成功させたい。

生涯初の発表会と来年3月の朗読舞台2021/11/04 22:52:29

今年6月から学びを始めた、ちあきなおみさんの『喝采』。リズムやテンポ、コード指押さえなど手話通訳士も同伴して、5カ月かかってようやくなんとかかたちになった。妻は途中でやめてしまったけれど、妻のために購入した赤っぽい色のギターを処分するのはもったいないからと、練習する曲のたびごとに、もう30年前に購入したギターと交互に使い分けて、いまは妻のギターを使っている。月に一度、所属教会ではないがバスに乗って30分ほどのところにある教会で賛美歌も学んでいる。

そして来年3月25日。2年ぶりに朗読舞台発表会をひらくことになり、いま声のご指導より先に手話表現を手話通訳士とともに研究したり表現の教えを請うたりしている。さらに毎週水曜日は東京都手話通訳等養成講習会の指導者クラスを受講、これは来年6月まで続く。
その上に父親としての親業、子育てもある。
からだの状態は正直、下痢や腹痛があるなどよくないし、今月は心臓のエコー検査と腹部超音波検査もある。

しかしやりたいことがあり、目標がある。朗読舞台は子どもの保育園と重なって子どもは観に来られないけれど、友人知人にお誘いをしているところだ。
人生は一度しかない。がんなどいくつもの病気があり、聞こえない耳と普通に話せる口をいただき、手話と声で表現したいという思いがあり、手話指導者になりたい(指導者になりたいというより、手話を広めたいというのが正確なところだ)。
いろんな人の支えや出会いや励ましがあって、こういう目標ややりたいことがある。
たいへんではあるが、挑戦し続けたい。

2つの曲に挑戦!2021/06/10 22:49:34

楽譜『面影』『喝采』
わたしはギター教室で今日から新しい曲、ちあきなおみさんの『喝采』に挑戦することにした。
1972年の日本レコード大賞受賞曲でもあるこの曲は、当時小学校2年生だったわたしには強烈な印象がある。のちに「ドラマティック歌謡曲」と称されるようになった曲だが、目をつむってもうかんでくる、情景がありありと浮かんでくる。そして出だしの「いつものように幕が開き」から一転して「あれは3年前」で始まる中盤は盛り上がるというより思いを吐き出すような曲調に変わる。そのリズムがプロでも難しい。あるプロ歌手は「ちあきなおみさんでなくちゃ歌えない」とも評しているほどだ。

その一週間前。
『面影』を卒業し、ちあきなおみさんの『喝采』に挑戦したいとギター教室の講師にお願いした。先述のプロ歌手から「無謀な挑戦だ」と言われたけどそれだけ難しい曲だからこそやりがいがあるというもの。『面影』だってはじめからスムーズにいったわけではない。でも手話通訳士の通訳を通して学び続けてある瞬間からコツがわかりかけて、先週の卒業のときにひととおり演奏し講師がベースで合わせてくださって、「こういう感じがいいんだよな」と思ったものだ。
妻も息子も喜んでくれた。父親が「がんばったぞ」というとムスコはテレビでお気に入りの番組を見ながらうなずいている。わかっているのかね。
手話を一緒に学ぶ同僚にも報告したらやっぱり喜んでくれた。いつも手話通訳で来てくださる手話通訳士も「努力が報われたね」とおっしゃられた。こういうふうにみんなが喜んでくれると、こちらもがぜんやる気が出てくる。いつの日かかつていた手話劇団のみなさんの前でこの2曲をやってみたい。歌えないからどなたかに歌をお願いして手話もつけていただくのが夢でもある。ステージに立てたら手話通訳士、会社の同僚、家族も招いて聞いてほしい。
ろうだからできない、ではなくてろうだからこそできるチャレンジすることが大事なのだ。

たいへんだけどやりがいはある。挑戦を失わないように。

ギターを学んで2021/04/28 23:21:01

https://this.kiji.is/760113755266629632?c=62479058578587648
https://this.kiji.is/760005125338071040?c=62479058578587648

アニメ作品やテレビドラマの主題や、伴奏音楽(劇伴)の作曲などで知られる、作曲家の菊池俊輔さんが亡くなられたというニュースを聞いて、わたしは驚いた。というのも、いまわたしがギター教室で学んでいる課題曲が菊池さんの作曲になる「面影」だからだ。

1975年のTBSドラマ「Gメン’75」、その前にはアニメ「タイガーマスク」の主題歌を作曲された菊池さん。子どものころ、まだ補聴器をつけなくても聞こえていたころに聞いた曲は覚えている。「Gメン’75」は土曜日夜の放送だったが、土曜日は当時住んでいた札幌市内の叔父の家に親せきが集まることが多く、午後8時からの「8時だよ! 全員集合」で大笑いしたあとに観たものだった。わたしの実家でも「8時だよ!~」は観られないわけではなかったけれど、親があまりいい顔をしなかったように思う。親せきが集まっていとこなどもいると、しょうがないという感じで見せてもらえたのかもしれない。
それはさておき、「Gメン’75」のアクションはもちろん、しっかりしたストーリーにひかれた上に、いま学んでいる「面影」が印象に残り、歳月を重ねたいま、ギターで弾きたいという思いを抱くに至っている。
ろう者がギターを弾くのは、もともとが聞こえない上に、右手の6つの弦の指遣い、左手でコードをしっかり押さえているかの確認、そしてリズムやテンポをとる、とたしかにハードルが高いのだけど、7年やってきて少しずつではあるが分かりかけてきた。
ろう者にこのような思いを与えてくださる、曲を「弾きたい」と思う思いを抱かせてくださったこと。すばらしい曲を遺してくださった菊池さんに、こころから深く感謝するとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。ありがとうございました。