卓球とフットボール2007/03/01 23:55:11

卓球台とフットボール
とうとう3月に入った。

今年の冬はどこかおかしい。雪がなかったのに加えて気温も高く、気象庁のホームページによれば、今冬(2006年12月~2007年2月)の日本の平均気温は、統計を開始した1899年以降で、第1位タイ(これまでの第1位は1949年)の高い記録だという。

今日は卓球同好会の練習日だったが、参加したある女性と、今冬が暖冬だったねという話になって、こんな気温が続いたら、この夏はどうなるんだろうということを交わした。50年後の関東地方は、いまの鹿児島・宮崎と同じくらいの気温になると予想されている。そうなると、米など農産物にも大きな影響が出てくるに違いない。

写真は、卓球台に載せた、アメリカンフットボールのボール。といってもミニサイズ。小学生向けのサイズだ。
友人とごく簡単なキャッチボールをしてみた。

地球温暖化2007/03/02 23:17:25

帰りの地下鉄車内でのこと。混むのもあらゆる方向から押されるのもしかたない。いま車内でなんと、クーラーがかかっています。まだ3月だというのに。こりゃ、もう明日からコートやジャンパーはいらないかもね。

昨日卓球仲間と地球温暖化の話をして、50年後の関東はいまの宮崎並みの暑さだよと話しました。米など農作物がとれなくなるか暑さに対応した品種改良が必要だろう。もっとこわいのは、マラリアなどがひろがるおそれがあるということ。いまだって、南でしかみられなかった昆虫の生息域が北上しているのだといいます。こわいよぉ!

仲間がいるっていいなぁ2007/03/03 22:37:50

耳の日文化祭
暑いくらいの天気が続く。今日は冬スーツだけで外に出た。
午後からの朗読で、2週間後のミニ発表会の出番担当を決めたあと、夕方から東京都身体障害者福祉会館で、明日まで開かれている「第36回耳の日文化祭」に出てきた。展示や出店が終了してしまい、夜の「ナイトバザー」で遅い昼食をとりながら、手話でおしゃべりをする。めったに会わない会えない、難聴者やろう者の仲間と会うのは楽しい。

朗読も、秋の発表会に向けていろいろ考えている。
自作、書き下ろしのエッセーを使おうか。それとも既存の小説かエッセーを借りようか。手話を交えるか声だけにするか。

ともあれ、ゆったり過ごした一日だった。

映画のパンフレットを購入してきた2007/03/04 21:08:39

パンフ3つ
「耳の日文化祭」最終日の今日は、礼拝のあとミニ聖書学習会に出席後、教会から「耳の日文化祭」会場の三田へ移動。ほとんどのプログラムが終わったが、占いをしていただき、少しばかりの時間、仲間とおしゃべりを楽しんで会場をあとにした。

都営地下鉄で神保町へ移動して、古い映画のパンフレットを見に、お店を回った。そこで意外なものをみつけ、衝動買いしてしまった。
ひとつはこのブログでも何度も書いてきた「典子は、今」。26年前の作品だが、よくぞ残っていた。主題歌のピアノ楽譜がついている。いつかピアノ伴奏にあわせて手話ソングにしたい。次に昨年末に映画を見て、クライマックスの第9初演再現シーンで大泣きと感動した、「敬愛なるベートーヴェン」(原題:Copying Beethoven)のマスコミ向け宣伝材とパンフレット。最後に、今年のアカデミー賞で話題になり、惜しくも助演女優賞を獲得できなかったが、話題を集めた「BABEL」のやはり、マスコミ向け宣伝材とパンフレット。

3つとも、手話・障碍者問題・コミュニケーションなど、多くのテーマが結びついている。
4月から公開される「BABEL」と、いずれはDVDで見るだろう、「敬愛なるベートーヴェン」。
楽しみがまた、増えた。

見上げてごらん夜の星を2007/03/05 23:50:29

坂本九さんの曲。手話ソングでやりたいと思っているひとつだ。

今日、帰りに駅から歩いて、ふと見上げたら、きれいな月がみえた。今までも月を撮影したのだけれど、美しさに感動して、思わずシャッターを切った。

夜空を見上げて、思う。
星はちゃんとわたしたちをみている。この地上にはいろんな苦しみも悲しみも喜びもあるけれど、星が生まれてから消滅する時間ほどに長くは続かない。人間など、ちっぽけな存在なのだと。
だからこそ、その限られた瞬間をどう生きるか生きたか。

久しぶりに会社の保健医と廊下でばったり会って、話をした。
なにげない会話が楽しい。

人間として誇りを取り戻す2007/03/06 23:29:29

夜空の雲間にみえた月
雲間にみえる月を見て、こんなことを考えた。

昨年からいじめを理由にした、少年少女の自殺や、いじめそのものの報道が相次いでいる。
いじめというと、わたしはどうしても自分のことを思い出す。
中学に入ってまもなく、東京から故郷北海道へ帰って、学校になじめずまた、聴覚障碍を理由にものすごいいじめにあった。靴を隠されたなどというのは序の口。書道の時間に墨汁を投げつけられたり靴裏に画びょうを刺されたりしたこともある。修学旅行の時は寝ているわたしをカメラのフラッシュをたいて撮影し、旅行から帰って黒板にその写真をはられたということも。

いまのいじめはどうなのか。たぶんわたしのころより陰湿、かつ見えないものが多いのではないだろうか。それだけに、自殺を選ぶ少年少女の気持ちや、残された人たちのやりきれなさは想像するにあまりある。

けれども。
ふりかえって思うに、いじめは、あっているそのあいだは嵐のようなものなのだけれど、嵐を乗り越えたところに希望がみえる。止まない雨はないし、明けない夜もない。

今年2月にフロリダ州マイアミのドルフィン・スタジアムで開催された、第41回スーパーボウルは、NFL史上初の、黒人ヘッドコーチの対決ともいわれた。インディアナポリス・コルツのTony Dungy、シカゴ・ベアーズのLovie Smith、ともに黒人のヘッドコーチ。
現役プレーヤーでは人種の壁が低くなってきたが、チームを率いるヘッドコーチではまだまだ、人種の壁が厚い。ルールとしてヘッドコーチを採用するにあたって、各チームとも最低一人は黒人コーチと面接しなければならないというのがあるが、それだって建前として「黒人と面接しましたよ」という理由付けにされる、有り体でいえば利用されたということもいえる。学生時代のいじめ以上の陰湿な、はっきりいって差別だ。
しかしTony Dungy、Lovie Smithともに、苦労しながらも、それを誰かのせいにしたり責めたりはしなかった。ふたりともキリスト教信仰に立って「苦しいときは神の導きがある。なんらかの意味があるのだ」と、しっかり前を見据えていた。

一時期の苦しみなど、人生を終えるときになにほどのことがあろう。一番難しいことは、成功することではなく、いかにいいかたちで人生を終えるということだ。

いまもいじめで苦しんでいる人がいるだろう。
彼ら彼女らに軽々しいことを言ってはいけないけれど、ひとつだけ。
生きろ! いじめをするということは、自分の次元の低さを示しているようなもの。いじめを乗り越えることは、自分の人間としての誇りを取り戻すことなのだ。

こんなものがあるんだね2007/03/07 21:37:06

メカニカルペン 3本
わたしはもともと指先が器用な方ではなく、小学校から中学校時代に、何がいやって、家庭科の授業が嫌いなもののひとつだった。というのも、裁縫がねえ。

恥ずかしいのだけど、はしもペンも、持ち方があまりうまくない。
はしに限っていえば、子ども向けに、持ち方を矯正してくれるグリップがあると聞いたことがある。
はしの持ち方を直すのは、もう恥ずかしくてできない。となると残ったのはペンか。

で、都内の文房具店でみつけた。
写真を見てほしいのだけれど、ペン先にグリーン、ピンク、イエローの色が付いたものが見えるだろう。これは3カ所にくぼみがあり、このくぼみに指をあてて正しい持ち方を身につけ、悪いくせを矯正してくれるというわけ。
よせばいいのに、3本もメカニカルペンを購入した。あ、メカニカルペンというのは和製英語のシャープペンの、正式な英語名だ。英語圏の人たちにシャープペンといっても通じない。メカニカルペンと言わないと通じないのだ。

和製英語についてはまた、別の機会にするとして。
トホホ、こんな年齢になってペンの持ち方からやり直さなければならないなんて。あ~、恥ずかしい。

デザインのいいものは2007/03/08 23:19:14

昨日書いた、メカニカルペン。
3本を購入したのだけど、ぺんてる社のものが気に入った。

「5」とある。
遠いかすかな記憶をたどっていくと、このメカニカルペンは……。そうだ、小学校の初めのころに買ってもらった記憶がある。よく使ったものだ。

まさか30年40年以上たって、復刻版とはいえ、同じものを手にできるとは思わなかった。

今日は卓球の練習。難しい球にもスムーズに打ち返せるようになった。
残念だったのは、コンタクトレンズが破損して、使えなかったこと。
急きょ購入しためがね店にケースごと送付した。

そろそろ桜か2007/03/09 23:42:56

昨日も書いたのだけど、あちこちで桜が咲いているそうだ。自宅に帰る途中、公園を歩いていたら、桜の木の葉がきれいな色を見せていた。わたしの家の近くでもそろそろかな。

もう少ししたらバラを見に行こう。スケッチ撮影をしに。

廃墟から2007/03/10 22:37:32

62年前の3月10日。375機のB-29爆撃機が前日9日から10日に日付が変わった直後の東京を襲い、深川・城東・浅草を中心に東京を焼き払った。

それから62年後。
今日、六本木を歩いてみた。六本木ヒルズが太陽の光の照り返しを受けてまばゆい。その近くではドラマの撮影が行われていた。

あの悲惨な出来事が遠い昔のように思えるが、しかしあの日、東京はまさに地獄図絵のありさまだったのだ。
そのことを忘れずに、未来が平和なものであるように。数多くの失われたいのちをこころにおぼえるように。