手話を考える以前に、日本語を考えるということ2015/11/02 21:52:16

手話を学んでいって、はじめは単語を覚えるのに精いっぱいになるけれど、学びが深まっていくにつれて、単語ではなく、いかに表現するかという問題にぶつかっていく。
たとえば童謡や唱歌のように現代にはなじまない分かりにくい表現がある場合、ただ置き換えたり当てはめたりするのではなく、情景や雰囲気も考えながら手話をつくっていく考えていく作業が求められる。それは手話を考える以前に、日本語を考えるということになる。

簡単ではないことだけれど、手話を学ぶということはすなわち、私たちが使っている普段の日本語、音声言語や文章の日本語を考えていくということになる。
ほんとうに言葉という世界は、奥深い。いまのところ、言葉を使っているのは人間だけ。だからこそ言葉を使って意思を伝え合う、手話にしても音声言語にしても文章にしても、大事にしたいものだと、今回の「虹の手」や朗読の取り組みからつくづく考えさせられる。