ジャガイモ2017/04/11 23:05:35

小学校のころに遠足なんかで、食べられる量以上、学校で決められた金額以上にお菓子を買い求めて結局、余らせたり残したりしてしまった笑い話もある「おやつ」。
わたしのころは「かっぱえびせん」「キャラメル」そして「ポテトチップス」だった。よく買っては親にムダ買いを怒られたことをいまでも覚えている。

ところが、昨日今日のテレビや新聞紙上などで、その「ポテトチップス」が一部販売中止だと伝えられた。
昨夏に相次いだ、わたしの故郷北海道は帯広市などが産地の、北海道産ジャガイモが不作だった上に、貯蔵してあった在庫が底を尽きつつあるためだそうだ。

きくところによると、ジャガイモにも、お菓子などに向いているものとそうではないものの品種があるそうで、さらにはポテトチップスなどに適しているジャガイモの7割は北海道産だというから、けっこうな量である。ちなみに昨年一年間の北海道産のジャガイモの収穫量は約171万㌧、前年より1割減だという。

さすがに年をとってからのわたしはあまり食べないのだけど、それでも目の前に出されたら手が伸びてしまうこの「ポテトチップス」。
自然の猛威をまざまざと見せつけられた思いとともに、農家のみなさんにとってもジャガイモの生産が早く戻るように、こころから願うばかりである。

すばらしい歌声は永遠に2017/04/12 23:15:16

中難協手話サークルで披露したこともある、『学生時代』などが代表曲の、ペギー葉山さん。
今日、肺炎のため亡くなられたという。83歳だった。

『学生時代』は母の好きな曲の一つで、『川の流れのように』のあとのギター課題曲『THE ROSE』が終わったらやりたい曲のひとつに挙げていた。
いま聴いても、メロディーラインも歌詞もとても優れていて、みんなで口ずさめる。

じっくりしっかり覚えたいから、あわてずあせらずに。
今晩は『川の流れのように』を短い時間で集中して取り組んだ。

歌った人はこの世から去っていくとしても、すばらしい歌声は永遠に残る。

ペギーさん、ありがとうございました!

徐々に近づいてくる「高齢化」2017/04/13 22:31:14

先日、高齢者の定義は「75歳から」というのが話題になったばかり。

70歳は「ほぼ現役」65歳「完全現役」…自民PTが案
http://digital.asahi.com/articles/ASK4F5483K4FUTFK00K.html?iref=comtop_list_nat_n04

たとえばこのあいだ社会に出たばかりの人たちなら「遠い先」だろう。

1965年生まれのわたしから見れば70歳は「遠い先」ではなく、そうだな、ど歩道を歩いていて2つ目3つ目の信号が見えてくる、という感じにたとえらえるだろうか。
徐々に60歳が近づいてくる。そして70歳も意識せざるを得ないだろう。
社会に出たころに描いていたイメージとは異なる、人生設計はもちろん生きていく意味の問い直しも含めて、いまからでも遅くない、しっかり考えていかなくては。
高齢化社会を生きていくとはそういうことでもあるのではないだろうか。

小林麻央さんのブログに励まされる2017/04/14 22:06:03

小林真央ブログ
http://ameblo.jp/maokobayashi0721/

とても励まされとても共感した部分がある。

癌だって、
ステージ1の時点で診断される人も
いれば、
気づいた時にはステージ4の人もいる。

順調に治る人もいれば
余命宣告から奇跡みたいに治る人もいて、

そうでない人もいる。

良い方をみても きりがないし、
悪い方をみても きりがない。

彼女はそう書いて、自分の過ちや積み重ねなどがあるにせよ、なぜ順調に治っていく道ではなかったのか、と問うていた。その、たぶん尽きない問いの繰り返しの末に

いつからか、

私はここまでになる必要があったんだ
と思うようになりました。

そう思えるときの穏やかさは
魂が納得しているのだと感じます。

わたしもステージ2で、いまなお便秘と下痢を繰り返し、たまに激しい腹痛もある。手術からまだ3カ月しかたっていないからかもしれないし、もう3カ月という見方もできる。
なんであれ、わたしもがんを経験して、ここまでになる必要があったのだと思える。がんを経験しなかったらわからなかった気づかなかったことがたくさんある。

がんはきつい試練かもしれないけれど、不幸ではありません。

太陽と晴天の下、ビルに囲まれて2017/04/15 22:51:37

晴天に恵まれた今日、「朗読のレッスン」の前にランチを、新宿超高層ビルに囲まれたベンチでとった。
メニューは、先日の北海道カレーヌードルと、プチトマトにブロッコリーのサラダ、焼き鳥(ネギま)。

太陽と青空の下で食べるランチもいいね。

いろんな充実感満たされた思い2017/04/16 21:58:24

午前中、はーとふるはんどの練習、終わってから福音ルーテル小石川教会での夕礼拝、帰宅してギターの練習。

はーとふるはんどの練習は施設内でやったが、室内の気温が上がって少々きつかったけれども、少ない人数で充実した内容。
小石川教会での夕礼拝は、説教が分かり、思うところもたくさん感じさせられた。洗礼を受けたから終わりでもこころや生き方や姿勢が新たにされるわけでもない。そういう思い込みや極端な方向にひきずられない注意が必要だろう。
ギター練習は朝少しやったけど、帰宅して妻に聴いてもらいながらテンポやコード進行に注意して、妻からは「スムーズにいくようになった」と言われた。

あすからの一週間にも、この一日で得た、いろんな充実感満たされた思いをつなげていけたらと思う。

あきれて言葉がない2017/04/17 22:41:19

山本幸三・地方創生相「学芸員はがん。一掃しないと」 発言に批判相次ぐ
http://www.huffingtonpost.jp/2017/04/16/yamamoto_n_16054370.html?utm_hp_ref=japan


山本地方創生相「いちばんのがんは学芸員」発言 きょう撤回 陳謝
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170417/k10010951011000.html?utm_int=news_contents_news-main_001

山本担当相「がんは学芸員」撤回 不適切と謝罪
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017041701001080.html

学芸員とは。
「博物館法」に基づき、博物館に置かれる専門職員。博物館資料の収集、保管、展示及び調査研究などを担う。
社会教育の一環として博物館の活用があり、歴史・芸術・民俗・産業・自然科学等に関する資料を収集・保管・活用して一般公衆の利用に資するようにし、その事業を担う

学芸員の仕事はとても奥深くて、資料の収集、保管、展示や調査研究のほか、それらで判明した事実や新しい研究成果を一般の人に直接伝える仕事をしている。博物館を訪れた一般の人の前で説明したり質問に答えることもある。

それをわかっていればああいう発言はしないできないはずなんだけど。

もうひとつ、がんに比喩、たとえたこと。
わたしががん患者にならなかったとしてもたぶん怒りを感じたと思うけど、がん患者になってみてさらに怒りが増してきた。
がんという病気がどれほどたいへんな病気かをいう前に、がんという病気を知らない、がんがどういうものか知っていれば喩に用いるのもおかしい。なによりも、人を病気にたとえるという発想に不快感を覚えるのだ。

山本幸三・地方創生相はこの発言を撤回して辞職はしないとも言っているが、わたしははっきり言って撤回では済まないと考える。この人物は当選7回だというが、それほどのキャリアをもっているなら当然、こういう発言をしたことの重みがわかっているはず。
まさに不用意な発言どころか知識もない、知ったかぶりをしているのだ。
こんな人物が安倍内閣にいる、安倍内閣の本質を表している、と思う。

社内健康診断か 人間ドックか2017/04/18 22:34:11

わたしが勤めている会社の社内健康診断の案内が送られてきた。
1年前のこと、10数年ぶりに健康診断ではなく、人間ドックを受診してバリウム検査などで異常が見つかり、その後の再検査などでS状結腸がんとわかった。

今回はどうしようか。
がんが判明したきっかけだったことを思うと、いろんな思いが交錯する。

わたしたちも変わらなくては2017/04/19 23:15:25

先日、わたしたちが注文したある品物が配達された。しかし日中はわたしも妻も仕事のため不在で、「ご不在連絡票」がポストの中に入ったままだった。
帰宅して、妻は渋い顔をしていたけど宅配業者に電話をして再配達をお願いして、夜間再配達指定にはギリギリ間に合う時間帯だったので再配達をしてもらい、ことなきを得ることができた。

独身時代も結婚してからも、わたしも妻も何度も宅配業者のお世話になったことだろう。
聴者である妻はともかく、電話が聞こえないわたしは、再配達をお願いしようにも難しい。業者によっては再配達依頼の依頼電話をかけて音声による指示に従ってプッシュボタンを押すよう指定するところもあり、それがますますやっかいなことだった。メールやファクスで伝えても、返信が来るまでに時間がかかるから、待たされる。

しかしこれはユーザー側、消費者側の理屈事情であって、相手の立場に立って考えてみれば、宅配業者は朝から晩まで配達や集荷などの作業に追われながら業務をこなし、トラックに荷物を載せて何度も配達のために事業所と消費者のあいだを往復しているのだ。それは法律で決められた労働時間をはるかに超えるまでになり、労働過多や過労死を招くまでになっている。宅配業者にも家族がいて生活があって、できれば勤務時間が終わればゆっくり休みたいのだ。それはわたしたちとなんら変わるところがない。

妻と話し合ったのだけど、できるだけ宅配業者の負担を減らすことに協力しよう、再配達を翌日に回さず、その日のうちにお願いしよう、と考えている。これだけ労働問題が起きているいま、わたしたちも知らぬ顔をするわけにはいかない。自分たちの労働問題に目を向けておいて、こうした問題に直面している人たちのことを知らぬ、というのは身勝手なことだろう。

消費者であるわたしたちも、変わらなくてはならないのではないだろうか。便利さゆえに甘えてきた反省とともに。

予定よりやや遅れたけれど2017/04/20 23:52:39

もうちょっと、というところまで進んできた、ギターレッスン。
予定よりやや遅れたけれど、今月末にはいまの課題曲を終えられるかもしれない。
次の課題曲に進むためにも、練習を重ねないと!