「1か0か」ではなくて「1も0も」なのだ2016/06/01 23:40:38

みなさんはもしかしたらもうすっかりお忘れかもしれない。
2年前の2014年、ゴーストライター騒動で「現代のベートーベン」から一転「偽りの聴覚障がい者」と言われた佐村河内守氏のことだ。その佐村河内守氏を追いかけたドキュメンタリー映画「FAKE」と、彼ではなく、「ろう者の音楽」を視覚的にドキュメンタリーにした映画「LISTEN」がいま話題になっている。

FAKEで「佐村河内像が一変する」森監督が予言
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1656218.html

映画「LISTEN」
http://www.uplink.co.jp/listen/

もちろんわたしも2年前の騒動当時から、違和感はあった。彼を批判する思いはあった。聴覚障がいへの誤解を招いたという批判だ。
一方で、わたしはどうなのだろう。補聴器を外すとまったく聞こえない。けれど初対面の人が100人中100人といっていいほど、とくに聴者ほど「あなたがろう者だとは思えない。なぜならきれいに話せるから」と言ってくる。
その違和感の当事者であるわたしは、佐村河内氏を本当に批判できるのか。聴こえないという<見えない障害>と<きれいに話せる>ということ、ひいては世の中の障がい者に対する固まったイメージのために苦しんでいるという意味では、わたしもまたある意味佐村河内氏と同じなのではないかと。

「FAKE」を監督した森達也氏は、上の記事でこう語っている。

「聞こえるか聞こえないか、1かゼロか、という二者択一ではなくて、その間もあるということを言っておきたい。聴覚にはグラデーションがあって、彼は感音性難聴なので、全く何も聞こえていないわけではないけど、やっぱりゆがんで聞こえるんですよ。それを『全聾(ぜんろう)の作曲家』から一転して『聞こえないふりしたペテン師』っていうのは、どうかと思いますよ」

わたしもまた、補聴器を外したらまったく聞こえないろう者なのに世間のイメージとは異なるから、なかなか聞こえづらさが理解されにくい。声も大きいからなおさら。

森氏が言っているように、「1か0か」ではなくて「1も0も」なのだ。そのあいだでわたしは理解されにくいのかもしれない。
だからこそろう者の手話を身につけたいし、舞台でも表したいと強く願っている。

もしできたら、聴者もろう者も「FAKE」と「LISTEN」の両方を観ていただけたらと思う。

独学でやって きちんと教わりたい2016/06/02 23:30:51

レッスンはお休みだったけれど、「川の流れのように」を独学でやってみる。
もちろんそれでいいというつもりはない。きちんと人前でやれるように。来週からレッスンで教わることになる。

言葉の重み2016/06/03 23:04:53

一週間前の、オバマ大統領の広島演説。
それは時差があったにもかかわらず全米でも生中継されたという。
しかしそのあとの安倍首相の演説はほとんど彼の地では中継されなかったそうだ。

昨日安倍が「新しい判断」という表現で消費増税を再延期した理由を述べたけど、字幕を介してであっても全然こころに響かなかった。2014年に彼は「再延期はありえない」と断言している。その説明にもほど遠い。
そして東京都知事である舛添の一連の疑惑に対する記者会見での受け答えや、東京都議会での所信表明演説も、誠実さに欠けていて、まったく納得のいかないものだった。

正直にはっきりいう。
わたしは安倍首相も舛添東京都知事も、信頼できないし、信用できない。

オバマ大統領は、自ら演説の言葉を推敲したと伝えられている。アメリカでは大統領の演説でもスピーチライターがいて、ライターが書いたものに手を加えるだけということもあるそうだが、やはり自分の言葉で語ったものに勝る説得力のあるものはない。

彼我の文化なのかもしれないが、言葉の重みというか、自分が発する言葉に責任を持っているかどうか、この一週間の、人の上に立つ立場の言動から考えさせられた。

まさに歴史に残るアスリートであった。2016/06/04 23:41:23

最近はめったに見ることがなくなったプロレス。「ショー」「八百長」という人もいるけれど、わたしはあれだけの屈強なからだのぶつかりあいはそうそう簡単にできるものだとは思えない。仮に筋書きがあったとしてもそれをこなせる、説得力のある見せ方をするには、それなりに厳しく激しいトレーニングがなくてはと思う。

前置きが長くなったが、元プロボクシング世界ヘビー級チャンピオンだったモハメド・アリ氏(ムスリムに改宗前はカシアス・マーセラス・クレイ・ジュニア)が6月3日に亡くなった。74歳でした。

プロレス以上に見ることがなくなった、プロボクシング。亀田兄弟や最近のボクサーのことはまったく知らないし、ヘビー級チャンピオンについてもわからないけれど、ジョージ・フォアマン、モハメド・アリは小学生だったわたしでもわかる、まさに最強のボクサーだったといっていい。

なんといっても異種格闘技、アントニオ猪木との試合は、40年が経った今でも評価が分かれる試合だが、当時としては奇想天外、誰もやらなかったことをやったという意味でも歴史に残るものだった。

アイリッシュの血をひくアフリカ系アメリカ人として差別と向き合い、公民権運動や徴兵拒否などといった社会的な運動を行い、アトランタ五輪ではパーキンソン病をわずらいながら聖火台に聖火を灯した場面は世界に感動を与えた。

もしかすると、プロレスはともかく、ボクシングでアリやフォアマンのような、圧倒的な説得力のある強さを感じさせるボクサーがいないことが、わたしに興味を抱かせないのかもしれない。その意味でアリはまさに歴史に残るアスリートであった。

こころからご冥福をお祈りいたします。

日曜日は手話つくし2016/06/05 23:08:39

手話づくしの日曜日。

手話劇団のけいこ、友人と喫茶店で手話を学ぶひとときのあと、教会で手話通訳を介して説教を聞く。会堂の後ろにいた信徒のかたが、手話通訳の手話を読み取っているわたしをチラチラみている。
手話に対する理解や共感が生まれたらいいなあと。

あまりの内容にあきれたバラエティー番組2016/06/06 23:07:52

出川哲朗がスティーブン・スピルバーグ監督に笑顔で指差しもらう奇跡起こす
http://news.livedoor.com/article/detail/11608504/

バラエティーだからまあ、どんな内容でもいいんだけど。タレントの出川哲朗が、フランス・カンヌへ行き、タキシードや柔道着を着てセレブがあつまる国際映画祭の会場前でパパラッチやファンと一緒にセレブを「出待ち」して、叫んだという、5日放送の「世界の果てまでイッテQ!」(日本テレビ系)。

番組を一緒に観ていた妻のおいっこはゲラゲラ笑っていたが、わたしも妻も、顔をしかめていた。あまりの下劣な内容と出川のふるまいに、恥ずかしくなったものだ。こんなことをしてみっともないと思わないのか。
スピルバーグだけではなく、ラッセル・クロウなどといった世界的有名人に会いたいというのはいいとしても、あんなにしてまでへたな英語でスティーブン・スピルバーグに向かって「ミスター・スピルバーグ!」「ヘルプ・ミー!」「フロム・ジャパン!」「ソーリー!」「タータータララララーラー(「E.T.」のテーマ曲)、マイE.T.!」「メニメニマネー!」「ホワァ~、おい! インディー!」「ミスター!」と叫んでいたのにはこっちまで恥ずかしくなった。知性のないやつとしか思われなかったのではないだろうか。
服装も含めてセレブの前に立つのならそれなりのマナーが求められる。出川はタキシードを着ている場面もあったけど、なんで柔道着を着てあんなところに出るのだろう。日本らしさを出したいからだろうか。

さらには自撮り棒にスマホをつないでセレブやスターと一緒に写真を撮ってそれを番組で映していた。そんなにセレブと一緒に写っているのが誇らしいか自慢したいか。出川も一応タレントであり芸能人であるなら、自分がどういう立場でいるのかわかっているはず。
テレビ局もよくこんなくだらない内容をつくるものだ。タレントにやらせる側、やる方も、センスというか姿勢が問われる。「ウケりゃいい」と思っているのだろうか。なにが「奇跡」か。バカバカしいにもほどがある。

バラエティーでも、良質なものと下劣なもののふたつがある。内容以前に、番組制作者やディレクターの知性・教養・品性が問われる。
ここでいう知性は知識学歴どうのこうのではない。
「知性」=「物事を考え抜き、判断する力、論理的な能力」、「教養」=「学問や芸術など世界全般についての幅広い知識」。品性ある人というのは、時と場所と状況にふさわしい礼儀作法ないしマナーを心得て、優雅に振る舞う人であろう。同性異性問わず、そういう人からは品性が感じられる。出川のあれはまったく時と場所を状況をわきまえていない。

おいっこは大河ドラマに興味がなさそうなのが残念。くだらなさ過ぎて、すぐにもチャンネルを変えて本音は「真田丸」を観たかった。

聴導犬を迎えるために2016/06/07 23:00:49

仕事を終えて、自宅に日本聴導犬協会の方をお招きして、聴導犬とともにわたしの家の大まかな見取りをみてもらい、あわせて聴導犬の訓練や世話についてなど、少しお話をうかがった。
実際の訓練などはこれからだけれど、家にやってきた聴導犬をみて、ますます愛着がわくとともに、一緒に暮らすということへの厳しさと楽しさの両方を実感した。

仕事があり舞台けいこがありそれぞれに覚えなくちゃならないことがある。
言い換えればそれらは生きがいでもあるということ。それらがわたしを支えている。

これからますます、しっかりした歩みを重ねていかなくては、と思いを新たにしたのはいうまでもない。

とても不幸なことだと言わざる感じざるを得ないのだが2016/06/08 23:19:20

避難所で字幕ニュース 県と障害者放送機構が協定
岐阜新聞Web
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160608-00002172-gifuweb-l21

もしいま、あるいは今晩、東京や関東に巨大地震が起きたら。避難所に行かなければならないことになったら。知人や家族の安否はもちろん重要なことだけど、いやだからこそ、情報を得よう知りたいとおもうのがあたりまえだのクラッカー(古っ!)だろう。

「南海トラフ巨大地震の発生が指摘される中、岐阜県と協定を結んだことは意義がある」と岐阜県知事が言ったそうだけど、ではこの東京を含む関東の知事や首長はなにを考えているのだろう。

そういう意味では、公私混同が問題になっている知事がいるといういまの東京都の状況はとても不幸なことだと言わざる感じざるを得ないのだが。

重苦しい事実と向き合う2016/06/09 23:04:44

いろんなニュースが今日もあったけど、歌舞伎役者の市川海老蔵さんが妻で元アナウンサー、小林麻央さんの乳がんを発表したというニュース。
わたしも妻帯者だし、妻もわたしも、いつ同じような境遇におかれたとしてもおかしくない年齢でもある。市川海老蔵さんのお気持ちは痛いほど迫ってくる。正直に言ってひとごとではない。

何かを言うとか応援するとかはとても言えない。
ただただ、重苦しい事実と向かい合うことしかない。

映画「LISTEN」2016/06/10 23:30:57

Most of the scene does not have a silent, sound. But not a silent movie. Language is sign language, deaf who can not hear the ear is the art documentary that play their own "music".

ほとんどの場面が無音、音がありません。しかし無声映画でもありません。言語は手話であ り、耳が聞こえないろう者たちが、自ら「音楽」を奏でるアートドキュメンタリーです。

今晩、妻、共通のかけがえのない友人と映画「LISTEN」を観てきました。
ひとことだけあげるなら、すばらしい!!

と、これだけではつまらないので、いくつか書いてみましょう。

全篇通して、ろうのダンサーや俳優さんが手話で語り演じる表現がすばらしい。
米内山明宏さん、野崎誠さん・佐沢静枝さんご夫婦の手話表現、池田大輔さん・華凛さん親子の手話によるダンスや表現が、たとえ手話がわからないとしても、とても息のあった表現と気持ちが客席にいるわたしたちにも伝わってくる。

もうひとつ、おそらく観た人はわからなかったかもしれないが、どう言ったらいいのだろう。昔観た、紙などの端一つ一つに少しずつずらした絵を描き、端をすばやくめくることにより像で絵が動いて見える、パラパラめくると動きが重ねられた紙を使って作られるアニメーションのように、手話、手の動きがまるでアニメーションのように見えるのだ。
映画用カメラはいろいろあるのだけど今作はどういうカメラを使っているのだろうか。

わたしもああいうような、なめらかな手話ができる表現者になりたいとこころの底から強く感じさせられている。