単純な論理ほどこわいものはない2019/05/30 21:33:48

悲惨な事件が起こるたびに、胸が締め付けられる。
と同時に、ネット内外で「死刑にしろ」などと勇ましい、これで解決するかのような極論が出る。これもまた胸が締め付けられる。

そんな単純な、わかりやすい議論ほど危ういものはない。
無差別殺人事件を起こすのは、「人生がうまくいかずに疎外感や強い被害者意識を感じ、自分の人生を終わりにしよう、周りも道連れにしようと思って」というのが理由だ。
「死刑になってもいいと思っている人に、刑罰を重くしても防ぐことはできない」。社会の側は正義感だったり義憤だったり感情はあるだろうが、刑罰を重くすればいいと考える。犯罪を起こした人を排除すれば解決する。そのほうがわかりやすい。

だがことはそう簡単ではない。

「一般的に、社会で孤立し、居場所を失い、誰も味方がいない中で周囲から追い詰められてしまった結果、事件につながることはある」だろう。絶望することもあるだろう。しかしみんながみんな犯罪を起こすわけではない。
彼らを追い詰めたものはなんなのか。長い目で見ること、つらい苦痛も伴うことだけど、社会が真正面から向き合わない限り、排除の論理だけでことが進んでしまい、ますます追い詰められてしまうだけだ。

わかりやすい、単純な論理ほどこわいものはない。特に社会の側がそういう論理に染まっているはなおさら。