オバマ大統領の広島演説2016/05/27 23:33:35

テレビで生中継された、広島平和記念公園でのオバマ大統領の演説を字幕付きで見た。

正直にはっきり言うと、オバマ大統領の演説の後の安倍晋三首相のスピーチは、これっぽちもこころに響かなかった。自国の首相のスピーチよりも他国の指導者のそれがこころに響くのは、おかしなことだろうか。あってはならないことだろうか。わたしはそうは思わない。昨年の安保法制や沖縄、彼が国内外でさまざまな発言をしていても、どこかに信用できない信頼できない部分が感じられるからだ。

オバマ大統領としては、能う限りギリギリのところで……謝罪のために広島に来たわけではなく、もちろんアメリカ国内にいまだ、原爆投下を正当化する人たちがいて、その多くがあの戦争を当事者として経験してきた世代かその下の世代であることを考えれば無理もないのだけれど、しかしわずか10分間の広島平和資料館の見学であるにせよ、広島原爆ドームを間近に見るにせよ、胸に去来したのは、自分が投下を命令したわけではないが、広島と長崎に人類最初の核兵器を落とした国のトップとして、やはり何かを言わなくてはならないと思ったからだろう。一歩間違えると謝罪と受け取られかねないギリギリの決断があったのだろうと察する。

オバマ大統領の言葉を字幕付きで見ながら、いつも脳裏に浮かぶ、故リヒャルト・フォン・ワイツゼッカー旧西ドイツ大統領が1985年に連邦議会で行った『荒野の40年』という有名な演説と引き合わせた。
ワイツゼッカーもオバマも、共通しているのは、あの日の出来事を忘れないこと。心に刻むこと。

<私たち人類は、過去で過ちを犯しましたが、その過去から学ぶことができます。選択をすることができます。子供達に対して、別の道もあるのだと語ることができます>

一歩さらにすすめて。
イスラムや中東の人たちが、過去から学ぶことが、ひいては和解へたどり着く日が来るのだろうか。

そこには日本もアメリカもイスラエルもシリアもない。
長い長い道のりだけれど、いつかはやってくるのだろうか。