豊かな会話が交わせるようになりたい2007/02/01 23:57:19

早いものでもう2月。

水曜日、カウンセリングをお願いしていたのだけれど予定の行き違いがあって、カウンセリングを受けることができなかった。無駄足になったと一瞬思ったけれど気を取り直して、フライングハンズの歌詞ボードを作り直すために三田へ移動して帰ってきた。

今日、その予定をあらためて作り直してスケジュールを入れた。
水曜日は急なことでできなかったのだけれど、要約筆記をお願いして、きちんと会話ができるようにしたい。

難聴、聴覚障害者は相手に合わせようとしたり、二度三度繰り返した話をさせてはいけないと思ったりする。わかっていないのにうなずいたり返事をしたりして「あ、わかっているんだ」と相手に思わせてしまう。

カウンセラーが手話ができれば、手話でおしゃべりができるのだけれど、そういうわけにはいかない。自分の思いのたけを一方的に話すのではなく相手の話に耳を傾けて共感と理解を築いていくこと。簡単なようで難しいけれど、相手の話を反復して聞き返すなど、できないことはないだろう。

いつかわたしにも、生涯をともにするにふさわしい人が出会えたら。
その人と、豊かな会話が交わせるようになりたい。いや、交わせる人間でありたい。

「不滅の恋人」2007/02/02 23:11:14

「不滅の恋人」の探究
いまずっと読み続けている本がある。「ベートーベン 『不滅の恋人』の探究」というタイトルだ。

この本はLudwig van Beethovenの生涯、1872年の夏に書かれたと言われる、3通の手紙の3信目段落の最初の行で[Meine unsterbliche Geliebte]とある、手紙の宛人への呼びかけの言葉からそう言われるようになった。
著者は青木やよひさんという、日本で有名なベートーベン研究家のひとりである。

詳細は本を読んで頂くとして、いつもベートーベンというと「楽聖」、昔小学校時代に音楽教室に掲げられていた、いかめしい顔つき近寄りがたい男性というイメージとともに、恋をしてもふられ、愛することの歓びを知らないままに50歳すぎで人生を終えた作曲家、というイメージがある。だが実際はベートーベンのまわりにはさまざまな女性たちが彼を愛していたのだ。けっしてベートーベンは孤高でも独身を貫いたわけでもなく、男性として「こうあらねばならない」という自己を束縛するような価値観から自由に生きていたといえるのだ。逆に言えば、女性を束縛するような結婚や恋愛は男性である自分自身もまた束縛されるという考えを持っていた、と青木さんは書いている。

しかし時代の制限や束縛からベートーベンは自由だったわけではない。何度も書いたように彼は聴覚障害者だった。補聴器といってもわたしたちが使っているような電気ではなく、単なる集音器でしかなかった。そして腸や胃など内臓に病気を抱えていたと言われている。肉体的な苦しみだけではない。ベートーベンは貴族や王侯からの経済支援によって音楽創作活動を営むことができたが、ナポレオン戦争などのために年給がとどこおるなど、経済的に恵まれていたとはいえない。
さらには、21世紀の今日ではまず考えられない、身分の差による苦悩にも直面していた。それは女性から見ても同じで、離婚はどんな理由があれ、男性からのそれは許されても女性からの離婚は認められない。王侯貴族との恋愛は、男性が王侯貴族であるならまだしも、女性がその立場であるなら、相手が一般平民となるとスキャンダルと見られていた時代である。名高い巨匠であるベートーベンにとって、どんなに苦しい時代だっただろう。

本を読んで、ベートーベンとこの「不滅の恋人」と呼ばれる手紙の宛人とのあいだに、大きな試練、お互いにどうしようもない困難があったことがうかがわれる。そしてその試練を乗り越えて、実ることはなかった恋愛だけれど、180年以上たってもなお、生きること愛することのすばらしさをわたしたちに伝えていることも知った。

ベートーベンの音楽を「不滅の恋人」とその手紙を通して聴くとき、新たな大きな感動を感じずにはいられない。

書かれていないこと イメージすること2007/02/03 15:43:15

今日は朗読のレッスン日。やっぱり自分が好きなのは表現すると言うことなんだよねぇ。

今回使われているテキストは「ジェネレーションズ」という小説だ。
会話の場面が多く、登場人物になりきり、感情やアクセントの切り替えなどとても勉強になる。

とりわけ考えさせられるのは電話の会話場面だ。
会話の中で「……」の部分があったり、会話で相手の話に反応する場面があったりする。「おい、N、どうした……いや、なんでもないよ」という場面だったとする。どうした、という言葉で相手に気遣いをかけるとともに、「……」という文字に表れていない部分をどう受け止めるか。間を置きすぎてもいけないし、棒読みになってもいけない。朗読を聴く側はもちろんのこと、話し手である演者もどういう会話なのか、Nという人物がどういう人間なのかと想像しながら演じていくことが求められる。

電話での会話は顔が見えないから難聴者にはやりにくく難しい。
ましてじかに顔を突き合わせた相手でも、一方通行になったり生返事になったりすることがある。このあいだ買い物に行ったときは「うん、うん」という返事だけに終始してしまって、とても疲れた。こんな疲れる会話ならしたくないとさえ思う。

逆手にとって、そういう経験をしているからこそ、演じることも、もっとイメージをふくらませて、豊かな演技ができるようになりたい。

クリームを入れないコーヒーなんて2007/02/04 23:51:13

うーん、最高においしいコーヒー(^_^;)
今日は夜6時すぎに教文館へ。礼拝後自宅へ戻ってから少し休んだあとに。遅いとだいたいこんな時間になるね。タイトルは昔テレビで見たコマーシャルのせりふをもじった。

「Cafe きょうぶんかん」での今日のオーダーはアメリカンとガトー。これが実においしい。
で、写真を撮ってみたのだけど、ライティングが悪いのか、構図がよくないのか、すっきりしない。何枚か撮影して、お店のスタッフにお見せして彼女いわく、わたしの撮影したものはライトの当たり具合がよくないらしい。「じゃ、撮影してみたら?」と彼女にカメラを渡して撮ったのが、これ。コーヒーカップとケーキの構図がいいね。スタッフのかた、どうもありがとうございました!

明日は手話ソングダンスの練習。朝からNFL、第41回スーパーボウルの生放送だ。
早めに寝ま~す(^_^;)

人類が住むのはこの星だけだから2007/02/05 23:05:39

ピンぼけでゴメン(^_^;)
この写真、ちょっとピンぼけなのだけど、撮影時間は午後6時前。
会社を出るときはもっと明るかった。

夜はまだまだ寒いけれど、帰りの地下鉄車内は暑くて、ジャンパーを脱いでセーターとワイシャツになった。見回すとコートを手にしている男性がいる。

地球温暖化とまではいわないけれど、昨年末から今年にかけては暖かいくらいで、へんだなと思う。

思い出すのはイラク。
米軍がイラクを攻撃したときに舞い上がったチリやダスト、ほこりがなんと、遠く離れた日本まで届いているという話を読んだことがある。
それほどに地球の環境はわたしたちの生活に大きく微妙な影響を与えているのだね。

だからこそ地球を大切にしたい。いまのところ人類が住むのはこの星だけだから。

暖かいねえ2007/02/06 23:52:27

夜空にそびえる ビルのすき間には
今日は朝から暖かい一日。気温が4月上旬並みときいて、またびっくり。
寒さが感じられないから、外を歩いてもスーツで十分だ。

昨日はのどが痛くて、あごの下を触診して吐き気がするくらい。会社内の病院でのどの炎症を抑える薬をいただいて、ほとんど異常は感じられない。

それにしても、この暖かさ。
故郷北海道の雪祭りが始まったけれど雪像が溶けているものもあるという話の一方で、オーストラリアは猛暑で小麦がとれないときく。大干ばつが起きて、日本向けの小麦生産が困難だという。讃岐うどんなどに使われるのはその80%がオーストラリア産の小麦だ。驚いた。日本産ではないんだね。干ばつのために日本向け輸出ができないという報道もある。

いったいどうなってしまうんだろう。

海援隊の歌を思い出す。

 夜空にそびえる ビルのすき間には 月が昇る
 切り絵のような 弓張り月が

                             (「海を忘れた倭人たち」)

きれいな空に浮かんだ月。月からこの星に住む人類はどうみえるのだろう。

懐かしい!2007/02/07 23:55:45

後ろ向きはご愛敬
おととしあたりから食玩といって、お菓子や缶コーヒーに、昔の車や飛行機、おもちゃのミニチュアがついてくるようになった。食品につく付録の玩具だから「食玩」というわけ。

写真は、右から、昨年買った缶コーヒーについてきた日本車とF1フェラーリのミニチュア、今年買った缶コーヒーについてきた阿寒バスのおもちゃ。よくよくみたらフェラーリは後ろを向いている。無理もない。昔のF1は今と違ってエンジンを前に置いていた。カーナンバーも座席後ろに大きく描かれていた。ウィングもない時代だから、知らない人がみたら前後がどちらなのかわからないのも無理ないことだ。指摘したら一緒に大笑い!

こういうおもちゃは懐かしいね。
トシをとってきたからか。食玩のなかには昔の小学校をテーマに、木の机だとか黒板消しだとか、ランドセルだとか、給食用の食器だとか、実に精巧なものまである。ここまできたらもう、おもちゃを通り越して、カルチャーの世界にさえなってくる。

う~ん。
できるならもう一度あの時代に帰りたいなぁ。子どもにかえりたいと、食玩をみて思ったのである。

難しいことは承知の上で2007/02/08 22:32:16

今日夜に、月に一度行く、讃岐うどんのお店で例の小麦粉輸入についてきいてみた。報道されていたとおり、やはりオーストラリアからの小麦の輸入は厳しい状況にあるらしい。いまは大丈夫だというが、今後この状態が続けば商品の値上げもあるかもしれない、という。

オーストラリアが無理なら中国、あるいは別の産地に替えてはという意見もあるだろう。しかし、オーストラリア産の小麦が一番、讃岐うどんに適しているのだそうだ。代替でもできないことはないだろうが、長年の味というものがあり、味の好み、嗜好(しこう)もあるわけだから、代替では本来の味が引き出せないどころか、お客さんが離れてしまう可能性もある。思い出すのは牛肉。わたしはどちらかというと豚肉が好きなのだけれど、アメリカ産牛肉が手に入らなくなって代替のオーストラリア産に切り替えたところもあったが、頑としてアメリカ産にこだわったところもあった。理由は、牛丼のタレとアメリカ産の肉が一番ぴったり合うから。他の肉ではだめなのだという。
食品産業というのはそれだけ、難しいものなのだとあらためて感じさせられた。

肩こりを防ぐには?2007/02/09 23:45:03

まったくどうしようもないというか、しんどいと感じるのは肩こり。

補聴器をつけているためもあるのだけど、仕事中あまり肩から背中の筋肉を動かさないから、血流がよくない。肩こりからひどいときは頭痛までくることもある。1月の中途難聴者・失聴者の集いのあとにものすごい肩こりを感じて、夜は頭が痛くて眠れないありさま。

寝るときまくらを使わずにうつぶせで寝ることもある。
仰向けに寝ると舌根沈下といって、のどに舌の根部分が落ち込んでしまう状態がある。のどに舌の根の部分が落ち込んでしまうことがある。のどの気道が狭くなっていびきが起きる、またのどが完全にふさがると睡眠時無呼吸症候群になるという。昔軽度の睡眠時無呼吸症候群と診断されたことがあるけれど、仰向けに寝るからだったのかな。
とすると一番いいのはうつぶせに寝ること。
酸素をしっかり取り込むことで血栓が詰まったり血流が悪くなることはないという。なるほど。マッサージの時、うつぶせで寝ると気持ちいいのはそこにあるのかな。

もうひとつ、寝るときに気をつけたいのは、活動しているときにひどい痛みを感じる側の肩を下にして寝るようにしたい。負担をかけないように横になって寝るといい、ときいたことがある。

肩こりは誰でもあるのだとはいえ、やっぱりいやですね。近々フットボールのボールを使った投球練習で、普段使わなかったり固まったりしている、肩から背中にかけての筋肉をうごかしほぐしてみようと思う。

どうにかならないかこの痛み2007/02/10 07:43:13

今日朝今年最初のフットボール投球練習をした。うん、よく動けている。が、午後から肩こりと頭痛がひどくて。きちんと準備運動もしたし、無理はしていないつもりだが。

まったく、トシかね。