ありのままを神は愛してくださる。2015/03/01 21:44:07

今日の礼拝説教を聞きながら感じたこと考えたこと。
たしかにいのちは与えられただけで、十分に恵みに値するものなのだろう。そのうえにあれがほしいこれがほしいと、必要以上の強欲に陥っていないだろうか。

ありのままを神は愛してくださる。
神はどんなに人間がおろかでみっともなくどうしようもないとお思いだとしても、それでもなお、わたしたちを愛し、わたしたちを導いてくださる。わたしたちは信仰以前に弱くどうしようもない存在だ。自分たちの正しさをあまりにも主張しすぎて他者を受け入れられず、争い殺し合っている。殺し合うために神が人間をお造りになられたとしたらあまりにもみじめというかむごたらしいものでしかない。人間はそのためにいのちを与えられたのではないはずだ。
金八先生が第1シリーズ、「15歳の母」で「きみたちはまれにしか生まれなかった」と言っていることを、説教を聞きながら思い出した。
障がいがあるからだもそう。こうやっていのちをいただいていること生かされていること守らなくてはならない存在があることを忘れずに。

その礼拝の献金の祈りは、はじめて声と手話の両方でやってみた。たぶん会衆のほとんどは気づかなかったと思う。
いつまでたってもいまの教会の中でわたしが手話ができろう者であることが伝わらない通じない。
思いきって手話を使うことで、周囲の中に自分も手話を覚えようという人が出るかもしれない。
ま、期待しないで、教会でも手話を使っていこう!

「ちょっと待て。冷静にならないか」2015/03/02 23:21:26

今日も夜にASLレストランレッスン。
学びが進むと、教わったり覚えたりした手話表現を使ってみたくなる。これは日本手話でもろう者でも共通して言えることだが、仮に間違った表現だとしてもみんな、頭ごなしにしかったり指摘したりはしない。むしろ「こうこうだよ」と教えてくれることが多い。なぜならみんな、多かれ少なかれ「通じない」苦痛をどこかで経験してきたから、お互いにわかり合おうという気持ちが、たとえ間違った表現だとしてもそれを指摘するにしても、いい意味で愛情をもって教えてくれるから。

1週間前、1カ月前という単語を交えて、わたしも講師もフットボールファンだから、共通のフットボールを交えた話題やら、いろいろ話ができてあっというまに2時間を超えるレッスンだった。座学のようなまじめなレッスンもいいけれどこういうのも楽しい。

川崎で起きた13歳少年殺害事件は、容疑者少年3人がようやく事件について供述を始めたことで一歩真相が明らかになりつつある。
けれど、やりきれない思いを感じるのは、わたしたちの側の問題だ。
インターネットが生活の中に入り込んで切っても切れない関係になってしまった現代は、事件を起こすと、加害者や事件を起こした本人はもちろん家族も、ターゲットにされ、社会の好奇の目、悪い言い方をすればスケープゴートにされ、実名も家族構成もいっさいすべてネットに出されてしまう。

スケープゴートを辞書でひいてみよう。
【scapegoat】(聖書に見える「贖罪の山羊」の意)
民衆の不平や憎悪を他にそらすための身代わり。社会統合や責任転嫁の政治技術で、多くは社会的弱者や政治的小集団が排除や抑圧の対象に選ばれる   (広辞苑 第5版から)

ネットは便利である一方、一度掲載されてしまったら半永久的に消えない。書く方はそれ相応に責任をもって書かなくてはならない。汚い言い方だが、壁に落書きをするのとはわけが違う。落書きは上からペイントするなり消したりできるが、ネットはそういうわけにはいかない。だからうっぷん晴らしやその場の感情で書くのは危険すぎるものだ。

以前から少年が起こした事件が報道されると、少年法の問題が議論される。「少年法によって守られていると勘違いしているから凶悪事件を起こしても加害者は名前も学校も家族もさらされず、平気でいられる。なのに被害者が一方的に顔も氏名も出されるのは不公平だ」「これだけ少年事件が凶悪化しているのだ。民法や投票権を18歳に引き下げるのなら少年法も改正してはどうだ」「ネットに実名や家族構成がさらされるのは、少年法で守られているという加害者への罰だ」

たしかにそういう側面はあるだろう。
けれど、スケープゴートをつくって、われわれが事件や加害者に対する不満義憤にかられて、不平や怒りや憎悪をかきたてていくのはどうだろうか。それを政治家や権力者が悪用しないとはいいきれない。権力者も政治家も、支持者がなければならないのだから、民衆や社会の声に敏感であるし、だからこそ民衆の声に便乗して社会を息苦しい方向へ変えようとしないとも限らない。過去の歴史上いくらも例がある。

だからどんなに非難されたとしても、熱に浮かされた浮かれたような状況のなかで、どこかで「ちょっと待て。冷静にならないか」とストップをかける役割や存在が必要ではないだろうか。それがなくなれば、社会はいったん悪い方向へかじを切ってしまい、戻ることは難しくなってしまうだろう。
昨今の熱に浮かれたような状況を見るにつけ、こころのどこかで「ストップ!」と言わなくてはいけない、と思う今日このごろだ。

「国際耳の日」2015/03/03 23:05:00

「国際耳の日」 大音量の音楽に注意
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150303/k10010002611000.html

今日、3月3日は「耳の日」。耳の形が数字の3に似ていることから、私が手話を学び始めた十数年前、港区の東京都身体障害者福祉会館で毎年、「耳の日文化祭」という聴覚障害者のイベントを見に行っている。
「耳の日」というのは日本だけかと思っていたら、WHO(世界保健機関)が国際耳の日と定めたというから、目からウロコ。へえ~。

本題に戻るが、たしかにスマートフォンや携帯音楽プレーヤーで耳にイヤホンを入れて音楽を聴いている人を見ない日は一日もないね。今日も帰りの地下鉄の中で音楽を聴いていて停車駅に着いたら周囲をキョロキョロ見回している人が何人もいた。音楽だけが聞こえていて車内アナウンスが聞こえていないのだろうなと思う。

<WHOによりますと、85デシベルの音量で8時間以上、100デシベルで15分以上、音を聞くと聴覚神経が損傷するおそれがあるということです>

もう100デシベルオーバーのわたしはほとんどろうだ。いったん損なわれた聴覚神経は二度と回復することはない。
まして電車内で音楽を聴いていると、周りの音がカットされて音楽に集中してしまうから、自然とボリュームを上げてしまうだろう。居眠りをしてしまうと、ますます耳に音が入ってしまい、良くない結果につながる。

聴きたいのはわかるけど、耳をいたわらないでどうする。聞こえなくなってからでは遅いのだ。

年齢に関係なく「若い日」なのではないだろうか2015/03/04 23:23:04

3月にしては暖かった今日。三寒四温というからまだまだ春はさきのこと。

今年から就職活動が3カ月あとにずれるという。就活に追われて本来の学業がおろそかにならないように、ということらしいが、それでも今日、手話サークルへの途中でリクルート姿の大学生らしき姿を見かけた。

思い出すのはわたしが社会人になった4半世紀前。希望というより不安が先に立ったことを覚えている。
月日がたってこのままでいけば会社員生活も後10年というときに思うのは、若いときに感じた将来への夢や希望は、時とともに色あせ薄れていくもの。現実に直面して理想と現実の差に嘆息し、あるいは現実はこんなもの、と知ったような顔をして悟りきってしまったような気持になることもあるだろう。
けれどだからといって抱いていた夢や希望が意味のないものになったということではない。むしろ月日が経つ中で現実やいろいろなしがらみや自分の無力さを実感させられ気づかされるなかから、自分らしく、抱いていた夢や希望通りにはいかないとしても、この星、この地上でどういう歩みを残したか残そうとしているかが大事だということだ。人生80年時代。社会人としては会社に貢献するのは大事なことだが、貢献する対象が会社だけ、というのはあまりにももったいなく、そんな人生はなんとつまらないことだろう。
わたししかわたしの人生を生きることはできないし、代わってもらうことはできない。同じようにあなたの人生はあなたしか生きられない。
社会人生活が10年くらい、という現実を前に、出世だとか人の上に立つかとか歴史に残るとかいったことではなく、地味で目立たず歴史に残らなくても、しっかりした歩みを残すことがわたしの仕事だと思う。社会人としての仕事だけではなく、手話サークルや「虹の手」手話ソンググループや、朗読落語といった活動もそう。

「あなたの若い日にあなたの造り主を覚えよ」という聖書の言葉は、若いときだけに語られるものではない。夢や希望を抱いていることは、年齢に関係なく「若い日」なのではないだろうか。このわたしに夢や希望を抱かせてくださった神をこころにとめて、あすからの歩みをしっかり歩いていきたい。

NEXT STEP!!!2015/03/05 22:39:41

今月最初のギターレッスン。

まず最初に妻が課題曲を教わって、次回の曲の楽譜を渡して、つぎにわたしのレッスン。『典子は、今』(三上 寛)。

2回、イントロからエンディングまで弾き通して講師から「ほぼOK」というおほめをいただく。2カ所ほど直しのアドバイスをいただいて再度、妻に楽譜を渡して歌ってもらい、講師のベース演奏とともにやってみる。アドバイスしていただいたコードも間違えずに演奏して、ほとんど完璧に演奏できた。

次回から『心の瞳』(坂本 九/ママ エ セフィーユ)にとりかかる。これが終われば、ベット・ミドラーの『THE ROSE』に入りたい。この2曲はこの夏までに覚えたいと思う。

レッスンが終わる前に、できればということで、12月に、ギターも含めた音楽教室の発表会にエントリーしてみようかという話をしてみた。
『虹の手』の練習も来月から始めるし、朗読もコスモス朗読会に向けてテキストを探している。故郷札幌でのワンナイトカルチャーフェスティバルで、下北沢以外では初めて、手話つき朗読をやることにしている。先月の交流会のような企画を実現させるため、落語もギターもレパートリーや持ちネタを増やしたい。
これらが、わたしの生の張り合い支えになっている。
来週から新しい歩みにはいる。

ますます世界が広がっていく2015/03/06 23:01:45

金曜日、手話レッスン。
例文を学びながら、これを英訳してASLでもあらわしたら? といわれて突然戸惑いながら、どうにかこうにかASLでもあらわしてみた。

手話は国ごとで異なる表現があったり共通の表現があったり、学びを続けると、とても興味深いことがたくさんある。
たとえば「一週間後」という表現を例にとってみよう。
日本の手話では数字「7」を手前から向こう側へ向ける。アメリカ手話では、片手を横にして、もう一方の手、数字の「1」を横にした手をはさんで手前から向こう側に出す。なぜかと聞くと、カレンダーをイメージしなさいという。横にした手はカレンダーの日曜日から土曜日までの欄だという。なるほど、そういう考え方もあるね。いかにも欧米らしい表現だと納得。

手話を学んでいっていろんなつながりができ。世界が広がっていく。
これは聴者が外国語を学ぶのと同じ、とても得がたい楽しみだろう。
いつの日かフットボール観戦でアメリカ手話でナショナル・アンセムを歌って楽しめたらいいなあ。プレーヤーと同じフィールドに立って手話で歌えたら、これ以上の喜びはない、と言ったら大げさだろうか。

ともあれますます世界が広がっていく。とても実感している。

防災について学び合う2015/03/07 23:45:25

午後の朗読のレッスンは2014年度最後の教室、ミニ発表会。『柘榴坂の仇討』。物語最終部分を担当する。

あのいまわしい桜田門外の変から、仇討を望み、それゆえに武士であることの意識も行動を変えられず脱皮できずにいた主人公が、その葛藤を乗り越えようという終盤の話。
夫婦の会話らしく、結婚したわたしだからだろうか。講師は夫婦らしい会話ができていたとおほめをくださった。先日のギター教室とともに大きな自信につながったのはいうまでもない。

夕方からの手話サークル。
まもなく、来週水曜日は東日本大震災から4年になる。
そこで、通常の学びをはさんで、自宅から持ってきた防災用品をサークル員の前でお見せした。ヘルメット2つや簡易トイレ、プランケット、非常食。防災ヘルメットにはサークル員も興味を抱いたらしく、わたしの黄色のヘルメットと妻の白いヘルメットを実際に手にとっていただいて、ヘルメットの側面の文や文字、注文方法や価格などを質問してきた。
いつくるかわからない「その時」に備えて、今回お見せしたものがすべてとは言えない。配られたプリントにあった、用意すべきものリストを妻と見ながら、いろいろ考えていくことになるだろう。

ホッと居心地よく過ごせるcafe2015/03/08 21:45:24

今日、とある健聴の友人から「こんな動画を見てウルッときた」というサイトを教えてもらった。

「今日は街中が手話で話してる!」サムスンがバリアフリーサービスを訴求するために仕掛けたドッキリ施策
http://adgang.jp/2015/03/89408.html

わたしもこの動画を見てとても感動したものである。
すでにツィッターやフェイスブックで「いいね!」とコメントがたくさん寄せられているようだ。
ドッキリというと下世話なものもあるけれど、企業の取り組みとして、まして電話とは遠いところにあるわたしたち聞こえない人に、こういうものもあるのだよという企業姿勢をみせられたことで、イメージアップ以上に社会的な存在価値が高まったと思う。

さて、わたしはというと今日、東京・本郷にあるカフェへ足をのばしてきた。
先週に続いて今日のNHK・Eテレ『ろうを生きる難聴を生きる』で紹介された、経営者も店員スタッフも、ろう者だけのお店「Social Cafe Sign with Me」。
訪れたのはお昼を過ぎた午後2時過ぎだったが、店内は満員。待つことなく席を確保できたが、ここのお店は基本的にレジそばのカウンター席に行ってメニュー表を見ながら指差しや手話で注文して代金も払う。パスタやスープ、カレーなどのほか、ライトビール、コーヒー、紅茶などが主なメニューだ。

写真にあるように、店内には大きなホワイトボードがある。手話がわからないお客さんも、このボードに書いてもらえれば店員スタッフが理解できる。お客さんが手話ができるならなお最高!
ホワイトボードには近くにある東京大学の留学生や、茨城、岩手、さらには遠く熊本からやってきたという人が思い思いのメッセージを書き残してあった。意外な使い方である。初めて会った親子連れはお母さんがろう者だそうだ。「兵庫県からディズニーランドで遊んだ帰りに、ここにやってきた」という。その息子は水色の補聴器をつけていた。「補聴器がきれいな色だねえ」ともちろん手話でほめてあげたら「ありがとう」と恥ずかしそうにこたえてくれた。

わたしが注文したのはカシミール風カレーライスとコーヒー。
まずさきにカレーをいただいたが、味は辛く、しかもコクがあっておいしい。食後のコーヒーも食後のおなかをさらに満たしてくれた。

近々2号店を出す計画があるそうだ。
店内はたしかに狭いし、ビルの2階だから車いすの方が入れないのはちょっと残念だけど、聴覚障がい者の就労の場であり接客を通して自分を磨いていく場であり、同時に聴こえないお客さんも聴こえるお客さんも手話がわかるわからないに関係なく、ホッと居心地よく過ごせる、まさにソーシャル、社会のなかのカフェである。

みなさんも一度訪れてみてはいかがだろうか。
http://signwithme.in/
〒113-0033 東京都文京区本郷5-23-11野神ビル2F
FAX: 03-6801-8820
Twitter Facebookもあり

いろんな話題が出て話は弾んだ2015/03/09 23:19:23

毎週この日夜はASLレストランレッスン。
この日もいろんな話題ができた。徐々に慣れてきて日常会話でもついついASLが出てしまう。
 
日本でいま話題のひとつが、大塚家具の経営権を巡る親子騒動。
ことの是非良し悪しはここではふれないが、アメリカでもたしかに同族企業は存在する。フットボールでも例外ではなく、ピッツバーグ・スティーラーズはルーニー一家がオーナーだし、オークランド・レイダーズも亡くなったアル・デービスがオーナー(形式的にはほかにも何人かとの共同所有権だが、あまりにもデービスが有名になった)、ベースボールでも、東西の強豪チーム、ナショナル・リーグのロサンゼルス・ドジャースは有名なオマリー一家、アメリカン・リーグのニューヨーク・ヤンキースはスタインブレナー一家、というように(断っておくが現在、ドジャースはオーナーはオマリー家ではなくGuggenheim Baseball Managementがオーナーだそうだ)。

そんな話も出た。
意外とアメリカ人は好きなスポーツチームの親会社について知らないようでいて、知っている人もいる。
そこで出たのが、サッカーのユニホーム。
わたしもそうだが、そでや肩や腰回りなどあちこちにベタベタ広告がついている欧州のサッカーユニホーム。
どうもあれが嫌いで、いまひとつついていけない。
2007年シーズンまで存在していたNFLヨーロッパはまさにそうで、ジャージの肩や腰などに広告が縫い付けられていた。

ASL講師もわたしも、ああいうのはどうかなあとまゆをひそめてしまう。

肝心のレッスンは、日本語で言えば「まだ」「できない」という表現を教わった。
時間が遅くなったので半分で切り上げ、来週に回す。

あの日 あの時2015/03/10 21:53:45

今日はおよそ10万人が一夜にして犠牲になった、東京大空襲から70年目である。
もちろん戦後20年目に生をうけたわたしは、あの日のことを体験していない。
だが、真夜中の大空襲、焼夷弾の炎の中を逃げまどってきたあの日を生き延びてきた人たちにとっては忘れられない夜だろう。
終日風が強く寒い一日。爆撃も焼夷弾が降ることもなく、一応は安心して暮らせる、今日という日。あの日、いのちを奪われた人たちにとってはまさに夢のような一日だったのではないか。爆撃の恐怖はどれほどこわかったことだろう。

戦後の首相としては初めて、東京大空襲の慰霊記念式典に参列した安倍首相だが、ほんとうにあの日を生きてきた人たちの苦しみに思いをはせているのか、と、原発再稼働や特定秘密保護法などの件を見るにつけ、危うさがますます強く感じられる。

たしかに国際政治の現実をみると、理想ばかりを言ってもいられないというのはある。
だが、もうひとつの現実、人類は核によって生存の際に立たされているということをしっかり見つめる必要がある。そして人類は重慶、ロンドン、ドレスデン、東京大空襲も含めて、民間人非戦闘員を殺傷するという無差別大量殺りくを身につけてしまった。

戦争は避けることが出来る、避けられるものだ。
人類ははたしてあの大空襲から学んだのだろうか?