わたしに足りない欠けているもの2014/11/26 23:30:15

昨日手話サークル後、飲み会に。

別クラスで講師を務めていらっしゃった70過ぎのろう者男性を交えて、ろう学校時代などいろいろ昔話をうかがった。
わたしは幼稚園から大学まで聴者、つまり普通学校で育ったから聴者の文化の中でしか経験がない。それはそれでマジョリティーの中ではいい経験だったかもしれないが、たったひとり家庭でも学校でも聴こえないということが、少数者ゆえにいじめにあったり誤解されたりということにもつながった。
聴者にとっては驚きでありわたしにとってはうらやましいと感じるのは、ろう者同士ろう学校卒業生同士の結びつきの強さだ。
この男性もそうだが、初対面で交わすあいさつは「きみ、どこのろう学校の何期の卒業生?」だそうだ。
もちろん聴者でも同窓会などで会うこともあるだろう。でも一般的にはそういうあいさつを交わすことがない。逆にろう者は聴こえない者同士だから、お互いを分かり合えるという連帯感のようなものが強いのだろう。
一緒に飲み会に参加していた聴者で知人女性も「へえ」と驚いていた。

そういうつながりが、わたしには足りないというか欠けている。聴者ではないからどこかよそよそしいというかなかに溶け込めない、部外者ではないけど、うまく交われない。
ま、手話を使って、ろう者の中に飛び込める、サークルだのイベントだのという機会があるのだから、あるものを最大に生かしていくしかない。