周りを見ること2022/08/14 23:29:52

ギターを学んで今年で10年目になりますが、舞台に上がるのは2回目。
その、わたしが住む葛飾区四つ木ミュージックスクールグループの合同Summer Concert2022が、同区青砥にあるテクノプラザかつしかでひらかれました。なんと、今回はYouTubeで配信もあり、わたしの知人友人に、QRコードを送ってお知らせしました。

以前にも書きましたが、今年の通年課題は今年で結成50年になるフォークグループ海援隊。
『贈る言葉』『母に捧げるバラード』などが知られている曲ですが、今回わたしは、海援隊の1982年解散コンサートin日本武道館で演奏した『誰もいないからそこを歩く』を、ギター講師のサポートを得て演奏しました。サポートしてくださった講師先生に、この場を借りて感謝とお礼を申し上げます。
もともとは1980年12月にリリースの10枚目のアルバムに収められている曲ですが、今回、解散コンサートと同時に発売されたアルバムバージョンのほうを演奏したかったのは、初めのアルバムにはない、3番目の歌詞と間奏エンディングがあったからです。けれど合同コンサートは時間制約があるため、フル演奏はできず、泣く泣く曲をカットしたり演奏を変えたりしてみましたが、お客さんも手を鳴らしたりからだを動かしたりしてリズムをとってくださいました。
高校時代の弁論大会のときから自然にからだにしみついているのが、下を向かない、手前から奥にいるお客さん、隅から隅まで見ること。これはある意味、演奏テクニック以上にとても大事なことだと思っています。周りを見ることで聴衆もこちらに目を向けてくださるし、つたない演奏であっても聴いてくださる。こちらが伝えようという気持ちでいること、言い換えればお客さんを見ていなかったら、お客さんとステージの間に交流が生まれない。キャッチボールにならない。人前に立つ、話したり演奏したりするということは見られることでありお客さんを見ること。それを恥ずかしがるのではなく、楽しむとともに自分をさらけ出すこと。舞台は演じる側のすべてが如実に表れるからだ。下を向いていてはどんなに弁舌が巧みであったりすばらしい技量であったとしても、お客さんは見ない。見てくれません。
今回、ギター講師と一緒に演奏したのですが、もっともっと演奏したい、レパートリーを増やしたいな、ろう者であるわたしは歌えませんが、歌える人と一緒に組んでみたいなという夢がさらにふくらんできました。そのためにはもっともっと練習しなくてはならないし、技量も高めなくては。
今回はカットした部分を加えて『誰もいないからそこを歩く』をやってみたいなとも思います。
1曲だけであったけれど充実したステージでした。聞こえないわたしに、いろいろ教えてくださり、演奏ではサポートしてくださった講師先生に感謝を申し上げますとともに、次回を楽しみに、さらなる練習に励みます。

講習会が終わった2022/06/02 21:22:30

講習会修了証
昨年3月に選考試験に合格して、5月から始まるはずだった、東京都福祉保健局が東京手話通訳等派遣センターに委託事業としてひらかれた、東京都手話通訳等養成講習会手話指導者養成クラスが、昨日ようやく終わった。

コロナの影響が続き、8月まで講習会は延期。ようやく8月から始まった講習会も一時オンラインになるなど先が危ぶまれたけれど、昨日の講習会をもって終了。修了証をいただくことができた。

国家資格でも柔道や剣道のような免状でもないが、一応は地域の手話サークルや会社の講習会などで教えたり講師の助手として活動できる。
でも、これで手話の学びが終わったわけではない。
むしろ教える側になったということは一生学び続けなくてはならないことを意味している。

もっと学びたいと思いを新たにした、講習会だった。

誰とも話をすることも手話で話をすることもない2020/09/03 21:51:17

新型コロナによる在宅勤務、テレワーク生活がもう5カ月目に入った。
今日は久々にごはんと豚肉ひき肉の辛味、そしてサラダとお茶。
好きなカナディアンフットボールチームのマグカップをそばに、とても充実したランチタイム。でも誰とも話をすることも手話で話をすることもないというのは苦痛と言わずしてなんというべきだろう。
Working from home and teleworking with the COVID-19 infection is now in its fifth month.
It's been a while since I had rice, spicy ground pork, salad and tea.
A very fulfilling lunchtime with a mug from your favorite Canadian football team. But without talking to anyone or sign language, it would be painless to say.

楽しさとやりがいを強く感じる2020/07/18 19:56:15

昨年9月の「コスモス朗読会」からまもなく1年。
「いまごろは五輪でわいているころだろう」と1年後を想像したものだけれど、まさか新型コロナで世界中が混乱の中に置かれるとは、とても夢にも思っていなかった。
2020年の「コスモス朗読会」は中止したけれど、やはりわたしは声と手話で表現したいという思いが消えない。舞台がなくなってもみなさんとともに学びたいと、今年も夏期講座を受講することにした。

昨日在宅勤務について書いたが、体力の低下が著しく、正直に言うと気持ちとからだがついていかない。気持ちはあるのだがからだは正直なもので、ひざが痛かったり足が棒のような感覚だったりと、なんとか気力でもった。
教室は講師の席と受講生の席がビニールカーテンで区切られ、受講生もフェースシールドで顔面を覆い、受講生の席はソーシャルディスタンスを保つために前の席は右、後ろの席は左と、間隔をあけ、距離を保つ工夫などウイルス感染を防ぐ対策をとった。しかし対面指導ができないのはともかく受講生の顔が見えないのは受講生にとってもきつい。
次回は従来通りテーブルを囲む形になるだろうか。

ともあれ、1年ぶりにみなさんとお会いでき、近況報告も交えて朗読のご指導をいただけて充実したひとときだった。発声練習、テキストを読む、と続けていって楽しさとやりがいを強く感じる。
もしこのまま東京が巨大地震に見舞われたとき、避難所に移動するとなると、ものすごいストレスと体力低下が生じるだろう。
在宅勤務もそうだが、人と接するのがいちばんのストレス対策かもしれない。あとはいかにして体力低下を防ぐか。大きな課題だ。

こういう出会いはとてもうれしい2020/07/17 22:33:28

黄色いヘルメット
4月から、出勤ではなく在宅勤務で仕事をする日が続いている。……理由はいうまでもなく、新型コロナの広がりのためだ。
以前から在宅勤務については関心があったけれどいざやるとなると、しかも長期にわたると、心身に悪影響が出る。自宅で仕事をするのは上司や同僚の目を気にしなくていい、ということは会話がない状況を強いられることもある。そして誰とも会わないだけでなく一歩も外に出ないこともある。さらには自宅での仕事ゆえに、プライベートとオフィシャルの部分が重なりあいまいになり、長時間労働を招きやすいということもある。もし仮に自宅での仕事の最中に病気なりけがを負ったりしたとしよう。それは労働災害として認められるのかどうか。

昨年から右うでとひじに強い痛みを感じ、いくつかの病院でCTスキャンやレントゲンなどの検査を受けた末、頸椎症と腰椎症の2つと診断された。
在宅勤務が始まってまもなく、自宅から自転車で10分ほどのところにある整形外科クリニックでマッサージ療法を受けることになった。
そのマッサージを終えて腕とひじの痛みを抑える薬を処方してもらい、自転車に乗るときいつも欠かさず使っている黄色いヘルメットをかぶって隣接する薬局に行ったときのこと。
わたしが気づかずに杖をもった女性と軽くぶつかってしまった。
「すみません」と手話で謝った直後、その女性がわたしにこう話してきた。
「わたしの娘もいま手話を学んでいる最中です」

こういうことがあると、在宅勤務やマッサージの痛み疲れが一瞬のうちに吹き飛ぶだけでなく、手話で会話をしたことでうれしさが倍増する。
マッサージ療法で通訳のためにきてくださった手話通訳士とともに、梅雨のうっとうしさ、新型コロナのさまざまな苦痛苦しみが軽くなったような気がした、ひとときであった。

フェースシールドと透明マスク2020/05/27 00:06:21

ちょっと見にくいかもしれませんが、今日から以前自作したフェースシールドと、透明なマスクを併用して外出時につけることにしました。フェースシールドは硬いプラスチック製のため、折り目がつくとやっかいです。加えて上にあげて固定できない(たとえが古臭いけど、『ウルトラセブン』のウルトラ警備隊員がつけているヘルメットのバイザーをイメージしてみてください)ので、シールドを上げて手話ができないという不便な部分もあります。上にあげて固定してまた下ろせるような留め具がないかなあと。透明なマスクは軟派カードケースを使いました。これも口まわりが曇ってしまうのが難点だけど、こちらは折りたたんで携帯できます。
透明マスクは特定非営利法人information Gap bastarインフォメーションギャップバスターのサイトの記事からつくってみました。https://www.infogapbuster.org/

公開を許可してくださいましたインフォメーションギャップバスターの伊藤芳浩さまにこの場を借りてこころから深く感謝とお礼を申し上げます。

とても幸せなこと。2019/11/08 21:31:51

昨日、ギターのレッスンを受けているプロギタリストに、来月17日(火曜日)にひらかれる、フェスティバル(どなたでもいらしてください。入場無料です!)をご紹介し、あわせて演奏する「The Rose」(Bette Midler)をチェックしていただいた。
何度も何度も厳しく教えていただいた曲だ。自分の欠点や注意すべきポイントを再確認し、プロギタリストからは「あわてなければ大丈夫」との言葉をいただいた。とても勇気づけられたレッスンだった。
自分でもそれなりに前回よりはよい演奏ができるのではないかと思う。それは、手話通訳士が同席していたことでコミュニケーションがとてもスムーズにすすんだこともあるかもしれない。
前回のフェスティバルで初めて使った電子メトロノームを持ち込みたいと思っているが、テンポは「♪=60」がちょうどいいということと、合わせるためにメトロノームのテンポをイヤホンで聞いてつかんでもらった方がいい、5メートルほどの延長コードをつないで使ってみては、とのアドバイスもいただいた。工夫してやってみたい。

よくよく考えてみると聴覚障害者にとってギターという楽器は難しい。右利きの場合、右手で弦を弾き、左手でコードを押さえ、なおかつ聞こえない耳で音を聞き分けなくてはならない。正確に音が出ているか、雑多な音が聞こえてしまう補聴器では音の判別も難しいのにだ。
  
今日、出勤を遅らせて、心臓弁膜症の薬をもらってきた。
往復の通勤中や仕事の合間に心臓が動悸をおこしたりめまいを感じたり腹痛を感じたりしている。週明けにはがんのCT検査も予定している。
そういうからだであるということは、がんの摘出手術を受ける前よりさらに、いまという時間を大切に生きていかなくてはという思いを強くさせる。誰でもいずれは死を迎えるとはいえ、ろう者で心臓弁膜症とがんの病気をもっていることをネガティブではなくポジティブにとらえて、日々をしっかり生きていこう。
手話と音声で同時に語る朗読もそうだけど、チャレンジできる、チャレンジしたいものがあるということはとても幸せなことだ。その幸せをムダにしてしまうのはもったいないだけでなく、こんな幸せを与えて下さった神さまに,「ごめんなさい、」というだけでは足りないことだと思う。

Yesterday, a guitarist will be introduced to the festival (Tuesday) on the 17th of next month (Tuesday). "(Bette Midler) was checked.
”It was a song that was taught strictly over and over again. I reconfirmed my faults and points to watch out for, and I was told by a professional guitarist, "If you don't panic, it's ok." It was a very encouraging lesson.
I think I can play better than before. It may be that the sign language interpreter was present and the communication proceeded very smoothly.
I'd like to bring in the electronic metronome that I used for the first time at the last festival, but the tempo "♪ = 60" is just right, and in order to match it, you should listen to the metronome tempo with earphones and grab it He also gave us advice to try using a 5 meter extension cord. I want to try it out.
If you think carefully, it is difficult for the hearing impaired to use a guitar as a musical instrument. If you are right-handed, you must play the strings with your right hand, hold the chord with your left hand, and hear the sound with your inaudible ear. It is difficult to distinguish sounds with hearing aids that are producing accurate sounds or hearing miscellaneous sounds.
Today, I have been late for work and have received medication for heart valve disease.
My heart palpitates, feels dizzy, or feels abdominal pain during a round-trip commute or between work. A CT scan for cancer is scheduled for the beginning of the week.
That's why it strengthens the feeling that we need to live more preciously than before undergoing surgery to remove cancer. Although everyone will eventually die, let's live well every day by catching deaf people who have heart valve disease and cancer disease as positive instead of negative.
Talking with sign language and voice at the same, but I am very happy that there are things that I can challenge and want to challenge. Not only is it wasteful to waste that happiness, but I think that it is not enough to just say "I'm sorry" to the god who has given such happiness.Like reading aloud with sign language and voice at the same time, it is very happy that there is something that you can challenge and want to challenge. Not only is it wasteful to waste that happiness, but I think that it is not enough to just say "I'm sorry" to the god who gave such happiness.

便利さのいっぽうで2019/09/29 22:53:24

イヤホンをつけたまま改札口に「言葉で伝えて」と駅員が苦言
https://otakei.otakuma.net/archives/2019092902.html

まずはこの記事をお読みいただきたいのだが、結論を言うとわたしはこの記事にこころから賛同を覚える。
イヤホンを外さずに無言のまま駅員だけではない、接客業の人たちと向き合うのは人として失礼だという意識がないのだろうか。
接客業に従事している人たちはカスタマーハラスメントやクレーマーと向き合わなくてはならない。「クレーム自体はサービスの提供や商品の販売などで行き届いていなかった部分を気付かせてくれるきっかけ」であり大いに歓迎すべきことだけれども、良質な、お互いを認め合い高めていこうというクレーマーと、悪質な自分勝手なクレーマーは区別されるべきだ。

ここに補聴器の写真を添えたのは、理由がある。
わたしは直面したり経験したりしたことがないが、補聴器を知らなかったのかイヤホンや音楽を聴くツールと混同したのか、補聴器をつけていることを「人の話を聞かないやつだ」と誤解したりする人がいるそうだ。
来年補聴器を更新予定のわたしは、あえて左右の補聴器を好きなアメリカンフットボールチームのヘルメットと同じ色にして、目立たせている。左右で色を分けていることで、補聴器だと気づいてほしいという意図もある。
ところが、補聴器に限らず聴覚保護具をつけている人や、音に敏感な人たちを、イヤホンをつけたまま無言で人と接する人たちと誤解混同してしまうおそれもある。

社団法人 日本保安用品協会のウェブサイトから
http://jsaa.or.jp/%E8%81%B4%E8%A6%9A%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E5%85%B7/

どこでも音楽やゲームを楽しめるツールがある。便利なことはとてもいいのだが、無用な誤解どころか弱者が差別や不利益をこうむるのはおかしなことだ。

便利さの半面、わたしたちはなにか大事なことを忘れたり失ったりしていないだろうか。

The station staff complained, "Tell me in words" at the ticket gate with the earphones on
https://otakei.otakuma.net/archives/2019092902.html

First of all, I would like to read this article, but when I say the conclusion, I will agree with this article from the heart.
Isn't there a sense that it is rude as a person to face the people in the hospitality industry, not just the station staff, without removing the earphones?
People engaged in the hospitality industry must face customer harassment and Kramer. “Claim itself is a chance to notice the parts that were not fully delivered due to the provision of services and sales of products” and should be greatly welcomed, but it is a good-quality Kramer who wants to recognize and enhance each other, and malicious Selfish Kramer should be distinguished.

There is a reason why I added a photo of the hearing aid here.
I have never faced or experienced it, but did not know the hearing aid or confused with earphones or music listening tools, or misunderstood that it was wearing a hearing aid, "I don't listen to people" There are people who do.
I am planning to renew the hearing aid next year, and I will make the left and right hearing aids stand out in the same color as my favorite American football team helmet. There is also an intention of wanting you to notice that it is a hearing aid by separating the colors on the left and right.
However, not only hearing aids but also people wearing hearing protectors and people who are sensitive to sound may be misunderstood as people who are silently in contact with people while wearing earphones.

From the website of the Japan Safety Appliances Association
http://jsaa.or.jp/%E8%81%B4%E8%A6%9A%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E5%85%B7/

There are tools to enjoy music and games everywhere. Convenient is very good, but it is strange that the weak suffer from discrimination and disadvantage rather than useless misunderstandings.

On the other hand, have we forgotten or lost something important?

信仰も手話も奥が深いなあ2019/04/06 23:54:56

自宅に、結婚直後に知り合った手話仲間、それも昨年洗礼を受けたクリスチャンを招いて、礼拝で使うという聖書の個所の手話表現について、聖書注解書や聖書をはさんで、いろいろ語り合ったり検討したりした。

ひとつだけ言えるのは、信仰も手話も奥が深いなあということ。文脈や時代背景や聖書理解を抜きに、書かれていることをそのまま手話に直すだけではダメ。下手をすると間違った理解につながってしまうということだった。

こういう学びも大事だし楽しい。

周りにいる人たちのことを想像して思いを巡らしてみませんか?2019/04/05 22:33:37

未来に向かって花開くように…「令和」の手話表現を決定
https://digital.asahi.com/articles/ASM4264R8M42PLZB014.html?iref=comtop_list_nat_n03

新元号「令和」の手話表現について
https://www.newsigns.jp/reiwa

新元号「令和」
https://www.newsigns.jp/

もうひとつ、ネットメディアのwith newsからこんな記事を見つけ、一読してとてもすばらしい記事したのでみなさんにご紹介したく思いました。

新元号の手話かぶりが伝えた感動「30年前、字を見るしかなかった」
https://withnews.jp/article/f0190405003qq000000000000000W08u10101qq000019015A

30年前の「平成」のときは手話通訳も字幕もなく、ただ見ているしかありませんでした。

ちょっと想像してみて下さい。テレビの音量ボリュームをオフにする、音量ダイヤルつまみを左に回して全部止める(いまのテレビはそんな機能はないでしょうね。オジサンの体験ですみません)。番組内容や出演者やアナウンサーの言っていることがわかりますか?

「普通の人と同じように、リアルタイムで情報に触れたい」
わたしも同じ思いで30年、職場でもプライベートでもリアルタイムで情報を得られず悔しかったり孤独だったりした思いを味わってきました。

ジョン・レノンの『イマジン』の歌詞を思い出します。

一人じゃなくてみんなが、少しだけ想像してみる、隣にいる人のこと、聞こえない人見えない人、車いすの人。病気の人。それらの人たちのことをちょっとでも考えてみる社会になれば、ずっと過ごしやすく豊かな多様性、みんなの力が発揮される社会になるだろう。持続可能な社会にもつながります。

ちょっとでいいから、周りにいる人たちのことを想像して思いを巡らしてみませんか?