お客様をお迎えして楽しいひととき2013/12/01 22:10:29

今日からアドベント。早いものだなとつくづく感じる。つい1カ月前は新婚旅行の最中だった。

礼拝後、夕方から妻の知人を招いて、なべ料理などで楽しいひとときをおくった。
人をもてなすのはたいへんだけど、楽しいひとときでもある。

気のせいかもしれないけれど2013/12/02 22:50:46

毎年冬から春に入ると、風邪をひいてはのどを痛めることの繰り返し。
先日あるテレビを観ていたら、みかんが風邪を防ぐ効果があるらしい、という。
ビタミンCが多く含まれているのだが、皮やふくろがビタミンCの酸化を防ぐため、ビタミンCを効果的に摂取できるのだという。
ほかにもβ- クリプトキサンチンパワーという発がん抑制成分が含まれているため、がん予防につながるという報告もある。

静岡のみかん生産農家の方は、みかん茶だとかみかんをおふろにいれるなど、みかんを活用しているときいたことがある。
ここ数日、妻が弁当と一緒にみかんを入れてくれるのがありがたく、今日もおいしく口にいれたものだ。

乾いた天気はいいけれど2013/12/03 23:10:12

乾いた空気と晴れた空。
とはいえ、こういう日は健康面では肌荒れに気をつけたい。火事も心配だ。
雨が降ったら降ったで降水量が気になるけれども、やっぱり雨が降らないのも困るものだ。

いつかは必ず乗り越えられる2013/12/04 23:48:16

もう思い出したくもないことだけど、いじめにあっていたころのことを思い出してしまった。
嫌な思い出はできるだけカットしたいくらいだが、たまにフラッシュバックのように出てくるからよけいいやなものだ。

でも、ここまでこれたのはなんといっても家族、とくに親子関係がしっかりできていたからだと思う。
いちばんどんなにつらいときでも、親が子どもをしっかりみつめて理解しようとしてくれたからなんとか乗り越えられたと思う。

つらかったらつらいといって逃げていい。いちばんつらいのは当の子どもなんだから、親がそれを支えて理解してあげなくてどうするんだ。

わたしのときはいじめについて、いじめられるほうにも原因があると先生が言っていた。それがいまでも傷になっていて、その先生に対してさえも不信感しかない。
どんなに原因があろうともいじめるのが一番悪い。

つらかったらつらい、と子どもは親に話して、親はそれをしっかり受け止めること。
時間がかかるだろうけれど、きっとかならずいつかは暗闇を出られる時が来るのだから。

「音の日」2013/12/05 23:07:47

明日はエジソンが蓄音機を発明した日を記念して定められた「音の日」だという。

しかし補聴器をつけないとほとんど音が聴こえないろう者であるわたしにとっては、たとえば地下鉄や街角の騒音ほどうるさいと感じるものはない。なぜなら補聴器を通して聴きたくもない音が必要以上の音量で入ってくるからだ。

その反対に、スマホで音楽を聴いている人を見ると他人事ながら、音量を上げやしないか、耳の聞こえが悪くなるのではないか、と心配になる。まだ聞こえていたころ、イヤホンをつけて音楽を聴いていて知らず知らずのうちに音を大きくして聴いていたことがあるからだ。

現代の生活は音と無縁ではいられない。
だが騒音や聴きたくもない音で耳を傷つけられたり痛めつけられたりしては元も子もない。

週に何日かでもいいからまったく音を聞かずに、静けさの中で過ごすのは無理なことなのだろうか。

結婚することのメリット2013/12/06 23:23:41

というか、メリットという言い方がおかしいのかもしれない。
要は、自分だけじゃないということに気づいたことだ。

このあいだの新婚旅行でもそうだが、あちらの、外国人のファッションはなかなか洗練されている。もちろん体形体格からして太刀打ちできないから、同じような服を着ても似合うとは思えない。ある白人男性が水色のワイシャツに黄色のネクタイをしめていたのをみて、すごいカラーリングだと思う。これはまねしたくてもできないだろう。
とはいえ、まねも上達の一歩だと考えれば、似合うかどうかは横に置いて、自分の服装をもっと第三者的視点、つまりどう見られているかということから考えてもいいのではないだろうか。

そこで、いちばんいいのは、身近にいる人――妻にみてもらうこと。どう見られているかを意識したほうがいい。

結婚する前は、自分が着心地いいかどうかだけを考えていた。だけどそれじゃ、自分だけの視点しか持ちえない。
第三者、身近なところにいる異性である妻を意識して、どう見られているかを考えれば、おのずから、妻に対しても恥ずかしくない服装をしなくてはと意識せざるを得ない。

まだまだだけれど、妻に教えてもらったり周りを観察したりしながら、年相応の、家族として恥ずかしくないものを身につけていかなくては。

気持ちのもちかた2013/12/07 23:23:14

今年最後の『朗読のレッスン』。
ミニ発表会と、場所を移動して新宿で交流と打ち上げの会に行ってきた。

ミニ発表会。できはまあまあ。毎度のことながらこうしたかった、ああしたかった、というくりかえし。とはいえ掛け合いの会話部分、ナレーター部分、ともに思った以上にうまく演じられたと思う。
来年もまた一年通して挑戦し続けたい。

交流と打ち上げの会は、やっぱりコミュニケーションが難しい。取り残されたような置いてきぼりにされたような、変な気がした。
けれど、聴こえるほかの人が話をしているのをみながら雰囲気を楽しむというか、その場を楽しく過ごすこと。へえ、みんな楽しそうだねとか、笑っているなとか、眺めながら楽しく過ごしたい。
そうしたら、聴こえないことで孤独になる思いはあまりなかった。

なに、舞台で目いっぱい表現できるのだから、コミュニケーションがうまくいかなくたって充分。コミュニケーションの代わりにわたしは舞台上で自分らしく生きていればいいのだから。

アメリカではまったゲーム2013/12/08 23:02:43

新婚旅行でワシントン州スポーケンの義妹宅に宿泊した夜、義妹、妻、義妹の息子らとやったゲームがある。「ジェンガ」というゲームだ。
木材ブロック54個を3個ずつ横にかためて互い違いに積み重ねて、18段のブロックを抜いていき、いかに崩さないようにするか、というものだ。

はじめてやったときに、「これはコミュニケーションになる」と思ったのに加えて、推察力を養う、組み立てや建築を考えるきっかけにもなる、と思い、妻と話して日本に帰った時に購入しようと思っていた。幸い、日本でも手に入ることがわかり、先日ビックカメラで購入、なんどかお客様を招いたときにやってみてますますおもしろみにはまった。今日はわたしと妻の知人をお招きして、カレーライスをディナーメニューに、この「ジェンガ」を総勢5人で楽しんだ。

いろんな遊び方ができると思う。
たとえばブロックを3つ抜いていく、というルールを決めてもいいし、抜き取った3つのブロックを上に重ねていくというやりかたもあっていい。
どこをどう抜いていってもいいわけだけれど、3つの真ん中を抜くか、両端を抜くか、また最下段をいきなり抜くか、上段から徐々に抜いていくかで、バランスや重み、力のかかり具合が変わってくる。適当に思いつきで抜くと、ガラガラっと崩れてしまうから気が抜けない。抜き方もいきなりやるか、ゆっくり慎重にやるかがかぎでもある。

この「ジェンガ」というゲーム。
なかなか奥が深くて、日本でみたなかには、時間制限があるものも。何秒以内に抜かなくてはならない、というようにだ。フットボールでセンターがボールに手をかけて1秒静止、25秒以内にプレーを始めなくてはならないのにも似た、時間のプレッシャーがかかるともいえる。

子どものころを思い出した。夕食後のこと。
よくトランプゲームで「神経衰弱」だとか「7並べ」だとか「ババ抜き」だとか、要は家族で楽しめるものが多かったはずだ。いまでもあるはずだけど、ケータイゲームやテレビゲームだとかが多くて、いろいろ考えたり工夫したりするものが少ない。

あっというまの時間だったけれど、お客様みなさん、楽しんでいただけたようで、わたしも妻も、やってよかったととてもうれしい思いだ。

楽しくすすんでやろう2013/12/09 23:32:31

仕事から帰って、ゆっくりふたりだけのひととき。
食事のあとに家事を手伝うことのはあたりまえ。慣れないなどと言っていたらいつまでたってもできないし、妻の不満がつのるだけ。

どんなことにも意味があるし、楽しくすすんでやれば苦にならない。

先従レ隗始2013/12/10 23:39:08

新婚旅行などで忙しかったためほとんど中断していた手話学習会。
今日から久々に再開。妻も一緒に、手話通訳士6級と5級の試験に出る単語を学んだ。

妻もわたしも、家庭内では手話で会話をするけれども、会社など外に出ればほとんど手話を使わない。だからこそふたりがお互いに積極的に手話を使っていけば、周囲にも「じゃ手話を使おうか」というようになるかもしれない。
要するに手話を広めたければ、まず自分たちから使っていくしかないのだ。「先ず隗より始めよ」。自分たちが使っていくことで周りにもいい意味で影響をもたらすかもしれない。

来夏のサークル納涼会で、夫婦漫才をやろうか、と話している。そのためにも、妻もわたしもいっそうの手話ブラッシュアップとレベルアップに力を入れたい。