つながり ― 2015/01/31 23:43:40

午後からの朗読のレッスン。先生もおっしゃられたが、浅田次郎さんの作品は難しい漢字の読みがあるなど、朗読としては手ごわい。それだけに読む方も鍛えられるというものだろう。指定された場面をわたしは抑え目に感情を込めて読んでみたが、先生は「淡々と読みなさい」という。うーん。なるほどそのほうがしっくりくる。
終わってから御茶ノ水へ移動してクリスチャンの映画鑑賞会。といっても宗教宣伝だとかハッピーエンドだとかいったものではない。カール・セーガン博士原作の「コンタクト」という作品だ。
わたしたちはどこからきてどこへ行くのか。宇宙とのコンタクト(接触)から、わたしたちが学べるものは何か。ひとつだけ思うのは、宇宙に比べてわたしたちがいかに小さいかということ。「COSMOS」でセーガン博士が書いたように、わたしたちはチリから生まれた、たまたまチリが意識を持ち生命体となって存在している。その生命体がいま、地球環境をこわし、テロや戦争をおこしている。わたしたちがやっていることの愚かさを感じさせる。
そのいっぽうでわたしたちはつながりをつくっている。
今年も卒業した小学校の同窓会を計画して、今年はわたしともうひとりが幹事を担当する。近くに住む同窓生が集まって居酒屋でいろんな話をしながらアイデアやどんな会にしたいかなどを話し合った。
卒業して30年以上がたつが、ろうであるわたしは在学当時と同じようにはコミュニケーションができない。しかしそれゆえに、年に一度の同窓会であっても顔を合わせる仲間がいるのはかけがえのない財産だと思っている。
50歳を間近にして、おたがい健康などの問題も出てくる。親の介護や自分の将来、子どものことなど、抱えている問題はさまざまだろう。そになかで同じ時代を同じ空気を過ごしてきた仲間が集まり、ともに交わり楽しいひとときをすごしたい。たまたま出会えた仲間だからこそ、大事な財産である仲間とこれからもいい関係を作っていきたい。
居酒屋では筆談をしてくれたり簡単な手話をきいたりしてくれた。とてもうれしいし、こういう仲間こそ、生涯末永く保ち続けたいものだ。
終わってから御茶ノ水へ移動してクリスチャンの映画鑑賞会。といっても宗教宣伝だとかハッピーエンドだとかいったものではない。カール・セーガン博士原作の「コンタクト」という作品だ。
わたしたちはどこからきてどこへ行くのか。宇宙とのコンタクト(接触)から、わたしたちが学べるものは何か。ひとつだけ思うのは、宇宙に比べてわたしたちがいかに小さいかということ。「COSMOS」でセーガン博士が書いたように、わたしたちはチリから生まれた、たまたまチリが意識を持ち生命体となって存在している。その生命体がいま、地球環境をこわし、テロや戦争をおこしている。わたしたちがやっていることの愚かさを感じさせる。
そのいっぽうでわたしたちはつながりをつくっている。
今年も卒業した小学校の同窓会を計画して、今年はわたしともうひとりが幹事を担当する。近くに住む同窓生が集まって居酒屋でいろんな話をしながらアイデアやどんな会にしたいかなどを話し合った。
卒業して30年以上がたつが、ろうであるわたしは在学当時と同じようにはコミュニケーションができない。しかしそれゆえに、年に一度の同窓会であっても顔を合わせる仲間がいるのはかけがえのない財産だと思っている。
50歳を間近にして、おたがい健康などの問題も出てくる。親の介護や自分の将来、子どものことなど、抱えている問題はさまざまだろう。そになかで同じ時代を同じ空気を過ごしてきた仲間が集まり、ともに交わり楽しいひとときをすごしたい。たまたま出会えた仲間だからこそ、大事な財産である仲間とこれからもいい関係を作っていきたい。
居酒屋では筆談をしてくれたり簡単な手話をきいたりしてくれた。とてもうれしいし、こういう仲間こそ、生涯末永く保ち続けたいものだ。
邦画にも字幕をつけてほしい ― 2015/01/10 23:12:02

正月も10日が過ぎて、もう「おめでとう」という気分ではなくなったが、そんななか、今年最初の手話サークルの新年会に足をのばしてきた。
その前に午前中、妻と一緒に有楽町で「ふうけもん」という映画を見てきた。主演が中村雅俊さんと浅野ゆう子さんという、ベテラン俳優。
実在する「便利屋」を主題にキリスト教とからめた作品だが、残念なことに字幕がつかなかった。館内の聴衆がところどころで笑っていたようだけど、どこでなぜ笑うのかがわからない。補聴器をつけてはいるが、短い単語くらいのセリフならどうにかわかったけれど長文の会話やせりふはさっぱりわからない。申し訳ないけれど全体の20%もわからないままだった。
そういえば昨日も、やむ得ず電話をかけなくてはならなかったのだが、電話をかけてものの30秒もしないうちに話が聞き取れず、苦労した。
直に顔を見合わせての会話でも、わたしはきれいに話せるから相手はわたしがろうであることに気づかない。むしろ補聴器をつけているぶん、聞こえているものと思ってしまう。
電話もしかりで、いくら説明してもわたしがろうだということが伝わらないどころか、信じてもらえない。受話器から聴こえてくる声がだんだん聞き取れなくなり単なる音にしか感じられなくなり、30秒(分ではない!)ももたないのだ。
できたらこの映画に字幕をつけてほしいなあ。
その前に午前中、妻と一緒に有楽町で「ふうけもん」という映画を見てきた。主演が中村雅俊さんと浅野ゆう子さんという、ベテラン俳優。
実在する「便利屋」を主題にキリスト教とからめた作品だが、残念なことに字幕がつかなかった。館内の聴衆がところどころで笑っていたようだけど、どこでなぜ笑うのかがわからない。補聴器をつけてはいるが、短い単語くらいのセリフならどうにかわかったけれど長文の会話やせりふはさっぱりわからない。申し訳ないけれど全体の20%もわからないままだった。
そういえば昨日も、やむ得ず電話をかけなくてはならなかったのだが、電話をかけてものの30秒もしないうちに話が聞き取れず、苦労した。
直に顔を見合わせての会話でも、わたしはきれいに話せるから相手はわたしがろうであることに気づかない。むしろ補聴器をつけているぶん、聞こえているものと思ってしまう。
電話もしかりで、いくら説明してもわたしがろうだということが伝わらないどころか、信じてもらえない。受話器から聴こえてくる声がだんだん聞き取れなくなり単なる音にしか感じられなくなり、30秒(分ではない!)ももたないのだ。
できたらこの映画に字幕をつけてほしいなあ。
いつか来る生の終わりから天国につながる道 ― 2015/01/02 23:55:12

昨日妻と一緒に小岩のアッセンブリー・オブ・ゴッド教団の正月年頭礼拝に参加してきた。うーん。結論を先に言うと、元日から早々、とても疲れた。というほかない。
賛美はいままでにも書いたように、歌詞もメロディーも同じフレーズの繰り返しの曲と、独りよがりな歌詞が多くてこころに響いてこなかった。
まずかったのは牧師の説教が長く、45分以上あっただろうか。しかも聖書のなかから2、3の箇所を引用はしたけれど一体何を語りたいのかという点で的が絞れていない。手話通訳と妻がとったメモをみながら理解するようにつとめたが、何を言いたいのかがよくわからない。聴衆も時折船を漕いでいるのをみかけた。
手話通訳も2人で分担したがかなり疲れたのではないだろうか。あれだけの時間を費やすのならもっと手話通訳士を増やすなり工夫するなりしないと、手話通訳士にも負担がかかりすぎる。礼拝を通して、正直言って疲れただけで、聴いていて得たものがあまりにもなさすぎ、というのが実感だ。おかげで近くのスーパーマーケットで整体を受けてもまだ肩こりが治らず、寝るときに目の疲れを取るためのアイマスクをつけてやっと、首すじから肩にかけてのコリや疲れがおおよそとれたありさまである。
一夜明けて今日。
午後に浅草へ足をのばして、落語の着物を買ってきた。地味めにみえるが帯などを工夫すれば映えるかもしれない。
友人にお願いしていた、昨年のコスモス朗読会の動画に字幕をつけていただいた動画をメールで見せていただいた。とてもいい仕上がりの動画になっていて妻と一緒にみて「これはいい!」と手をたたいて喜んだ。どうもありがとうございました!
最初に書いた、今年最初の年頭礼拝であまりにも疲れてしまい、かえってよくなかったせいか、着物を買ったあとに渋谷で観た映画で少しは気分が晴れた。
『天国は本当にある』(原題 Heaven is for Real)
4歳の男の子が人生を変えるような驚異の経験をし、その父である牧師が、息子の経験と発見をともに分かち合おうとする勇気と信念の探求を描いた、ニューヨーク・タイムズのベストセラー本の映画化。2014年4月16日に全米2417スクリーンで公開され、9000万ドルの収益をあげたという。
これも正直に言うと、わたしはありきたりの宗教映画だと思っていた。もちろんクリスチャンだから天国の実在を信じているし、いつかはわたしも死ぬ。死んだあとに天国に行けるものと。けれどそれをテーマにした映画、となると話は別で、生死の境で迷う主人公が死を受け入れるとか再生に向かうとか、美しい幻想的な映像で表現されるとか、どう考えても「ウソくささ」満載であり、「宗教の押しつけ」的なものであるものがほとんどだった。だから今回、わたしも妻と一緒に観るけれど、ハナから期待していなかった。原作本ももちろん読んでいない。読みたいとも思わない。押しつけがましいものは同じクリスチャンでも、だ。
だが、この映画がそういったものと一線を画しているのは、正直にありのままを描いているからだ。フィクションのように天国を美しく描写したり空想をたくましくした天国の世界があるわけでもない。あるのは、現実の、わたしたちと同じ、国こそ異なるけど人間の、生きたありのままを描いていることだ。舞台であるネブラスカ州の小さな町にある教会の牧師、トッド・バーポと妻ソンジャ、ふたりのあいだにいるコルトンとキャシーの姉妹。
言ってはアレかもしれないが、日本の教会の牧師とも異なる、ボランティアで消防署に勤めたりソフトボールを教えたりレスリングを教えたり。地域とつながり、人々に溶け込んでいる。説教壇から偉そうに聖書のみ言葉を語るだけではない。
そして生死の境をさまよったコルトンが天国を見た、と語るのを、トッドは受け止められずに迷い、妻も戸惑い、教会の信徒もまたしかり。説教で天国の話をしたトッドを一時は解任して新しい牧師を探そうともした。
けれど、いろんな葛藤や出来事を通して、トッドが気づいたのは、天国がどこにあるとかどういうところかということではなく、わたしたちはすでに天国の片鱗をみている。「赤ん坊の産声、友の勇気、両親の愛などだ」
わたしは天国の実在うんぬんよりも、愛をもって育てられてきたこと、こうしてろうであるわたしを夫として受け入れてくれた妻がいること、ライフワークとして手話ソングや手話つき朗読や手話落語など、与えられたものを最大に生かす取り組みがあること。いつ終わるかわからないけれど、いつかは必ず終わりが来る。その日に向かって精いっぱい生きていくこと。それで十分ではないだろうか。
結論を言えば、ヘンな奇跡だとかいやしだとか手を上げて祈るだとかなんていらない。いい先生がいるよ、いやしの賜物があるよと言われても、わたしははっきりと断る。いまを精いっぱいひたむきに生きること。それがいつか来る生の終わりから天国につながる道なのだ。
映画は予定調和的な部分、ハッピーエンドで終わった演出があったけれども、わたしが予想したような「ウソくささ」満載、「宗教の押しつけ」的なところはあまり感じられなかった。真正面からありのままに描いた作品であると思う。
賛美はいままでにも書いたように、歌詞もメロディーも同じフレーズの繰り返しの曲と、独りよがりな歌詞が多くてこころに響いてこなかった。
まずかったのは牧師の説教が長く、45分以上あっただろうか。しかも聖書のなかから2、3の箇所を引用はしたけれど一体何を語りたいのかという点で的が絞れていない。手話通訳と妻がとったメモをみながら理解するようにつとめたが、何を言いたいのかがよくわからない。聴衆も時折船を漕いでいるのをみかけた。
手話通訳も2人で分担したがかなり疲れたのではないだろうか。あれだけの時間を費やすのならもっと手話通訳士を増やすなり工夫するなりしないと、手話通訳士にも負担がかかりすぎる。礼拝を通して、正直言って疲れただけで、聴いていて得たものがあまりにもなさすぎ、というのが実感だ。おかげで近くのスーパーマーケットで整体を受けてもまだ肩こりが治らず、寝るときに目の疲れを取るためのアイマスクをつけてやっと、首すじから肩にかけてのコリや疲れがおおよそとれたありさまである。
一夜明けて今日。
午後に浅草へ足をのばして、落語の着物を買ってきた。地味めにみえるが帯などを工夫すれば映えるかもしれない。
友人にお願いしていた、昨年のコスモス朗読会の動画に字幕をつけていただいた動画をメールで見せていただいた。とてもいい仕上がりの動画になっていて妻と一緒にみて「これはいい!」と手をたたいて喜んだ。どうもありがとうございました!
最初に書いた、今年最初の年頭礼拝であまりにも疲れてしまい、かえってよくなかったせいか、着物を買ったあとに渋谷で観た映画で少しは気分が晴れた。
『天国は本当にある』(原題 Heaven is for Real)
4歳の男の子が人生を変えるような驚異の経験をし、その父である牧師が、息子の経験と発見をともに分かち合おうとする勇気と信念の探求を描いた、ニューヨーク・タイムズのベストセラー本の映画化。2014年4月16日に全米2417スクリーンで公開され、9000万ドルの収益をあげたという。
これも正直に言うと、わたしはありきたりの宗教映画だと思っていた。もちろんクリスチャンだから天国の実在を信じているし、いつかはわたしも死ぬ。死んだあとに天国に行けるものと。けれどそれをテーマにした映画、となると話は別で、生死の境で迷う主人公が死を受け入れるとか再生に向かうとか、美しい幻想的な映像で表現されるとか、どう考えても「ウソくささ」満載であり、「宗教の押しつけ」的なものであるものがほとんどだった。だから今回、わたしも妻と一緒に観るけれど、ハナから期待していなかった。原作本ももちろん読んでいない。読みたいとも思わない。押しつけがましいものは同じクリスチャンでも、だ。
だが、この映画がそういったものと一線を画しているのは、正直にありのままを描いているからだ。フィクションのように天国を美しく描写したり空想をたくましくした天国の世界があるわけでもない。あるのは、現実の、わたしたちと同じ、国こそ異なるけど人間の、生きたありのままを描いていることだ。舞台であるネブラスカ州の小さな町にある教会の牧師、トッド・バーポと妻ソンジャ、ふたりのあいだにいるコルトンとキャシーの姉妹。
言ってはアレかもしれないが、日本の教会の牧師とも異なる、ボランティアで消防署に勤めたりソフトボールを教えたりレスリングを教えたり。地域とつながり、人々に溶け込んでいる。説教壇から偉そうに聖書のみ言葉を語るだけではない。
そして生死の境をさまよったコルトンが天国を見た、と語るのを、トッドは受け止められずに迷い、妻も戸惑い、教会の信徒もまたしかり。説教で天国の話をしたトッドを一時は解任して新しい牧師を探そうともした。
けれど、いろんな葛藤や出来事を通して、トッドが気づいたのは、天国がどこにあるとかどういうところかということではなく、わたしたちはすでに天国の片鱗をみている。「赤ん坊の産声、友の勇気、両親の愛などだ」
わたしは天国の実在うんぬんよりも、愛をもって育てられてきたこと、こうしてろうであるわたしを夫として受け入れてくれた妻がいること、ライフワークとして手話ソングや手話つき朗読や手話落語など、与えられたものを最大に生かす取り組みがあること。いつ終わるかわからないけれど、いつかは必ず終わりが来る。その日に向かって精いっぱい生きていくこと。それで十分ではないだろうか。
結論を言えば、ヘンな奇跡だとかいやしだとか手を上げて祈るだとかなんていらない。いい先生がいるよ、いやしの賜物があるよと言われても、わたしははっきりと断る。いまを精いっぱいひたむきに生きること。それがいつか来る生の終わりから天国につながる道なのだ。
映画は予定調和的な部分、ハッピーエンドで終わった演出があったけれども、わたしが予想したような「ウソくささ」満載、「宗教の押しつけ」的なところはあまり感じられなかった。真正面からありのままに描いた作品であると思う。
2015年12月18日 はたしてどうなるだろう ― 2015/01/01 23:15:18

今日の朝刊に「スター・ウォーズ フォースの覚醒」の全面広告が出ていた。すでにここでも書いたように、日米ともに今年12月18日(金)と公開日が決まっている。
前回記事を書いた直後に、ルーカスフィルムから映画の一部分がネット上で公開され、あっというまにロゴブロックをつかった特撮がでるなどファンは盛り上がっている。10年ぶりの「SW」、しかもマーク・ハミル、キャリー・フィッシャー、ハリソン・フォードの3人がルーク、レイア姫、ハン・ソロそのままで出演するとなるともう期待するほかない。
でも。
ちょっと気になるのは、20世紀フォックスがディズニーの傘下になったこと。
サーチライトに照らされた「20th FOX」のロゴの後の静寂ののち、ファンファーレとともにあのタイトルミュージックと巨大なタイトルで始まるのが「スター・ウォーズ」シリーズの醍醐味といっていい。いやあれがないと、ワクワクしない。
だが配給がウォルト・ディズニー・スタジオになったことで、はたしてどうなるのだろう、というのが不安材料だ。
いずれにしてもまた雑誌や新聞などで大々的に特集が組まれることだろう。
さすがに公開初日に劇場に並ぶことは難しいかもしれないが、できるだけいまからその時を楽しみにしている。
今年もここに信仰、音楽、スポーツ、手話、世相雑感などいろいろ書きつづっていきたい。
みなさまどうかよろしくお願いいたします。
前回記事を書いた直後に、ルーカスフィルムから映画の一部分がネット上で公開され、あっというまにロゴブロックをつかった特撮がでるなどファンは盛り上がっている。10年ぶりの「SW」、しかもマーク・ハミル、キャリー・フィッシャー、ハリソン・フォードの3人がルーク、レイア姫、ハン・ソロそのままで出演するとなるともう期待するほかない。
でも。
ちょっと気になるのは、20世紀フォックスがディズニーの傘下になったこと。
サーチライトに照らされた「20th FOX」のロゴの後の静寂ののち、ファンファーレとともにあのタイトルミュージックと巨大なタイトルで始まるのが「スター・ウォーズ」シリーズの醍醐味といっていい。いやあれがないと、ワクワクしない。
だが配給がウォルト・ディズニー・スタジオになったことで、はたしてどうなるのだろう、というのが不安材料だ。
いずれにしてもまた雑誌や新聞などで大々的に特集が組まれることだろう。
さすがに公開初日に劇場に並ぶことは難しいかもしれないが、できるだけいまからその時を楽しみにしている。
今年もここに信仰、音楽、スポーツ、手話、世相雑感などいろいろ書きつづっていきたい。
みなさまどうかよろしくお願いいたします。
Star Wars: The Force Awakens ― 2014/11/07 22:10:56

https://twitter.com/starwars/status/530404275957293056
2015年12月18日、日米同時公開とすでにアナウンスされている、『スター・ウォーズ/エピソード7』。
今日、正式なタイトル名が決まった、と公式ツィッター上でアナウンスされた。
The Force Awakens
翻訳するなら「フォースの覚醒」とか「フォースの目覚め」となるだろうか。
エピソード6、「ジェダイの帰還」から30年後という設定で、ルーク・スカイウォーカー(マーク・ハミル)、レイア・オーガナ姫(キャリー・フィッシャー)、ハン・ソロ(ハリソン・フォード)の3人が出演するほか、あの2台のドロイド、C-3POとR2-D2ももちろん出るだろう。
すでに撮影関連の写真などがネット上に出ている。
http://matome.naver.jp/odai/2135922969362721801
撮影そのものはもう終了していて、これからCG作業などにとりかかるという話も伝えられている。
ちょっと気になるのは、音楽。
ジョン・ウィリアムズさんだけど1932年2月8日生まれ。ということは2015年は83歳。大丈夫だろうか?
ともあれ、いまからとても楽しみな映画のひとつだ。
2015年12月18日、日米同時公開とすでにアナウンスされている、『スター・ウォーズ/エピソード7』。
今日、正式なタイトル名が決まった、と公式ツィッター上でアナウンスされた。
The Force Awakens
翻訳するなら「フォースの覚醒」とか「フォースの目覚め」となるだろうか。
エピソード6、「ジェダイの帰還」から30年後という設定で、ルーク・スカイウォーカー(マーク・ハミル)、レイア・オーガナ姫(キャリー・フィッシャー)、ハン・ソロ(ハリソン・フォード)の3人が出演するほか、あの2台のドロイド、C-3POとR2-D2ももちろん出るだろう。
すでに撮影関連の写真などがネット上に出ている。
http://matome.naver.jp/odai/2135922969362721801
撮影そのものはもう終了していて、これからCG作業などにとりかかるという話も伝えられている。
ちょっと気になるのは、音楽。
ジョン・ウィリアムズさんだけど1932年2月8日生まれ。ということは2015年は83歳。大丈夫だろうか?
ともあれ、いまからとても楽しみな映画のひとつだ。
『ぼくがジョンと呼ばれるまで』 ― 2014/04/18 21:40:23

『ぼくがジョンと呼ばれるまで』
http://www.bokujohn.jp/
珍しくぼくからではなく、妻からリクエストされて妻と一緒に観てきた映画だ。
平均年齢が80歳以上の、オハイオ州にある高齢者介護施設。
そこには認知症を患った高齢者がいる。ジョンという職員がケアをしているが「ぼくの名はなんというか知っている?」と声をかけてもほとんどが「知らない」と答える。
ところがあるゲームを含んだ療法を行ってから、認知症が軽くなったり、なかには他の入所者の世話をしたり昔やっていた編み物を始めたりと改善した入所者が多くなったという。
その療法とは。
「脳トレ」ブームの立役者である東北大学・川島隆太教授と、公文教育研究会、介護現場の協力によって生まれた認知症改善プログラム「学習療法」のこと。認知機能が衰えはじめた高齢者とスタッフが、対面でコミュニケーションを取りながら、簡単な「読み」「書き」「計算」を行うもので、現在、日本国内で1万人以上が実践しています(上記ウェブサイトから)。
薬でもカウンセリングでもなく、改善プログラムだけでコミュニケーションを図りながら、というこのプログラム。
けさ見たNHKニュースでは「認知症による行方不明者が年1万人、なかには行方不明後、遺体で発見されるという痛ましいケースもある」という報道があった。
はたして自分とは無縁でいられる問題だろうか。
答えが出ない問題だが、しかし現実をみつめていくことから将来の自分と向き合うことでもある。
DVDになったらまた観たい作品である。
http://www.bokujohn.jp/
珍しくぼくからではなく、妻からリクエストされて妻と一緒に観てきた映画だ。
平均年齢が80歳以上の、オハイオ州にある高齢者介護施設。
そこには認知症を患った高齢者がいる。ジョンという職員がケアをしているが「ぼくの名はなんというか知っている?」と声をかけてもほとんどが「知らない」と答える。
ところがあるゲームを含んだ療法を行ってから、認知症が軽くなったり、なかには他の入所者の世話をしたり昔やっていた編み物を始めたりと改善した入所者が多くなったという。
その療法とは。
「脳トレ」ブームの立役者である東北大学・川島隆太教授と、公文教育研究会、介護現場の協力によって生まれた認知症改善プログラム「学習療法」のこと。認知機能が衰えはじめた高齢者とスタッフが、対面でコミュニケーションを取りながら、簡単な「読み」「書き」「計算」を行うもので、現在、日本国内で1万人以上が実践しています(上記ウェブサイトから)。
薬でもカウンセリングでもなく、改善プログラムだけでコミュニケーションを図りながら、というこのプログラム。
けさ見たNHKニュースでは「認知症による行方不明者が年1万人、なかには行方不明後、遺体で発見されるという痛ましいケースもある」という報道があった。
はたして自分とは無縁でいられる問題だろうか。
答えが出ない問題だが、しかし現実をみつめていくことから将来の自分と向き合うことでもある。
DVDになったらまた観たい作品である。
『42 THE TRUE STORY OF AN AMERICAN LEGEND』 ― 2013/11/20 23:51:23

今年に入って、映画を妻と観る機会をつくって何作か観た。
そのなかでも「最高にいい!」といえる作品のひとつ『42 世界を変えた男』(原題『42 THE TRUE STORY OF AN AMERICAN LEGEND』)。
ここ数年はアメリカに旅行に行くとき、NFLを観る目的が多いが、NOMO(野茂英雄、元ロサンゼルス・ドジャース他)を観に、MLBも何度も観たことがある。
現地でいろいろ聞いた限りでは、MLBではかつてほど人種差別はなくなった、ということだった。
そのきっかけはこの映画で語られている通り、ドジャースで野茂の大先輩にあたるジャッキー・ロビンソン抜きには語れない。
いろいろ書きたいことがあるのだが、映画を観て、まさにアメリカがどれほど野球を愛しているか、つくづく実感させられた。
1950年代、60年代。いまとは材質も素材もデザインも違い、着ている選手にとってはたいへんだっただろう、ウール製ユニホーム。そしてその当時のユニホームとまったく同じ色、デザインを再現させた、映画製作の衣装チーム。
まったく、アメリカ映画の奥深さを感じさせる映画だ。
そのなかでも「最高にいい!」といえる作品のひとつ『42 世界を変えた男』(原題『42 THE TRUE STORY OF AN AMERICAN LEGEND』)。
ここ数年はアメリカに旅行に行くとき、NFLを観る目的が多いが、NOMO(野茂英雄、元ロサンゼルス・ドジャース他)を観に、MLBも何度も観たことがある。
現地でいろいろ聞いた限りでは、MLBではかつてほど人種差別はなくなった、ということだった。
そのきっかけはこの映画で語られている通り、ドジャースで野茂の大先輩にあたるジャッキー・ロビンソン抜きには語れない。
いろいろ書きたいことがあるのだが、映画を観て、まさにアメリカがどれほど野球を愛しているか、つくづく実感させられた。
1950年代、60年代。いまとは材質も素材もデザインも違い、着ている選手にとってはたいへんだっただろう、ウール製ユニホーム。そしてその当時のユニホームとまったく同じ色、デザインを再現させた、映画製作の衣装チーム。
まったく、アメリカ映画の奥深さを感じさせる映画だ。
一夜明けて ― 2013/09/29 22:20:57

疲れはないわけではないけれど、舞台に取り組んだという集中力と充実感のせいか、そんなには感じない。
初夏に購入したチケットのうち、最後に残っていた、映画「マン・オブ・スティール」を、妻とともに有楽町で観た。
映画化されたスーパーマンの最新作だが、妻と話し合って、クリストファー・リーブ主演の作品などこれまでに公開されたものを知らないファンでも楽しめるとはいえ、うーん。なんだかなぁという印象が残った。
まずCGの多さ。
「スター・ウォーズ」最後の3部作から急速に技術が進歩してきたCG映像は、たしかにスピード感あふれる映像をみせてくれる。けれど、たとえばスーパーマンが空中で戦う戦闘場面、投げられたり飛ばされたりするアクションシーンは、すごいと言えばすごいの一言だけど、ゲーム画像のそれと同一の、誤解を恐れずに言ってしまうとゲームの動きと同じように、単純一本調子なのだ。まっすぐ飛ばされる、落ちてくる、ビルの中を突き進んでいく。そんなに単純な動きなのだろうか?
メトロポリスを舞台にしている、ゾッド将軍とスーパーマンの格闘アクションシーン。
スーパーマン(故クリストファー・リーブ)とゾッド将軍(テレンス・スタンプ)らが摩天楼を舞台に戦った場面(「スーパーマンⅡ」、1981)はすごい演出だったが、今回のそれはCGもまじえて、まさにメトロポリス全土が廃墟になったかのような破壊を描いていた。
けれど、いくつものビルが倒壊し、がれきの山になっていく場面。わたしは同時多発テロ、9・11を思い出さずにはいられなかった。まだ生々しいWTCビルの倒壊場面は、アメリカ人にとって脳裏から消えないはずだが、どう思ったのだろう。
さらには宇宙から宇宙船が火花をひいて墜落してくる場面。スペースシャトル・エンデバーの空中分解を思い出した。
補聴器が耳に合わず、まったく音が聴こえないまま映像を楽しむしかなかったのがちょっと残念。
ともあれ、この作品にも続編をつくるといううわさがあるようで、今後の成り行きがとても楽しみだ。
初夏に購入したチケットのうち、最後に残っていた、映画「マン・オブ・スティール」を、妻とともに有楽町で観た。
映画化されたスーパーマンの最新作だが、妻と話し合って、クリストファー・リーブ主演の作品などこれまでに公開されたものを知らないファンでも楽しめるとはいえ、うーん。なんだかなぁという印象が残った。
まずCGの多さ。
「スター・ウォーズ」最後の3部作から急速に技術が進歩してきたCG映像は、たしかにスピード感あふれる映像をみせてくれる。けれど、たとえばスーパーマンが空中で戦う戦闘場面、投げられたり飛ばされたりするアクションシーンは、すごいと言えばすごいの一言だけど、ゲーム画像のそれと同一の、誤解を恐れずに言ってしまうとゲームの動きと同じように、単純一本調子なのだ。まっすぐ飛ばされる、落ちてくる、ビルの中を突き進んでいく。そんなに単純な動きなのだろうか?
メトロポリスを舞台にしている、ゾッド将軍とスーパーマンの格闘アクションシーン。
スーパーマン(故クリストファー・リーブ)とゾッド将軍(テレンス・スタンプ)らが摩天楼を舞台に戦った場面(「スーパーマンⅡ」、1981)はすごい演出だったが、今回のそれはCGもまじえて、まさにメトロポリス全土が廃墟になったかのような破壊を描いていた。
けれど、いくつものビルが倒壊し、がれきの山になっていく場面。わたしは同時多発テロ、9・11を思い出さずにはいられなかった。まだ生々しいWTCビルの倒壊場面は、アメリカ人にとって脳裏から消えないはずだが、どう思ったのだろう。
さらには宇宙から宇宙船が火花をひいて墜落してくる場面。スペースシャトル・エンデバーの空中分解を思い出した。
補聴器が耳に合わず、まったく音が聴こえないまま映像を楽しむしかなかったのがちょっと残念。
ともあれ、この作品にも続編をつくるといううわさがあるようで、今後の成り行きがとても楽しみだ。
映画「31年目の夫婦げんか」を見て ― 2013/08/04 23:11:26

「31年目の夫婦げんか」
ハリウッド映画の実力派俳優達の渋い演技で、夫婦の破局と危機をどう乗り越えていくかがテーマである。
まだ結婚生活3ヶ月目の私とは、30年のベテラン結婚生活は、程遠く感じる。カウンセリングの世界が、身近に存在するアメリカならではの舞台である。
夫婦の倦怠期や月日により、色あせていくお互いへの関心度や、冷めた愛情が、リアルに描かれているのが、見ごたえがあって素晴らしい。日本でも、このような状況のカップルは沢山いるのだろうが、他人に夫婦の事を相談するのは、日本では馴染みがない。
相談できずに、独りで悩みをかかえ、離婚という結果を出す人が多いようだ。
その点、アメリカはオープンに家庭の事情や夫婦関係を、カウンセラーに相談する。
きっと、そういう風に硬直した関係に、新しい風が吹くと、お互いを見直したり、自分の事を客観的に見られるのかもしれない。
それで、夫婦関係が再生するなら、日本にもそういう制度や、機会が増えればいいなって思う。
ハリウッド映画の実力派俳優達の渋い演技で、夫婦の破局と危機をどう乗り越えていくかがテーマである。
まだ結婚生活3ヶ月目の私とは、30年のベテラン結婚生活は、程遠く感じる。カウンセリングの世界が、身近に存在するアメリカならではの舞台である。
夫婦の倦怠期や月日により、色あせていくお互いへの関心度や、冷めた愛情が、リアルに描かれているのが、見ごたえがあって素晴らしい。日本でも、このような状況のカップルは沢山いるのだろうが、他人に夫婦の事を相談するのは、日本では馴染みがない。
相談できずに、独りで悩みをかかえ、離婚という結果を出す人が多いようだ。
その点、アメリカはオープンに家庭の事情や夫婦関係を、カウンセラーに相談する。
きっと、そういう風に硬直した関係に、新しい風が吹くと、お互いを見直したり、自分の事を客観的に見られるのかもしれない。
それで、夫婦関係が再生するなら、日本にもそういう制度や、機会が増えればいいなって思う。
妻の思いに気づかない夫、思いを伝えられずに苦しんでいる妻 ― 2013/08/04 22:50:06

結婚して2カ月が過ぎた。まだまだ夫婦としてはひよっこというか駆け出し同然なのだが――今日、ふたりで今年映画2本目、「31年目の夫婦げんか」を観てきた。
メリル・ストリープ、日本でテレビコマーシャルにも出演しているトミー・リー・ジョーンズ……ともにアカデミー賞受賞歴もあるベテラン俳優ふたりがダブル主演キャストで、すきま風ができた長年連れ添った夫婦、もう一度やり直したいという妻とそれに反してかたくなな態度をとる夫を演じた。
250席近い客席の70%は、結婚したばかりか恋人か、また映画同様に熟年夫婦とおぼしき人たちが多かった。単身で観に来た男性もいたが、どんな思いを感じたのだろう。
オープニング冒頭シーンでストリープ演じるケイが水色の下着姿でアーノルド(トミー・リー・ジョーンズ)にセックスをせがむ場面。女性としてはかなり勇気がいる心境だろうし、演じるストリープも同様だろう。老いたからだをさらすのはもちろんのこと、ベッドシーンを演じるのはへたするといやらしさと醜悪なだけでしかない。けれどセックスが主題ではなく、夫婦の絆を取り戻すというのが主題だから、老いた夫婦のセックスシーンはけっしていやらしくはない。
トミー・リー・ジョーンズも、ガンコでかたくなな夫をリアルに演じている。これだけしてやったのだからもういいだろう、と上から目線でケイに言うあたり、なるほどとおもわず納得してしまった。そしてセックスシーンで妻をみた瞬間、性欲が衰えてしまうというのも。
繰り返すけど、あくまでもこれは夫婦のきずなが主題だ。
日本でもおそらく、熟年夫婦だけではなく結婚して数年目の夫婦にも、ケイ、アーノルド夫婦と同じようにすれちがいやすきま風がおきているのではないだろうか。
劇中同様にセックスを入り口にセラピーをするのはたぶん日本でなら気恥ずかしさとためらいが強いだろうからそのまま導入することはできないかもしれない。しかし、妻の思いに気づかない夫、思いを伝えられずに苦しんでいる妻。カウンセリングを通してカウンセラー、バーナード・フェルド医師(スティーヴ・カレル)の前で口論をはじめてしまった。
そこからどう立ち直ったかは、映画を見てのお楽しみである。
恥ずかしいことに、映画を見た帰り、けんかをしてしまった。
暑い一日だったのでアイスクリームを買ったら「いらない」と妻から厳しく怒られた。怒りはしばらく収まらず、謝ったのち、部屋を掃除したり家事を手伝ったり、機嫌取りではなく、誠意を尽くしてやっとゆるしてもらえた。
買い求めた映画パンフレットには、夫婦・家族コンサルタントの池内ひろ美さんの「夫婦げんかのすすめ」というコラムがあった。
わたしたち夫婦は、どうだろう。31年後といえば80歳が目前だ。そのころ、きちんと思いを言い合えるだろうか。すきま風が吹いていないだろうか。
メリル・ストリープ、日本でテレビコマーシャルにも出演しているトミー・リー・ジョーンズ……ともにアカデミー賞受賞歴もあるベテラン俳優ふたりがダブル主演キャストで、すきま風ができた長年連れ添った夫婦、もう一度やり直したいという妻とそれに反してかたくなな態度をとる夫を演じた。
250席近い客席の70%は、結婚したばかりか恋人か、また映画同様に熟年夫婦とおぼしき人たちが多かった。単身で観に来た男性もいたが、どんな思いを感じたのだろう。
オープニング冒頭シーンでストリープ演じるケイが水色の下着姿でアーノルド(トミー・リー・ジョーンズ)にセックスをせがむ場面。女性としてはかなり勇気がいる心境だろうし、演じるストリープも同様だろう。老いたからだをさらすのはもちろんのこと、ベッドシーンを演じるのはへたするといやらしさと醜悪なだけでしかない。けれどセックスが主題ではなく、夫婦の絆を取り戻すというのが主題だから、老いた夫婦のセックスシーンはけっしていやらしくはない。
トミー・リー・ジョーンズも、ガンコでかたくなな夫をリアルに演じている。これだけしてやったのだからもういいだろう、と上から目線でケイに言うあたり、なるほどとおもわず納得してしまった。そしてセックスシーンで妻をみた瞬間、性欲が衰えてしまうというのも。
繰り返すけど、あくまでもこれは夫婦のきずなが主題だ。
日本でもおそらく、熟年夫婦だけではなく結婚して数年目の夫婦にも、ケイ、アーノルド夫婦と同じようにすれちがいやすきま風がおきているのではないだろうか。
劇中同様にセックスを入り口にセラピーをするのはたぶん日本でなら気恥ずかしさとためらいが強いだろうからそのまま導入することはできないかもしれない。しかし、妻の思いに気づかない夫、思いを伝えられずに苦しんでいる妻。カウンセリングを通してカウンセラー、バーナード・フェルド医師(スティーヴ・カレル)の前で口論をはじめてしまった。
そこからどう立ち直ったかは、映画を見てのお楽しみである。
恥ずかしいことに、映画を見た帰り、けんかをしてしまった。
暑い一日だったのでアイスクリームを買ったら「いらない」と妻から厳しく怒られた。怒りはしばらく収まらず、謝ったのち、部屋を掃除したり家事を手伝ったり、機嫌取りではなく、誠意を尽くしてやっとゆるしてもらえた。
買い求めた映画パンフレットには、夫婦・家族コンサルタントの池内ひろ美さんの「夫婦げんかのすすめ」というコラムがあった。
わたしたち夫婦は、どうだろう。31年後といえば80歳が目前だ。そのころ、きちんと思いを言い合えるだろうか。すきま風が吹いていないだろうか。
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