人生のチャレンジ2019/03/27 23:11:49

ランチは焼肉とポテトサラダ、ノリを使ったおかず入れにトマトを。

社会に出てまもないころ、苦痛だったのが会議。内容がわからない、発言しようと思ったら既にその話題は終わっていた、など苦痛を感じたことは枚挙にいとまがない。

3年前に聴覚障害者とのコミュニケーションを、パソコンや携帯電話を使って行うためのソフトウェア「UDトーク」を使い、文字誤変換などはあるがだいぶ会議上の苦痛が軽減された。それでも長時間スクリーンを見つめるのは疲れる。
一歩思い切って、「UDトーク」で会議の内容をつかみながらこちらが発言する、会の進行役を担当すると、疲労はあまり感じることなくスムーズにすすむ。わたしが司会をすることで集中前向きに会議に参加している実感があるだけでなく、周囲の発言も含めてコントロール把握し、理解できる。

便利なのはまちがいない。
ろう者だからできない、ではなくて、ろう者でもできることがある。
残されたものを最大に生かす、それが人生のチャレンジだ。

気分転換になったかも。でも……2019/03/13 22:43:22

今日は仕事の合間に、図書館に足を伸ばして、資料検索などをして職場へ戻る。
ふだん人との会話がない代わりに気分転換になったかも。

でもやはり手話で会話がしたいなあ。

大きな実を結ぶことを信じている2019/02/14 22:24:13

会社のランチタイムに週1回、毎週木曜日に開いている手話教室。
今月から「DVDつき 今日から始めるやさしい手話」を使って、例文をつくったり参加者に即興でいいから文を作ってもらったりご自身で表現してもらったりしている。一方的にわたしが表すのと、みなさんにも表してもらいそれを読み取るのと、どちらがいいだろう。わたし自身の表現や読み取りのレベルを上げたい思いもあって、今回からこういう取り組みになった。

継続は力なり。
じっくり進めていく、その積み重ねが大きな実を結ぶことを信じている。社内はもちろん、社会のなかで聞こえない人と聞こえる人の輪が結ぶつながることを。

便利な時代になったなあ2019/01/27 23:10:05

会社の手話ランチ勉強会で使うテキストを購入。DVDつきなのでパソコンで観てみた。「DVD付き今日からはじめるやさしい手話」
初心者からベテランまで使えそうなものだが、一方的にやるのではなくて、双方向でわたしが例文をつくる一方、みなさんにもご自分でつくって表してもらうことも考えている。

しかしまあDVDつきなんて便利な時代になったなあ。

なかなかそうもいかないけれど2019/01/22 23:21:27

出勤途中で軽いめまいや胸の痛みがあった。
混雑している車内ではなかなかメール送信したくてもそうもいかないこともある。

こんなとき、先日ここで書いた電話リレーサービスなどがあればよかったかなと思う。

妻から「職場にメールを送りなさい。少々遅れてもいいからからだが大事でしょ」と厳しく怒られたのはいうまでもない。

コミュニケーションは「命綱」2019/01/20 23:06:34

News Up 聴覚障害者の命脅かす実態も “電話の手話通訳”早期普及を|NHK NEWS WEB

https://search.yahoo.co.jp/amp/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20190115/amp/k10011778111000.html%3Fusqp%3Dmq331AQECAEoAQ%253D%253D

昨晩東京で震度3の地震があった。
災害を例にするまでもなく、わたしたち聞こえない障がい者にとってコミュニケーションは「命綱」でもある。
手話がメーンのわたしは職場では、電話を使うことがない。というより電話が聞こえないから、電話がかかってきても同僚にまかせるしかない。

職場だけではなく、家にいるとき、宅配便の再配達を依頼したくてもメールの対応がない、など「電話しか対応していません」ということが多い。
そして災害時。メールやSNSで連絡を取れるけれども返信があるまでタイムラグがある。

もっともっと電話リレーサービスがひろがれば、職場でも電話を使えることになり、仕事の幅が広がる。
ろう者のため、というより社会のため、社会にとても有益なものなのだ。

難聴者サークルの新年会で2019/01/05 21:55:02

中難協手話サークル夜の部の、新年会に参加してきた。
やっぱり高齢化が進んでいる。わたしが最年少でほかはほとんど60代以上。

社会全体がそうなのだからサークルだってそうなっても当然。
いろんなことを考えさせられる。

ま、そういうときもある、と。2018/12/27 23:25:46

明日が今年最後の勤務。

今日は仕事のあとにちょっと早めの忘年会、といっても飲めないわたしは烏龍茶を飲み、からあげなどのおつまみを肴にUDトークでみなさんのおしゃべりを見ているだけ。あまり会話にならなかったなあ。

ま、そういうときもある、と。雰囲気を楽しむという感じで、まして酒の場だからシラフのわたしが真面目な話をすればするほど浮いてしまう。うんうん、とタブレット画面を見ていろんなことを感じたり思いめぐらしたりするだけで十分。

昨日の頭痛はけさ出勤前に温感湿布を貼るなどしてなんとかしのげた。これからが寒さ本番。しっかり体調を整えないとね。

会話ができるととてもうれしい2018/12/22 22:35:39

心臓弁膜症の件で病院へ行く。
3回目になるが、担当医が「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」「動悸」などの手話単語を聞いて下さり、同席した手話通訳士とともに即席のミニ手話教室になった。

こういうかたちで会話ができるととてもうれしい。
病院に行くのは気が重いものだが、手話をきっかけにお互いに理解が広がれば、苦痛も軽くなるというものだ。

うれしかった通院。

ひとくくりにしてまとめて不利に扱われることへの怒り2018/12/15 22:43:29

順天堂大学が医学部入試に際して、「女子の方がコミュニケーション能力が高く、男子を救う必要がある」と、女子に対して不利な扱いをした問題についてこう説明した。
いまもなお「?????」の連続である。

医師は診察で患者と問診をするし、患者がうまく症状や病状を説明できない説明しきれない場合も、過去の症例や学んだことや経験から推察したり検討したりしながら診断を下していく。そこにはある程度高度なコミュニケーション能力が必要だと思うのが当然だろう。
たしかに「communication」と言われても「これが「コミュニケーションだ」と説明するのは簡単ではない。たとえばわたしたち手話でも、表現できれば読み取れればいいというような単純なものではない。表す人の心理や状況、内容によっては受け取り方が違ってくる。そこまで深く考えていく必要がある。

この問題で強く批判されるべきことがあるとしたら、第一に大学側に「差別」という自覚がない、欠落していること。次に女性という集団をひとくくりにしてまとめて不利に扱ったこと。それが差別なんだということに思いが至らない。大学という最高教育機関にしてこうだとしたら、日本社会は差別が根深いともいえる。

わたしたち聴覚障がい者も、千差万別。これをして「聴覚障がい者」といえるものがない。聴力検査や障がい者手帳などである程度聞こえの程度を示すことができるし、感音性難聴や伝音性難聴、混合性難聴などと医学的な分類は可能であっても、聞こえないことという意味では同じであっても一人ひとりで異なる。わたしはやっかいなことに、補聴器を外すとまったく音が聞こえないろう者なのに普通に話せるため、初対面の人ほど「ホントは聞こえているんでしょ」などと言われてトラブルになりやすい。

「女子の方がコミュニケーション能力が高い」というのなら、なおさら医療現場で女性のコミュニケーション能力が生かせるはずだ。男性も、もちろん女性と協力して医療にあたり、診察や検査などで患者の声に聞くことが可能だろう。つまりは順天堂大学の言い分は、言い訳でしかないということだ。女性を活用しようという気持ちはありませんよ、ということをはっきり言わないだけであって。女性を聴覚障がい者と置き換えてみたら、この問題はひとごとではない。

女性をひとくくりにして不利に扱ったという客観的事実、その事実に向き合おうとしない限り、順天堂大学への不信感はぬぐえない。