優しさをもって2016/06/11 22:32:47

「今の家族、足りないのは優しさ」 石井ふく子ドラマ、新作2本放送
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12405663.html?iref=comtop_fbox_u09

こどものころに観たTBSドラマ「ありがとう」などで知られる「世界最高齢の現役テレビプロデューサー」としても有名な石井ふく子さん。3年先までの舞台の演出やドラマの予定がおありだというのだから、ただただ驚くとともに、わたしもできるなら90歳まで元気でいたいとあらためて思う。

たしかに家族がいて、言いたいことを言ってけんかするというのは貴重なものだな。わたしも妻と言い合い怒鳴り合いをすることもある。結婚4年にもなって、ついわたしも言い返したり怒鳴ったりするようになった。今日カレーライスをつくっていてすなおに「ごめんね」と謝り、妻も「言い過ぎたな」と思うこともある、と同じように謝ってきた。

人間だもの、言いたいことを言って怒りたいときもある。
と同時に、優しさをもって接しかかわり、してやったという目線ではなく、なにかをした、ということだけで十分伝わるような、そういうかかわりが大事なのだろう。

備えをしっかりしておかないと2016/06/12 22:49:13

けさ7時54分と21時08分、それぞれ茨城県南部と熊本県人吉地方で地震があった。けさの茨城県の地震は震度3。22時08分の熊本は震度5。

「次」はいつくるかわからない。
安心できない。安心できないからこそ備えをしっかりしておかないと。あたりまえのことでありながら、これがとても難しいのだけど。

温かな気配りがほしいと思う2016/06/13 22:51:51

街中も公共の空間であるが
しっかし、なんだかねえ。
公共の場、見知らぬ人がたまたま何かの偶然で同じ場と空間をともにするというのは、とても疲れるしストレスもたまる。

けさ出勤途中のひとこま。
妻と一緒に幸い席に座ることができたのだが、あとから乗ってきた若い男性が、ずっとスマホに集中してばかりいる。途中駅で多くのお客さんが降りようとするのだが、そのスマホをもった青年は後ろから降りるお客さんの人波に逆らうように動こうとしない。しびれを切らしたお客さんがあとから降りるのを、迷惑そうににらみつけていた。

わたしもスマホを使っていたこともあるから、スマホに集中していた青年の気持ちはわからないではない。じゃまだと不愉快な思いをしたのかもしれない。だがそれは降りようとするお客さんにとっても同じである。多くのお客さんは、われ先にとまではいわないにしても早く降りたいのだ。そこにスマホをもって立ちふさがっている人がいたら、迷惑だしじゃまだと思うのは当然だ。くだんのそのスマホに熱中している男性が周りの人をにらむのは筋違いお門違いではないだろうか。

スマホ依存という言葉が言われて久しいし、スマホをもって長時間立っていることで猫背になったり肩こりになったりと、けっしてスマホを使うのはからだにいいことばかりではない。
それ以上に、スマホに集中しているために周りに対する配慮や気配りに目がいかず、たとえばゲームや音楽やウェブをみている途中で乗降車するお客さんと遭遇してしまい、せっかくの楽しいときを邪魔されたと感じ思う。
つまりこういうことか。
見知らぬ人たちと同じ空間にいて、スマホで音楽を聴いたりゲームや映像に集中するのは自分の領域を保ちたいという欲求だ。しかし電車やバスの車内に乗降してくる人と接することで、彼らが自分の領域に侵入してくるじゃまな存在だと考えるから、くだんのスマホ青年も迷惑そうににらみつけていたのだ。
けれどもそれを自分勝手な行為だと思うのはおかしなことだろうか。

ほかにもまだまだある。
ヘルプカード、マタニティーマークをつけた女性やご高齢者が乗降してきたときに、だれも目を向けない。スマホに目線を落としてばかりいる。
ドアのそばに立ったまま、背中を向けたりこちら向きであったりしても、かたくなに譲らず、「ここから動かないぞ」と言わんばかりのお客さん。

たしかに電車やバスに限らず、公共の空間というやつはストレスがたまる。
けれどみんなそれを顔に出さないようにがまんしているのだ。
とても疲れるしストレスもたまる、公共空間という場だが、だからこそ、ちょっとのあいだでいいから、スマホやタブレットをやめるとか、周囲に目を向けてみるとか、温かな気配りがほしいと思う。

わたしは敵ではなく、友だちでありたい。2016/06/14 22:10:12

フロリダ州オーランドで起きた、IS(イスラム国)に心酔したとみられる男性が起こした銃乱射事件。

写真は、先日都内で聴導犬を含めた、ドッグフェスティバルがあった東京ビックサイトに行ったときに撮影したもので、ビッグサイト内にムスリム向けの祈祷室があった。欧米だけではなくムスリムのビジネスマン向けに、祈祷室をおいたりクルアーンに定められた、クルアーンにのっとった食事や食糧品などを販売するようにもなってきた。

日本ハラール協会 ハラールとは
http://www.jhalal.com/halal

しかしこういうテロが起きると、ムスリムは危険だ、やっかいだという意見ばかりが大きくなる。
本来はムスリムとは他者に対して寛容な立場だし、他宗教に対しても同様に寛容なものなのだ。

Q. キリスト教とイスラム教とは敵なんですか?
A. ほんとうは姉妹兄弟のような宗教なのです。
http://ichurch.me/gesewa/w_ch&islam-1.html

無知が敵意を生み、敵意が憎悪に変わり、そして実際に相手を殺してもいいという行動に走ってしまう。

なかなか実行できないでいるのだけど、お互いを知る。無知ではなく理解していこうという行動が広がっていけば、小さな波からだんだん広がっていく。
わたしはムスリムの敵ではなく、友だちでありたい。

やってみてよかった2016/06/15 23:56:11

手話サークルで、向かい合って手話を学ぶ。
今日は震災をテーマに、「避難所への案内」「津波警報が出たら」という設定で、ろう者と聴者という役割設定をつくって会話を交わしあった。

たしかに難しい内容だったかもしれない。
一応例文をつくってはみたけれど、実際にろう者を避難所へ誘導するとなると、おちついて手話で伝えられるものかどうか、不安が大きいだろう。それはろう者にとっても同じで、きちんと正確に読み取れるかと言われたらやっぱり難しい。

しかしやらないでいるより、やったほうがよかった。
みなさん、いろいろ工夫して下さり、つたないわたしの手話にもこたえてくださった。

また機会があったらやってみたい。

継続は力 失敗を恐れずに挑戦を。2016/06/16 23:46:09

イチローが今日、日米通算で4257安打を打った。しかしそのイチローも、もしかしたら4257の何倍もの失敗を重ねてきたのかもしれない。

仕事のあとに渋谷へ、演劇コースのご指導を受けに行ってきた。
顔の表情やいろいろ足りないところ工夫すべきところを教えていただいた。
うまくいかない、氣持ちが伝わらない。たくさんのダメ出しをいただいた。

けれど続けていけばいつかはきっと、とも。失敗を恐れずに挑戦を。
イチローがそうだったように。

暑さにからだが追いつかない。2016/06/17 22:18:00

30℃にもなる暑さ。急に気温が上がったから暑熱馴化にからだが追いつかない。
このなかでスポーツをやるというのは、ほんとうはたいへんきついものだ。

あすも今日以上に暑くなると予想されている。
体調維持がこれまでにもまして大事。

差別2016/06/18 21:18:06

浦和、黒人差別投稿者と面談 鹿島・カイオに謝罪の意向
http://digital.asahi.com/articles/ASJ6J7764J6JUTQP02H.html?iref=comtop_list_sci_n01

ネットであろうが実社会であろうが、差別をする人は自分が差別しているという意識を持たない。何げない軽い気持ちでやる人もいれば、悪意で貶めてやろうという人もいる。大事なことは、差別に屈しない強さと、差別に負けない気高い誇りを持って生きること。

さて今日は朗読のレッスンミニ発表会。
群読の形式でやったけど自分が読むタイミングがわからず、少し手間取ってしまった。ソロでやるほうが楽といえば楽だし、周りに迷惑をかけずに済むし。反対にソロで読むのは自分で責任をとるという意味での厳しさもあるし。
どちらがいいというのではなく、わたしはソロの方が合っているなと思うだけのこと。

来月からはいよいよ10月の舞台に向けた、声のご指導が始まる。

久々のギター練習2016/06/19 23:51:37

九州は鹿児島や熊本は大雨だという。あすの東京は気温が高く、突然の落雷や降雨もあるかもしれない。

久々にギター練習をした。来月にあるボランティア演奏のための準備もかねてだけど、ボランティア演奏の曲目にはない「典子は、今」もやった。もっと練習を重ねておきたい。

生かされているということを強く感じる2016/06/20 20:48:13

先週土曜日、AKBの総選挙が終わったばかり。社会現象になるほどとはいえ、さすがに年が離れているだけにファンになるというほどには思い入れがない。もちろんあの年でああいう注目のされ方をするのはたいへんなことであるのは言うまでもない。

おニャン子クラブがあこがれだったのだが、そのメンバーのひとり、新田恵利さんがご病気だったと。
http://ameblo.jp/nittaeri/entry-12172541836.html#cbox

脳動脈瘤が2013年のテレビ出演番組中で見つかったあと、経過を見ていたのが、先週手術を終えて退院されたとか。ネット上でも話題になっているそうだ。

芸能人であるないに関係なく、平等に誰にでもやってくるのは「老い」と「死」である。
以前も書いたように、とくに女優さんの容姿を「劣化」だとか書いている、その思考も書いている人も、自分もいずれは衰えていくことに気づかないか、気づいていてもネットだからとふざけた気持ちで書いているのか。
ともあれわたしは容姿を「劣化」だということに嫌悪を抱くし、そういうことを平気で書いたり言ったりしている人は自分が衰えていくとは思っていないのだろうか。

「メメント・モリ」という言葉がある。「死を思え」という意味だ。
いつかは誰もが死んでいく。中世ヨーロッパはペストやさまざまな死につながる病気が流行して、死が身近な存在であったといってもいい。
高度な医療を受けられる時代であるいまも、死から逃れられることはない。だからこそわたしたちは死を考えながら生を考えていくべきなのだともいえる。

新田さんがブログでこう書いていらっしゃる。

「死」というものとの距離が縮まった時、
そしてその時が過ぎ去った時、
改めて「生かされている」事に感謝です

ほんとうに生かされているということを強く感じる。
いつかはほんとうに死がすぐそこにやってくる。そのときまで、生かされていることを忘れずに生きていきたい。