淡々と読む キャラクターを理解して2011/05/21 23:44:21

今日午後からの「朗読のレッスン」開始前に、講師から台本の手直し参考と、アドバイスをいただいた。そして昨日も書いた、『夜鷹蕎麦十六文』(北原亜以子作『その夜の雪』から)の読みにとりかかった。
今日のできはあまりよくない。というか感情を込めすぎて大きな波のような読みになってしまった。反省である。

講師から、秋の舞台について、長さはこれでいい、しかし文についてはいくつか直しが必要だ、とご指摘をいただいた。さっそくとりかかって週明けにまた製本したい。これがたぶん本当の意味での決定稿になるだろう。

淡々と読む、くらいのほうが『鬼平』のような作品の場合説得力を持たせるらしい。へたにあまり感情を込めすぎると、うそくさくなるか感情オーバーでしらけてしまうのかもしれない。さらには登場人物の役割性格をよく理解したうえでないと、読み方によってはひどく平凡になってしまうのかもしれない。
池波先生の原作を最大に生かすためにも、読みは気をつけなくては。

久々の揺れ2011/05/22 23:26:12

けさ7時6分。やや強い揺れで目が覚めた。震度3。おとといも大相撲技量審査場所の横綱取組直前に震度2の地震があった。まだまだ安心はできない。

今日は2つとも礼拝を休んで、難聴者協会の総会に行ってきた。けさの揺れでどうなるかと思いながら、久々にお会いした方と旧交をあたためたり世間話に興じたり。

終わってからいったん自宅へ戻り、ウエアに着替えて用具を持って、卓球練習に行ってきた。今週土曜日が東京都身体障害者スポーツ大会卓球だ。少しでもからだを動かしておきたいと思ったのだ。
練習はとてもよい内容だった。その後がまずかった。
からだをぴったり締め付けるウエアを着ていったのはいいけれど、終わったあとは苦しくきつい思いが続いた。からだを解放してゆったりした服に着替えるなりすべきだった。

朗読台本を手直ししたものを製本した。
明日からまた手話訳づくりと練習である。

手話のできる店員さんがいる店が増えると楽しい2011/05/23 22:23:08

仕事の後、大型電気店で「活動量計」を購入した。「歩数計」をどこかに落としたのがきっかけだ。これで3台目。

ちょっと前までは「万歩計」という商品名だった。余談だが新聞社やテレビ局には商品名などについて取り決めがある。たとえば「ウォークマン」を例にするとこれはソニーが商品名を登録して、他メーカーの同じような商品には「ウォークマン」を名乗ってはいけない、名乗るとソニーの権利を侵害する、というわけである。だから「ウォークマン」とは書かずに「携帯音楽プレーヤー」などと書く。それと同じで「万歩計」も特定商品名であるから、言いかえが必要となる。そこで「歩数計」と書いた。

ここ数年、「歩数計」は機能が多様化してきたのだそうだ。
ジョギングやランニング愛好家が増えたことや、日常の活動カロリー量など、一日歩いた歩数のほかにもカウントしたり記録したりして健康維持に役立てたいという。そこでできたのが「活動量計」だ。

うれしかったのは、購入したその大型電気店に手話のできる店員さんがいたことだ。
たまたま呼び止めて声をかけたら、少しだけだが手話ができる、という。
お話をうかがうと、彼女のお母さんが地域で手話を学んでいて、ご自身も少しだけ教わったらしい。
そんなこんなで、手話を交えながら商品の説明やいろいろな商品を紹介してもらって、購入したのが、これだ。

もっともっと手話のできる店員さんがいる店、手話ができる場が増えると楽しい。

声だけではなく手でも「語らせる」2011/05/24 23:39:44

手話つき朗読『鬼平』の手話訳づくり。

日曜日につくった実質決定稿の台本を先生とわたしで検討したり意見を出し合いながらすすめているこの作業。うまく表現できないときもあるけれど、やっていてとても楽しい。

ほかの舞台出演者のみなさん、つまり一緒に学んでいる仲間はみな、聴こえる人ばかりだ。手話はいらない。けれどわたしは聴こえないけれど話せる。手話と声で演じ表現する。
今日のポイントは、手話訳、表現はもちろんのことだが、以前にも書いたように、登場人物になりきって、会話の場面でいかに自然に語るかということだ。
朗読とはなんだろう。ただ文を読むことだろうか。いや、文の中にある、書き手の思いや意図を読み取り、登場人物の性格をつかみ、なりきって読む。しかしオーバー、感情過多になってもいけない。

声と手話でやるということは、声の表現を感情過多になり過ぎないように注意しつつ、舞台では日常会話のそれとは異なる、大きな動きで表現する。言い換えると、声に頼りがちな、感情の込め具合を手話による演技で埋めるというか補うというか、手でも「語らせる」、そういうことになるのではないだろうか。

今日出し合ったなかで、「すると、亀吉の顔が凍りついたように変った」「がっくりと肩を落し、亀吉がうなだれた」というくだり。ここはナレーションである。会話ではない。が、手話でそのまま表現するのではなく、前者はひきつった表情を。後者はうなだれた表情で。ナレーションの代わりに、台本の情景を演じることで、「語らせる」ことだ。

まだまだ手話訳づくりは続く。
早ければ来月から、本格的な表現の練習に入る。

事故が心配2011/05/25 23:24:24

先週土曜日の「朗読のレッスン」があった日以来の晴れた天気。

新宿住友ビルでのこと。
朗読を学ぶ教室は照明がついているけれど、廊下やロビーはごらんのように、エスカレーターや一部の照明を除いて、節電のため暗くしてある。

浜岡原発の停止を受けて、今夏も節電が叫ばれている。活動量計を買いに行った大型電気店でも、入り口にあった扇風機の展示販売コーナーの前の多くの人だかりが関心の高さを示していた。

わたしも節電はもちろん、賛成だ。
心配なのが、暗さで見えにくいために衝突するなどという事故が起きないか、ということ。

江戸時代の夜間は今以上に暗かっただろうと専門家が話していたが、まさかそのころに戻るわけにもいくまい。
高齢者や身体障がい者など本人が安全に気をつけるのはいうまでもないが、周囲も気配りをするといった工夫も必要になってくると思う。

ササニシキで復興応援2011/05/26 18:36:39

ペットボトルに入ったササニシキと「がんばろう宮城」包装パック
お米をペットボトルに保存できるという、ペットボトル向けのふたを購入。袋に移す前のお米袋の包装ラベルには「がんばろう宮城」とある。

そう、あの東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県は、ササニシキで有名だ。生産量全体からするとササニシキの生産量はそんなに多くないそうだが、わたしは子どものころからずっとササニシキで育ったものだから、家ではどうもササニシキでないとしっくりこない。

あの大震災から来月には3カ月になる。
思いのほか復興のペースが早いところがある一方、まだまだ大量のがれきが残っているところもある。漁師さんたちは漁の再開とともに海や港に沈んでいるがれきの引き揚げ作業にも取り組んでいる。引き揚げても引き揚げても出てくるがれきの山。彼らの抱える悩みはとても深く大きい。

ゆっくり着実でいい、いつかは必ず復興できる。
そのためにはわたしもささやかながら、ササニシキを購入して応援したい。

やればやるほど2011/05/27 21:53:59

東京も今日から入梅。明日は駒沢体育館で、第12回東京都身体障害者総合スポーツ大会がある。わたしは卓球の聴覚障害部門に出場する予定。

けれど、やっかいなのは天気だ。
沖縄に明日再接近するという、台風2号の影響で日本各地は大荒れの天気になるらしい。毎年のこの時期は晴れの日と雨の日が交互にやってくる。去年も確か雨だった記憶があるが、おととしは晴れた記憶がある。

教会の礼拝に参加出席するのはクリスチャンとして当然のことだが、わたしにとって、同じくらいに大事なのは手話の学び。2つのサークルと、朗読舞台を手がかりに手話演劇もやりたい。そして卓球も。

やればやるほど奥深さをつくづく感じるのが、朗読・卓球・手話だ。
明日は試合だが、結果がどうであれ卓球練習も、手話や朗読と同じようにこれからも、わたしの人生が終わる日まで続けるのはまちがいない。

「折れない心」2011/05/28 21:47:07

第12回東京都身体障害者総合スポーツ大会・卓球部門に参加してきた。結果は1回戦で負けた。
とはいえ、正直に言うと、いままでのなかでこころから納得できるし、また試合中もあわてパニックに陥ることもなく、冷静に集中して臨むことができた。

ひとことで言えば、「折れない心」を身につけることができた、といえるかもしれない。
相手はちょっとずるいテクニックを使ってきたけれど、何球かは冷静に対応できたと思っている。まったく手も足も出なかったわけではない。あとわずかの差、ちょっとの差だけだ。

いままでならあいまい納得できないままずるずる引きずられてしまった感があるが、今回は結果は残念だったけれど、けっして悪くはなかったと思う。
むしろ大切なことは、続けていくことだ。朗読や手話にも言える。

何度も書くけれど、「折れない心」が大事だ。
ほかのひとはわたしを見ていないかもしれないけれど、神さまが、イエス・キリストが見ておられるのだから、この先も信頼しつつ、折れないこころで臨んでいこう。

スイッチを切り替えて、今度はいよいよ3カ月と3週間後の朗読舞台へ。

耳ってすごい!2011/05/29 22:19:20

人間の耳の習性を利用した会話盗み聞き防止装置
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20110527-OYT1T00494.htm

人間の耳が0・05秒以内に複数の音を聞くと一つの音と認識する習性を利用したという、この会話保護システム。
聴こえる知人に、たとえば居酒屋や職場など多数の人がいるところでどんな感じで聴こえるのか、ときいたら「聞きたいと思う声しか耳に入ってこない」という返事がかえってきたことがある。逆に言えば、聴こえる人は聞きたい音とそうではない音を分別しているのだそうだ(そうだ、といってわたしは体験できないのがなんとなく悔しいが)。 

「発声から防聴音を出すまでの時間差を0・03秒に抑えることで、周囲には会話の内容は聞き取れなくなる」というこの機械は価格が50万円程度だそうだ。それにくらべたら、人間のからだは金には換算できない。そもそも換算などできないと思う。
0・05秒以内に複数の音を聞いてひとつの音と認識する、という人間の耳はすごい能力だ。いくら高性能の機械があるとしても。

日本代表候補を発表2011/05/30 22:32:49

Xリーグ 公式球
世界選手権日本代表候補79名が発表
http://www.nfljapan.com/headlines/21447.html

NFL各チームはドラフト会議も終わり、本来ならばフリーエージェントも含めた選手の移籍や新人を交えたチーム練習がそろそろ始まろうというこの時期。
残念なことにロックアウト、球団施設への選手の立ち入りが禁止されているだけではなく、ヘッドコーチ以下チームスタッフと選手の接触も禁止されているために、チームづくりはもちろん、フォーメーションやドリルといった練習もできない。アメリカンフットボールは選手の超人的な体力だけでは勝てない。戦略の考案やそれらに対するオフェンス、ディフェンス、攻守全体にわたる事前準備などが大きなウェートを占めるスポーツである。だから、ヘルメットをかぶりパッドをつけたからハイ、できます、というような甘いものではない。それだけにロックアウトが続く現状に、はたして9月からのレギュラーシーズンが開催可能なのか、いやそれ以前に7月からのサマーキャンプに間に合うのか、ハラハラし通しである。
余談だが、いま、NFL各チームは経費削減のために、用具担当などのスタッフを解雇しているという。もしレギュラーシーズンが開催されないとすると、さらに多くのチーム職員は給料が支払われないし、もちろん選手も給料が出ない。さらにはスタジアムの売り子さんやチームグッズの売店も収入がゼロ。2012年2月5日、インディアナ州インディアナポリス市のルーカスオイル・スタジアムで開催予定の第46回スーパーボウルも中止になったら……。市や州に入る収入にも影響が及ぶだろう。

今度は日本フットボール界の話題。
日本アメリカンフットボール協会は、7月にオーストリアで開催される第4回アメリカンフットボール世界選手権オーストリア大会2011の、日本代表候補をこのほど発表した。
強化試合などの詳細はお読みいただければわかると思うが、79名をルールで定めた45名に絞らなくてはならない。コーチも選手も、たいへんな苦労だと思う。

ともあれ、4年ぶりのワールドカップ。
観に行けないのは残念だけれど、強豪と戦って世界一になってほしい。