病気をして感じること2017/12/18 20:01:36

病院に通っていて感じるのは、健康であることのありがたさももちろんのことだけど、安心して診察や検査を受けられるということ。
海外に行けば、高額の費用を請求されることもあるし、言葉が通じなかったら不安が高まるだろう。

補聴器も同じことが言える。日本ではデジタル補聴器が普及してきたけど海外ではアナログ補聴器でさえ買えないという国もあるときく。そういった国に住んでいる聞こえない人たちはどんなおもいでいることだろうかと想像してみる。

だから日本が優れている、という安易な答えもしたくない。病院に行くと本当に高齢者が多くなったなあと感じる。現役世代が少なくなって高齢者が増えるということは、現役世代の負担が多くなるということでもある。
これからの日本の将来を考えると、恵まれただの幸せだのと安易な答えで済ませられない。
病気や障がいは誰もが望んだことではないけれど誰もがいつかは経験するかもしれないことなのだ。だからこそ弱者への思いやりを欠いた社会にしたくない。

異なる存在に対する想像力のなさか?2017/12/17 22:39:24

あす、先日のCT検査も含めた経過観察検査の結果を聞くことになっている。

難病連のパーティーに爆破予告 400人が避難 旭川
http://digital.asahi.com/articles/ASKDK62GWKDKIIPE01X.html?iref=comtop_8_03

こういうのはホントいやなものだ。
異なる人たちをいじめたりいやがらせをしたりして楽しいのだろうか。
自分と異なる人に対する感受性というか想像力のなさがひろがっているのかもしれない。

2度目の人間ドック2017/12/16 21:07:36

昨年6月に続いて2度目の人間ドックに行ってきた。
結果はもちろんまだ出るわけはなく、送られてくるのを待つだけ。
医師の診断では心臓の音がやや雑音ぎみなのが気になるということだけ。

この年末年始を乗り越えるためにもからだをしっかり整えておかないと。

わたしとあなた 違っていい 違いは大事2017/12/15 23:19:32

読んでくださる方がいらっしゃるとしたら申し訳ないのだけど、昨日の続きをもう少し続けたい。

自分が抱く確信なり信仰なり、それは当然保障されるべきことである。
けれどそれを他者に押しつける、言い方を変えるなら、あなたもこうあるべきだと、自分の確信は他人にも通じるはずだ、という思い込みがやっかいなことだ。

人はそれぞれであって、自分と同じ確信を抱いている人ばかりではない。その違いを認め合っていくこともまた大事なことだ。多様さが失われてしまった社会ほどもろいものはないといっていい。

現代は「善か悪か」、二元論的な思考が幅をきかせていると言えるし、それゆえに自分と異なる意見や考え方はアタマから排除するともいえる。

そうではなく、わたしとあなたは異なるけれど、異なる意見もまた認めていこう、というフレキシブルな姿勢をもちたい。

できるだけ距離をおいてみる2017/12/14 23:11:22

信仰における確信というのは、その信仰を持たない人からすればただの思い込みである。けれど信仰を持っている人にとってはやはり救いである。

問題はそれを強調しすぎるとどうなるか。
わたしは強調しすぎたり熱心になりすぎるものほど、やっかいだと思う。
そういうものからはできるだけ距離をおいてみている。

バランスというか一歩ひいてみること。
それはけっして不信仰ではないと思うのだけど。

経過観察 2回目2017/12/13 23:53:06

今日は終日仕事を休んで、今年6月に続いてS状結腸がん手術後の2回目の経過観察を受けた。
もちろんすぐに結果が分かるわけはなく、来週月曜日にまた行くことになっている。

がんだから仕事をやめるとか人生が終わったとかいう気はさらさらない。むしろいまはがんだから「こそ」治療にせよ経過観察にせよ、仕事であれほかのことであれ、「ながら」いろんなことにチャレンジしていくのが大事だとすすめられている時代だ。

とはいえ、職場でもがん患者がいるというのはやりにくい、はたまた周囲から気をつわれたり、具体的には短期間勤務や残業をしないなどの配慮が必要になることもある。そういう問題があるために、現実に企業の中にはがんだとわかった時点で解雇するケースもまだまだあると聞く。なんと理不尽なことだろう。わたしは聞こえなくなったことも病気も自分から望んだことではない、ほしいとも思ったことさえないのに。妊娠した女性にも同じような差別や不理解があると聞く。まったくこういう問題にはホントに腹がたつ。

さきにも書いたが、わたしは自分の病気を職場でもキリスト教会でも手話仲間ろう者難聴者仲間にも、隠す選択はその気さえもなかった。あえて公にすることで周囲になにかをしてもらいたいとか配慮を求めることよりも、前向きにチャレンジすることのほうを選択した。
正直、きつい体調の時もあるけどその時はその時。からだのなかから聴こえてくる声を聞いて休めばいいのだし、わかってくれる人は「無理しないでね」とだけ自然体で言ってくれるから楽。

だからどんな結果がやってこようとも、わたしはチャレンジするし、それが大事だと言い続ける。

These weapons are not a necessary evil; they are the ultimate evil.2017/12/12 23:05:27

核兵器は必要悪なのではなくて絶対悪。

今月10日、ノルウェー・オスロで開かれたノーベル賞平和賞受賞式で、メダルを受け取ったカナダ在住の被爆者、サーロー・節子さんのスピーチを読み返している。わたしもこころから核兵器の廃絶を願う。

一人ひとり、誰もが誰かに愛されて名前もあり、たしかにそこに生きていたのだ。
わたしも思う。どんなに嫌いで受け入れられない人が目の前にいても、その人にも家族があり愛されていたのだということを忘れてはならない。
戦争や暴力は一瞬にしてそれらを破壊する。

わたしがもっともひかれた、このスピーチの中のくだりを引用する。

To the officials of nuclear-armed nations - and to their accomplices under the so-called "nuclear umbrella" - I say this: Listen to our testimony. Heed our warning. And know that your actions are consequential. You are each an integral part of a system of violence that is endangering humankind. Let us all be alert to the banality of evil.

明日から寒波が2017/12/11 23:06:31

人生の半分以上を東京で過ごしたことになるわたしだが、寒いのには慣れっこ。けれどこっちは雪もあまり降らず木枯らしと枯葉がある。それなりに冬らしさを感じることもでき、東京の冬もいいなあと思う。

暑いとは思わないけど暖かった今日とは一転して、明日は寒波襲来という報道もある。しっかり体調を整えておかなくては。

あれからちょうど1年2017/12/10 22:11:45

今日ははーとふるはんどのけいこ日。

1年前の今日、何があったか。S状結腸がんの手術を受けた日である。
2日前の8日に入院、翌日外科医から妻とともに手術の最終説明を受けてこの日朝から手術のための患者の衣類に着替えて、麻酔をかけられて手術室に車いすに乗って入った。
手術台に上がって「少し部屋が狭いのでからだをしばりますよ」と言われてそのままスーッと眠りについた記憶がある。

ともあれ1年がたった。
まだがんがなくなったわけでも快復したわけでもない。
むしろステージがどれくらいであろうが、再発と向き合うこと。そしてがん患者だからこそいかに生きるかが問われているのだということを忘れないようにしたい。
生きるということは常に意味を問われていることなのだ。

もちろんがんになったからろう者だから答えが出たわけではない。がん患者でありろう者であることは、生きることの意味を問われている、そのきっかけ理由にしか過ぎない。死ぬまで問われていることなのだ。

写真は、ウルトラセブンをモチーフにしたボールペンを手にした、入院中のある日の早朝、朝焼けとともに写した。「ウルトラセブン」をご存じの方ならピンとくるでしょう。モロボシ・ダンが恋人、アンヌに自分の正体を明かして最後の戦いのあと、朝焼けの空を宇宙へ飛んでいく………。

全世界が批判をしているが2017/12/09 23:20:34

トランプ・アメリカ大統領が在イスラエルのアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移すという発表。
全世界がトランプのこの発表に批判をしている。

宗教が絡む微妙な問題だけに、トランプの親族や支持者のなかにいるユダヤ教徒向けの姿勢やトランプの実績づくりのためと思われても当然だろう。

この問題をさかのぼればイギリスにも責任があるのだけど、そのイギリスもトランプの発表には批判的だ。

なぜか日本政府は沈黙したまま。