すべてを手話で語るのではなく2017/08/18 23:28:58

徐々に、手話付き朗読の手話表現がかたまってきた。しかし、手話で語るといっても台本にあるものすべてを手話で語るのではなく、動きなどで手話の代わりに語る方法もある。

手話表現にこだわらず、しかしろう者にも聴者にもわかるように工夫する。
しっかりした表現をつくりたい。

押しつぶそうとしても踏まれても踏まれても2017/08/13 22:21:18

昨日のEテレ「ろうを生きる 難聴を生きる」のなかで、ろう乳幼児を対象にした絵本の読み聞かせや手話を教えるプログラムとともに紹介されていたのが、石狩市にある道立石狩翔陽高校で今年度から手話を言語として学ぶとともにろう者の差別されてきた歴史なども含めて総合的な学習を行うプログラムが始まったことが取り上げられていた。
石狩翔陽高校のプログラムについては、ほかにもさまざまなメディアなどで紹介されている。

「手話は言語」「手話は文化」。石狩市の先駆的な取り組みを霞が関の勉強会で発表していただきました!
http://ameblo.jp/takenakanami/entry-12181781164.html

「手話語」授業、スタート 北海道・石狩翔陽高校、今年度から 差別された歴史も学ぶ
http://www.asahi.com/articles/DA3S12949458.html

射水市聴覚障害者協会
http://blog.goo.ne.jp/imizu-city/e/19560f017b380a946dc497cb97b81e38

どこの世界にもこころない人はいるもので、石狩翔陽高校のプログラムがヤフーニュースで紹介された今年4月、「JKを狙った商売だろう」などというコメントがあった。
いったいどういうところからこういう意見が出てくるのか理解できないと同時に、障がい者をなにかあわれみの対象としているか、障がいを商売か何かに利用していると勘違いしているのか、ともあれこころないこういうコメントは当事者であるわたしにとっても、言いようのない不快感しか感じられない。

いちいち反論するのも疲れるだけだが、聞こえないことはけっして不幸ではない、ということ。不便であるかもしれないが、聞こえないけれどひとりの人間としての誇りを持って生きているということをはっきりさせておこう。
こころない言葉は無視するか聞き流して、自分らしく生きていくこと、それだけを大事にしていこう。つまらないこころない言葉に押しつぶされるかもしれないが、押しつぶそうとしても踏まれても踏まれても、麦のようにまた立ち上がる。

読み聞かせ2017/08/12 21:54:31

これは絵本ではないけど
どうなるかわからないけれど、というのは、絵本の読み聞かせで、手話と組み合わせる試みができたらなということだ。

今日のEテレ「ろうを生きる 難聴を生きる」のなかで、絵本を使った読み聞かせ、それもろうの乳幼児向けの活動が紹介されていた。

もともとこういう読み聞かせというジャンルは好きなもののひとつ。加えてわたしがろうである一方で話せるとあったら、手話と音声でやってみたいと思う。

ネットで使えそうな絵本を探したり絵本のサイトをみたり。
「ろうを生きる 難聴を生きる」を観て、意外に思ったのは、ろうの子どもたちに手話を教えるタイミングはいつごろがいいかということがいままで見過ごされてきたということだ。自然に身につく人もいるだろうが、そうではなく親とのかかわり、親が聴者であったらなおさら、そういう問題が見過ごされてしまうことがあるのだという。

わたしはろう者であり話せる。
その神からいただいた恵みを最大に生かすこと。
それもまた大事なことだと思う。

第17回はーとふるはんど公演2017/08/03 22:24:00

第17回はーとふるはんど公演
2018年2月24ー25日、三越劇場で第17回はーとふるはんど公演が開催されます。
両日ともに午前の部は11時30分から、午後は15時30分からとなっております。早くもチケット販売が始まりました。

ご関心ご興味がおありでしたら、わたしあてにご連絡をいただければチケットの手配をいたします。
みなさまのお越しをこころからお待ちいたしております。

一緒に意見を出し合うひとときがとても楽しい2017/07/30 23:47:48

今日からはーとふるはんどの2018年2月の舞台に向けたけいこがはじまった。新しい曲を覚えるため、ステップのテンポやリズムを確認したり手話表現を検討し合ったり。

聞こえないものも聞こえるものも、一緒に意見を出し合う。
そのひとときがとても楽しい。

いともかしこし I love to tell the story 手話訳2017/07/28 23:25:22

「あるに甲斐なき われをも召し」

わたしの愛唱賛美歌502番 いともかしこし I love to tell the storyの一節である。

この歌詞を手話でどう表すか?

いる/価値/難しい/自分/救われた

神によって生かされている。
「甲斐」とは、「代わりになるもの」「価値のあるもの」という意味だそうだ、ない、とあるのだから、「自分など物の数ではない、価値のない存在」である。しかし聖書はそう言い切って終わりではない。
神からわたしたちをみるならば、「われをも 召し」そういう、価値のない存在である自分をも(強調!)、神は「召し」てくださった。必要な存在なのだと目をかけてくださっているのだ、という意味。

今日は仕事のあとにボランティアグループ「虹の手」の練習。
わたしのギターと、わたしが加わっている難聴者協会の会員でクラリネットを演奏している仲間が初参加。ギターとクラリネット、妻や友人らが声と手話で歌って合わせてみた。
初めての合奏なのに、きれいに合わせることができ、メンバー全員から「合わせやすかった」ととてもいい反応をいただいた。

こういうひとときがとても楽しい。

手話づくし2017/07/27 23:33:04

会社での手話ランチタイム、仕事のあとは朗読の手話訳。手話表現はだいぶかたちになってきた。これからが肝心。

今週からまたはーとふるはんどの稽古も始まる。

自分に問いかけている。2017/07/23 23:17:07

今日ははーとふるはんどの稽古はお休み。久しぶりの浦安教会礼拝に出席、そのあと都内で用事を済ませて、千石にある福音ルーテル小石川教会にも行ってきた。
はーとふるはんどというかたちでキリスト教を前面には出していないけれども、がん患者、ろう者、話せるということを通して伝えたい。そのために自分のやっていること、信仰を保ち続けること。妻にも周囲にも、しっかり伝えていくこと。

いろんな意味で、2つの教会でのメッセージを聴いたり読んだりしながら自分に問いかけている。誇らなくていい、誇るものではないからこそ、キリストに対して神に対して、はーとふるのメンバーや妻や周囲に対して、しっかり証をたてていきたい。
あすからまたがんばろう!

無事終了!2017/07/17 23:59:59

渋谷駅改札口で待ち合わせ!
はーとふるはんど2017海の日公演、無事終了しました!

昨年はわたしだけだったけど、今年は妻とわたしの共通の友人、職場の同僚、ASLを教えてくださっている講師と奥さま、マンションに住んでいる手話学習経験がある方、わたしのいとこなどあわせて10名以上が来てくださった。

客席の笑顔もすてきで、みなさんに喜んでいただけたかと思う。

次回は2018年2月の三越劇場。そのまえにわたしはコスモス朗読会がある。

チャレンジだと思って2017/07/16 22:14:51

はーとふるはんどの海の日公演。前日リハーサルと動きや立ち位置の確認などをすませて早めに帰宅。

けいこでも2月の三越劇場での本番でも姿勢矯正ベルトをつけていたのだけど、仲間から「思い切って本番でベルトを外してみたら?」と。
言い方はちょっとヘンだけど、ベルトなしでは落ちつかない、スースーした気分だと思うのだけど、背をしっかり保つことを意識してみたらとメンバーから言われた。

うーん。でもねえ……。
チャレンジだと思って明日は会場入りしてから終わるまではベルトを外してみることにしよう。