バンダナ その後2011/04/01 22:26:43

新しい年度が始まった。とはいえ、震災から3週間しかたっていない。今日も東北地方は2度の余震に見舞われたという。

先月7日と14日のここに書いたバンダナを、知人に紹介したところ、2枚のご注文をいただいた。さっそく昨日、墨田区聴覚障害者協会に注文して週明けには届くらしい。
明日は震災後最初の手話サークルの活動日だが、少し時間をいただいてこのバンダナを紹介することになる。

ちょっと疲れたかな。
明日の朗読やサークルに備えなくては。

思いがけない反響をいただいた2011/04/02 23:53:22

災害用バンダナ
今日、午後から朗読のレッスンの新学期が始まった。

発声練習はいつもフットボールのキックオフをイメージして――つまりボールが高く遠くへ飛んでいくように、できるだけ長く出すようにしている。イメージのかいあってか、2回目はきれいな長い発声ができた。

今期のテキストは北原亜以子さん原作の『その夜の雪』から「夜鷹蕎麦十六文」。安政、つまり江戸時代深川で生活していた、駆け出しの落語家とその妻をめぐるドラマらしい。
読んでみて、この主人公、かん生という人物は女房にてんで頭が上がらないらしい。なるほど、こういう人物には妙な親近感を覚える。わたしももしかしたら女房には頭が上がらないかもしれない。
読みのほうは、このかん生と奥さん、おちかの掛け合いをテンポ良く、夫婦漫才のように読むというご指導に興味をひかれた。
わたしに与えられたパートは独り言場面を、自分で自分に話すように読むくだりが難しい。だが情景をイメージしながら自分があたかもそのなかにいるように読む、というのは手話にも通じる。
秋の朗読舞台の台本決定稿を、朗読の講師先生にお渡しした。
手話訳の取り組みもじっくり腰をすえてはじめたい。

夜は震災後久しぶりの手話サークル。先月が一度もサークルがなかったために、みなさんとお会いできたのはほんとうにうれしい。
先月の7日と14日、昨日と3回、災害用バンダナについて書いてみた。
さっそく今日、手話サークルでこのバンダナを紹介し、このバンダナを知っているという墨田区在住の方がバンダナの使い方などを実演してくださった。休憩時間に9人の方から計11枚の注文をいただき、明日か週明けにも代金をお振り込みする予定だ。
思いがけない反響をいただいたことに驚きうれしく思いつつ、災害にあうことが避けられないにせよ、少しでも自分を助ける、身を守る方法をわたしたち自らつくっていく取り組みも必要だと実感した、バンダナ紹介だった。

肌寒いお花見2011/04/03 23:49:09

たしかに震災からまだひと月もたたないなかであれこれと騒ぐのは、どうかしているという気がする。
けれど、経済がまわらず、被災者に物資が届かないようになってもおかしい。本末転倒ではないかとわたしは思う。

イスラム教徒ではないわたしだが、イスラム教について書かれた本からラマダン(断食月)とはなにか、読んだことがある。
そこでは自分のためだけではなく、他者を思いやることが目的とされる。ラマダンを終えた後で暴飲暴食に走るのではなく、苦しみのなかで、同じように日ごろから差別されたり虐げられている人たちを思いやる、というのだ。

少しニュアンスが違うかもしれないけれど、自粛するっていったいなんだろう。
仮に何かを自粛することが誰かを思いやり、誰かのためになるというのであれば、わたしもすすんでなにかを自粛しよう。
だが、政治家が上から『お花見などもってのほか』という言い方で、生活スタイルや考え方を押し付けたり否定したりしようとするのは、おかしい。もし政治家がそういうのなら、ご自分がまず率先してみたらいい。その上でなら納得もできよう。

自粛することでかえって息苦しくなるようなことがあっては、被災者も喜ばないのではないか。
もちろんドンちゃん騒ぎはあってはならないことだけれど。

なにかおかしい、本末転倒だ、そう感じる、今年のお花見風景。

北国出身は負けない!2011/04/04 22:35:51

北海道出身のわたしも含め、北国に住んでいる人たちは、十把一絡げで言い切れないけれども、気質というか性格的には、たしかに忍耐強いほうだといえる。
なぜか。

一年を通して雪が多く、春から秋が短い。気温が低い。それらを耐えるために培ってきたのが忍耐強さだ。
たとえば北海道は高校野球を例にとっても、練習時間が内地の学校に比べて不利というか難しい問題がたくさんある。それだから弱い、勝てない、ではなく、逆に雪の上で守ることで、打球への反応や対処法を知る練習方法もある。
また、厳しく長い冬があるということは、自然との付き合い方、自然とどうかかわっていったらよいのか、雪のないところでは想像しにくいかもしれないが、雪祭りや流氷祭りといったかたちで、厳しい自然を味方につけるということも知恵として身につけてきた。

だが今回の災害はあまりにも自然の猛威というか威力がすさまじすぎる。
新聞報道では、津波の高さは37メートルにもなったという。10メートルはざら、といっていいのかもしれない。そんなとんでもない自然を前にしては、人間はひとたまりもないちっぽけなものでしかないということをまざまざと思い知らされた。

岩手や福島は過去にも津波などの災害を経験してそのたびに時間をかけてでも立ち上がってきた強さをもっている。
とはいえ、とても言い尽くせないこの惨状を前に、いくら忍耐強いといっても、耐えられるものではない。

つらいときはつらい、悲しいときは悲しい。
そう口にしてもいいのではないだろうか。少なくともいまは、悲しみ苦しみつらさを胸にしまっておくしかないかもしれないが、どこかではき出すときが必要なのではないか。がまんしてばかりでないで、口にしてもいいよ。

でも。
北国出身は負けない!

人間とはわからないものだ2011/04/05 23:25:40

先週土曜日の朗読のレッスンで、例年よりかなり早いけれど、秋の舞台の台本を、講師先生にお渡しした。ここでも何度も書いたように、『鬼平犯科帳』をやることにしている。

で、今日、書店をのぞいたら『池波正太郎の世界』というビジュアル雑誌があった。そのなかに江戸時代の古地図があり、今回朗読に出てくる柏屋留右衛門が営む「翁庵」という菓子屋も地図上にあった。これによると永代橋からアイカ八丁に入ったところにあったとされる。

鬼平に出てくるセリフの中で秀逸なものはいくつもあるが、鬼平という人物、ひいてはこの作品全体を指してあげるなら、このセリフだけで十分だろう。

「人間というやつ、遊びながらはたらく生きものさ。
善事をおこないつつ、知らぬうちに悪事をやってのける。悪事をはたらきつつ、知らず識らず善事をたのしむ。これが人間だわさ」

鬼平自身が、人間の機微に通じ、「鬼」にも「仏」にもなれる。下情を知らぬものは世の中の仕組みもわからぬ、という信念の持ち主だったと言われるが、それは若いころに「本所の銕」という異名をとるほど放蕩無頼の生活をしながら人間の弱さと強さを知っていたからだろう。

今日、手話通訳士先生と手話の勉強のあとに居酒屋へ行ってきた。
こんな災害が起きた後で、という人もいるかもしれないが、だからといって自粛自粛ばかりでは、息苦しいばかりである。それはけっして被災者や亡くなった人たちを無視したり自分とは関係ないというのではなく、いまこうして生かされ生きている。災害にあったり深い悲しみのなかにいる人たちが立ち上がれるようにする。それは生やさしいことではない。
がんばれ、というだけが励ましではない。わたしたちが生きているいまをどう生きていくかで、彼らにとっても励みになり希望にもなるのだ。

岩手である酒屋蔵が、自粛しないでほしい。自粛すると酒が売れなくなり、ひいては経済の復興が遅れるからだ、という。
自粛を声高にいう政治家や評論家は、ではお前さんは実際に被災地へ行ったか? あるいはどうしたら復興できるか、を考えたことがあるか? あいまいな、はっきりしないないまぜのような、一見正しいように見える理由で、わたしたちに息苦しさを押しつけていないか?

話を舞台に戻す。
手話表現やら練習やらで忙しくなる前に、古地図といまの東京都地図を重ね合わせて、「本所の銕」長谷川平蔵がたどった道、「鈍牛」に出てくる柏屋留右衛門が営む「翁庵」や深川あたりなどを撮影してそれがどこなのかどういうところだったのか、文字を入れ、舞台に投影してみようかと思う。

女性が空を飛ぶ2011/04/06 23:17:26

夏の札幌・大倉山シャンツェ
ソチ五輪でジャンプ女子・フィギュア団体を採用
http://www.asahi.com/sports/update/0406/KYD201104060006.html?ref=doraku

ロンドンで6日ひらかれたIOC理事会で、ロシアのソチを会場にひらかれる2014年冬季五輪から、女子スキージャンプが正式種目として実施されることになったという。

今年2月、NHK-BSで女子スキージャンプの中継を見たのだが、男子にも劣らないどころか、男子並みのすばらしいジャンプを見せてくれたのは驚きであり新鮮だった。

いまでこそあたりまえになっているけれど、女性がマラソンをするなんて30年前は考えられないことだった。女性の体力ではフルマラソンを走るには難しい、と考えられてきただけではなく、スポーツを強さ=男性のものとしてきた歴史があるからだ。

女性が空を飛ぶ。なんとすてきな光景だろう。
男性より体重が軽いぶんだけ距離のあるジャンプが期待できる一方で、事故の危険性もある。男子でも大きな事故が過去にもあった。
安全性にも注意を深めることを忘れないでほしい。

会話を交わしているときが一番楽しい2011/04/07 23:16:19

話は昨日にさかのぼるのだけれど、東日本大震災が発生してから中断していた、手話サークルの仲間が集まって居酒屋で交流と情報交換、憂さ晴らし(?)のひとときがあった。
毎週土曜日の、別の手話サークルとは先週久しぶりに、これも震災発生はじめて会うことができて楽しい夜だった。

聴こえる人でもそうだと思うけれど、わたしたち聴こえない人にとっては会話、コミュニケーションがどれだけこころの安らぎになるだろう。日本手話を学ぶ教室が再開してあらためて楽しく学んでいるのだけれど、手話で話をしている時が一番ホッとするひとときだ。

昨夜の話題は尽きることがなかった。震災発生のときのそれぞれに始まり、姓名の手話表現など、幅広い話題ができた。
手を動かして話すことがほんとうにわたしにとっては欠かせない。
サークルだけではなく、生活の中でももっと豊かに手を動かして会話を楽しみたい。

夜中の震度32011/04/08 21:33:26

昨日は、帰りが遅くなったけれど明日は今週最後の仕事だし、とふろをわかして「そろそろわいたかな」と思っていた矢先の、23時32分……。

新聞を手に取っていたらゆっくり左右にからだが揺れる。「……!? 地震だ!」。すぐにテレビをつけた。どこの局でもいい、必要なのは情報だ。
揺れ方がけっこう大きい。左右にじわじわ、ゆっくりフラスコびんを振るような感じだ。2分……3分……まだ揺れる。

震度3といっていたけれど、どうしてどうして、3じゃなくて4の間違いじゃないかと思ったくらい、揺れが大きかった。もっとたいへんなのは宮城や岩手で、宮城県は震度6強だった。けさにはいって、亡くなられた方が3人とも4人ともなったと知った。こころからご冥福をお祈りしたい。

専門家、M7級余震続く可能性指摘 注意呼びかけ
http://www.asahi.com/science/update/0408/TKY201104080142.html

今後も震度8クラスの地震発生も予想されているし、専門家に言わせれば少なくとも半年から1年は覚悟したほうがいい、という。先月11日のあの巨大な揺れが、ひずみをすべてはき出したわけではなく、大きな揺れがさらにひずみを生む可能性もあるという。

できることはただひとつ。
防災への備えはもちろんだけれど、日々いま生きているときを、後悔のないように生きていくこと。月並み、つまらない言い方かもしれないが、自然の中で生かされているからこそ、日々を昨日よりは今日、今日よりは明日、よりよく生きていくしかない。

スポーツ選手のもたらす影響2011/04/09 23:09:28

昔大学時代にちょっとかじった程度、オヤジがやっていたのをみようみまねで河川敷で練習したことはあるけれど、まっすぐに飛ばないからあきた……。
前振りが長くなったけれど、ゴルフ。ここでゴルフを話題にしたのは、たぶん今日が初めてじゃないかな。

今年のマスターズは石川遼くんと、アマチュアで参加の松山英樹選手が予選を突破した。ともに19歳での予選突破になる。

石川くんはマスターズから、今シーズンの出場試合の賞金全部を東日本大震災の被災者のために寄付する、と発表したことが全米でも話題になった。松山選手は東北福祉大学在学中。マスターズに出場が決まった後で震災がおき、一部から「出場するな」という声が大学にも寄せられたそうだが、ご本人も逡巡、迷った末に大学からも「出場可」という許可をいただいてのオーガスタ入り。

とはいえ、やっぱりこういう話題には勇気というか希望を感じる。
たしかにスポーツ選手のできることには限界があるし、スポーツに興味がない人もいるから、一概には言えないかもしれない。
けれど、おととい被災地を、東北楽天・イーグルスの選手が。千葉県の被災地を千葉ロッテ・マリーンズの選手がそれぞれ訪問して、避難所にいる人たちに囲まれ、「がんばって」と声をかけられたという話をきいてスポーツ選手がもたらす影響は大きいと感じた。

わたしたち、特別な能力を持たない人間でも、なにかができる。
日々を大切に生きていくこと。後悔のないように。

聴こえる人と聴こえない人の関係構築を2011/04/10 20:33:07

明日で、東日本大震災発生からまる1カ月になる。
今日の朝刊では亡くなった方の数が1万2915人、うち65歳以上の高齢者が55・4%を占めるとあった。なお行方がわからない方の数も1万4921人。

わたしはろうに近い重度難聴者だからどうしてもこのことにこだわるのだけれど、こういう災害では、弱者になればなるほど、孤立したりつらい立場におかれたりする。
東日本大震災で助かったというある難聴者の例をあげると、夫婦ともに難聴者なのだが、地域で自分たちが聴こえないということを周知してもらい、集会など集まる場では要約筆記者も同行してもらうなどして、地域とのつながりが構築されていたという。あの日、そういう積み重ねの上に、助け合いができていたのだという。

聴こえないという障がいは目には見えない。
わたしの場合で恐縮だが、話せるし文を読んだり書いたりできるものだから、つい意識しない、聴こえないということを忘れてしまう場合もあるだろう。
いつまたあの日のような大災害が起こるとも限らない。わたしはいまひとり暮らしだけれども、聴こえないために人間関係や地域とのつながりが切れているかあいまいな構築であったりする。会社はしょせん仕事だけだから、会社を離れてしまえばそれ以上のつながりはない。教会は日曜日だけで、平日会うとか会話をするということはない。住まい周辺はもっとつながりがなく、隣近所にだれが住んでいるのか、どういう人なのかさえ知らない。わたしが知らないのだから向こうも同じだろう。手話サークルはあるけれど、サークル活動日のほかは個人的に会うこともない。

たしかに手話や要約筆記など、面倒だ覚えるのがたいへんだ、かかわりたくない、という人もいるかもしれない。
でも無理に手話を覚えてとは言わない。どんな方法であっても、コミュニケーションを図ろうという気持ちを持ってもらえれば、あとはこちらもなんとか対処できる。聞いて聞かれて、お互いに顔を向き合うことができていれば、と思う。