どこかで聞いたセリフ2012/01/12 22:41:04

わたしも人間だから、過ちを犯して詰問されたとき答えに窮することもある。そして口に出るのは「記憶にない」。なにかで失敗をしたとき、こころのなかであってもつい、誰かのせいにしたくなる。

今日の新聞とテレビで、ずっと遠く昔に聞いたことがあるセリフがよみがえってきた。
「記憶にない」……「妻がやった」……。

ひとつは、11日に東京地裁であった、民主党元代表・小沢一郎氏に対する被告人質問で、小沢氏が元秘書に渡した4億円の現金について問われ、「記憶にない」と答えたこと。新聞では「具体的に記憶していないが」などと答えている。
もうひとつは経済産業省の元審議官が半導体大手企業の株を株取引前に購入した、インサイダー取引容疑で逮捕されたというもの。こちらはテレビで「株の売買は妻が行ったものだ」と主張しているという。

検察官でも裁判官でもないわたしに、人を裁くとか批判するなどという資格も立場もない。
だが、ずっと昔、どこかで似たようなセリフを聞いたことがある。そのときはとても大きな社会問題視され、セリフを口にした人に対して批判が起きた。そのことをいまでも思い出す。

公的な立場にある人ほど、口にした発言のひとつひとつに対する責任の重さはいうまでもない。

どこかで聞いたこのセリフ。わたしも口にしたことがないわけではない。
時間が有限であり、偉い人にもそうではない人にも、いつかは死ななければならない、生きているという意味では平等である。有名な人もそうではない人も神さまの前では生きてきた歩みに対する責任が問われると聖書は語る。ならば、おのずから意識していかなくてはと思う。