「その時」にはどう対処できるだろう2011/09/01 20:46:31

カレーと防災ヘルメット
今日から9月。舞台に向けて疾走が始まる。
今日のランチはカレー。夜にまた食べてようやく、すべて胃袋に収まった。

「防災の日」でもある今日、各地で避難訓練や防災を考えるつどいなどが行われたことと思う。3月におきた東日本大震災からまもなく半年。のど元過ぎれば……のたとえにあるように、震災体験や記憶の風化とも向き合わなくてはならない。

直接の被災者ではないがあの日の揺れは忘れられない大きなものだった。揺れがおさまってから時間を切り上げて帰ったけれど帰宅まで6時間もかかった。東京だったから「あの程度」で済んだという人がいる。しかしあの日、600万人ともいわれる人たちが寒風の中、遠距離の自宅まで歩いて帰っていった。
もしこれが直下型地震だったらどうなっていただろう。企業や事業所には緊急時の宿泊場所など準備しているところはほとんどない。やむをえず本来は区民のための避難施設に入った人もいたときく。あのとき、はたして帰ったほうがよかったのかどうかいまもって答えは見つからない。だが、首都圏直下型地震がいわれているいま、今度の「その時」にはどう対処できるだろう。

忘れ物2011/09/02 22:04:30

疲れていたのだろうか、出かけるさい、朗読台本を自宅に置き忘れてしまった。それだけなら夜帰ってから、台本を開けばいいのだけれど、けさは弁当もつくるのを忘れてしまった。

よくよく抜けているというか、慎重さが足りないというか。
こんな日はほんとうに始末が悪いもので、かさをどこかに置き忘れてしまったと、自宅へ帰る途中でひと騒ぎしてしまった。幸い、あったからいいようなもの。

明日は舞台前の最後のご指導をいただく日。ご指導の前に、各人の出番出演時間がわかると思う。わかり次第明日のここにアップする予定だ。

トップバッター Lead off hitter2011/09/03 23:18:44

今年も『コスモス朗読会』の季節がやってきた。
毎年厳しい残暑の中、下北沢にある小劇場「しもきた空間リバティ」で、わたしが通っているカルチャーセンターの仲間たちと一緒に舞台に立つ。今年は9月17日(土)、午後2時から始まる。
場所と詳細については、7月30日のこのページに細かく記してあります。
http://todaywesonghands.asablo.jp/blog/2011/07/30/

今日はその舞台前の最後のご指導をいただく。その前に全員に、当日の出演順が知らされた。わたしは午後4時20分ごろにはじまる第3部、なんとLead off hitter、ジャパニーズ・イングリッシュでいうならトップバッターに決まった。

日本の野球用語で出てくる「トップバッター」は、アメリカでは首位打者(Leading hitter)という場合に用いられる。9人いる打者の、試合開始最初の打者、という意味では「Lead off hitter」「Lead off man」というのだそうだ。さらには打順が1番でなくてもその回の最初の打者、先頭打者を指すときもある。

舞台に話を戻すと、Leading hitterというわけだから、少なくとも第3部のはじめにあたって、観てくださるお客さんにいい印象をもっていただくことが大事。それが第3部全体を生かすか殺すかにかかっている、と思う。
ともあれ、カルチャーセンターから帰って手話サークルの仲間たちの前でもお誘いをした。手話サークル員のなかに「鬼平」ファンがいらっしゃって、また話題がひろがった。後日また別の手話サークルでも、お誘いをしてみる。

聴こえない人も聴こえる人も楽しめる舞台をつくりたい。
そのFirst step、Lead off hitterでありたい。

いよいよ開幕間近になった、NFL。
わがOAKLAND Raidersは、なんとプレシーズンゲームを4戦全敗で、レギュラーシーズンを迎えることになった。いやはや不安いっぱいである。

センスがないならないなりに2011/09/04 23:23:39

自炊をして弁当をつくるようになって、いろいろ反省したり考えたりする。出来が悪かったり失敗したりするのはしかたない。それを食べるのはほかでもないわたしだから、責任も自分で負わなくてはならない。だけどこれが、家族のぶんもとなると、とんでもなく重いこと。

あらためて感じたことは、絵画を描くのと料理をつくることは共通点があるということだ。
たとえば盛り付けを考えよう。写真のカレーは弁当だけれど、お皿にカレーを盛るとき、おいしそうにだとか見た目から食べたいという気にさせるということを考えるだろう。食材を調理するときも食べやすく切るとか手早く仕上げる。絵を描くときに構図を決め、色を考え、ここは念入りに、ここは手早く、と考えるのに似ている。

わたしのまわりに絵描きがいないのだけれど、うまい絵描きは料理もうまいのではないだろうかと、ひとり勝手に思い込んでいる。

センスがないのはまあしかたないとして、これからでも遅くない。
自分なりのなにかをみつけていけば、もっとおいしい料理ができるだろう。

イメージして演じる2011/09/05 23:39:03

朗読の練習を続けている。
たしかに声と日本手話の両方をやるのはとても難しい。なぜなら手話といういわば目で見る視覚言語と耳で聞く音声言語を同時にやるのは、極端なたとえをするなら英語と日本語の両方で話そうとするようなものだ。実際にやってみるとよろしい。「こんにちは」と「Hello」を同時に話せるだろうか。できませんね。

先週土曜日の朗読のクラス終了後に、10月から12月までの新しいテキストをいただいた。
それは舞台でやるものではないから、音声言語だけで朗読する。正直それを覚えなさいと言われたらちょっと時間がかかる。

反対に今回も含めて過去5回の手話つき朗読は、どういうわけか台本をすんなりと覚えることができた。なぜだろう。
たぶん、手話という視覚言語だからだ。昨日のここで料理を、絵描きに置き換えて書いてみたけれど、手話で語るというのは、身振り手振りではなく、その単語や手話表現にちゃんとした意味があって、それを音声言語であり台本にある文章と突き合わせてイメージするからだろう。
けれどさきに書いたように、手話と音声を同時にやるのは2つの言語を一緒に話すようなものだからとてもしんどい。手話だけ、音声だけ、のいずれからならまだ楽だけれど。
でもその困難に挑戦するのは、聞こえないけれど話せるわたしに与えられた課題でありやりがいがある。

この朗読が終わったらまた通常の日本手話の勉強に戻るが、もしかしたら年末の手話サークルの忘年会で、手話落語に挑戦するかもしれない。先生とそんな相談をしているところだ。
朗読とともに今度は手話落語か。楽しみにしている。

ロールシフト うなずき2011/09/06 23:14:35

終わってから居酒屋での手話べりというか手話で話す会話がとても楽しくおもしろくて、やみつきになりそう。

うなずきを手話ではとても大事にしている。とくにろう者が使う日本手話では。
今回もそうだが、わたしがやる手話つき朗読はざっと言ってしまえば、ひとりで何役も演じるということだ。『塩狩峠』で永野信夫と友人の妹で婚約者だったふじ子、『ゆずり葉』で吾郎とさやかをわたしがひとりで演じた。
そういうように「ひとりで何人もの話し手の役割を担う」場合、ロールシフトと呼ばれるが、重要なポイントが、それぞれ出てくる何人もの話し手をどうやって表すか、だ。
からだの向きを変えたり声の調子やトーンを変えたり。視線を上向きにしたり下向きにしたり。ろう者は自然とそれをこなしている。
その表し方のひとつがうなずき、である。
今日のご指導では、細かい表現のチェックとともに、どこでうなずきを入れたらよいか、言い換えればどこで登場人物ひとりひとりの役を演じるのかを示す意味でうなずきを入れることを教わった。
会話場面ではなく、ナレーターが語り終わった、原稿に従えば「~だった。」というその「。」のところでうなずくとよいのだという。
手話落語もそう。

日本手話が上達するポイントはほかにもいろいろあるのだが、このロールシフトをしっかり表せるようになろう。
まだまだ練習が必要だ。
きっとこれは手話落語を演じるときにも生きてくるだろう。

有意義なトークが続いた手話サークル。2011/09/07 23:27:29

いつものように手話サークル。
いやぁとても楽しくて、先週は納涼会が中止だったそうだけれど、そのぶんも取り返せたような気さえするほど楽しいひとときだった。
わたしが入っているのはコミュニケーションクラス。今日のお題は「料理」ということで、わたしが凝っているインド風カレーライスのつくり方を説明したり、ほかの人の得意料理を教えてもらったりと、有意義なトークが続いた。
終わりがけに『コスモス朗読会』のお誘いを記したチラシをお配りして、会の日時と場所をお知らせする。もちろん手話で。

ともあれ、どなたが来てくださるかわからない。来ないかもしれない。
けれど、一生懸命やろう。来てほしい方がいる。
神さまのために。その来てほしい人のために。みんなのために。

同時テロから10年2011/09/08 23:01:37

現地時間で。日本時間で今日、NFLのレギュラーシーズンが開幕する。
以前にもここで書いたように、今年2月の第46回スーパーボウル後、NFLは選手会側とオーナー側の労使紛争から、オーナー側がスタジアム、練習施設、球団事務所など選手やコーチがかかわる施設への選手の立ち入りを禁じる「ロックアウト」にはいって、7月25日に新しい労使協定を結んでようやく、136日間の「戦争」に終わりを告げた。そして8月いっぱいひらかれたプレシーズンゲームのあと、選手を絞るカット(解雇)になり、今日から開幕を迎える。

あのいまわしい同時テロから10年目がまもなくやってくる。
わたしがオークランドで開幕戦のマンデーナイトゲーム、対サンディエゴ・チャージャーズを観た日は、5年前の9月11日だった。あのときスタジアムを埋めたのは星条旗。テロに屈しないという意志がスタジアムを包んでいた。
だが、渡米を重ねるにつれて、空港でのセキュリティーチェックなど、まるで犯罪者でもあるかのように検査を受けさせられて、後ろに並んでいたカナダ人の年配女性と目くばせしながらため息をついた。そんなにしてまで、外国から来る人間を監視ししなくてはならないのか。以前のような、寛容さがなくなったのか。

10年のあいだにイラク戦争がありアフガニスタン派兵があり、大統領が代わった。
そしてアメリカ自身も大きな代償を払っている。さきに書いた空港でのセキュリティーチェックなどに対する批判はそのひとつだろう。

フットボールが好きだ。そしてアメリカという国も。そこに住んでいる人にも魅力を感じる。
今年はあきらめたけれど、またNFLを観戦に行きたい。
そのときはもっと笑顔で迎えてほしいし、わたしももっとASLがうまくなっていたい。

偶然によってわたしがいま、ここにいる2011/09/09 19:26:46

先月の協会の集会で平和を考える集会があった。ここで「第2次世界大戦も含めた、過去にあったできごとについてご健在の方から話を聞くことが大事だ」と書いた。
書いていて、ふと思った。わたしの何世代も前の人はどういう人だったのだろう、何をしていたのだろう。商人だったとかいう話はきいたことがある。

豊かな財産を持っていたとか、歴史に名が残っているとかいう人は一人もいない、ごく普通に、生きてきたようだ。

そんな、家系図などをみていくなかでふと感じる。
わたしの前に何世代もの人がいて、その人たちが出会って、愛しあってつながってきていまの自分がいるんだ、誰かがいなかったらいまの自分はいない。つまりは偶然によってわたしがいま、ここに生かされていると。さらにはわたしがこれからも生きていくということをいいかげんにしたり適当なものにしたりはできない、ということだ。

顔をあわせたことも見たこともない人たちの営みの延長にわたしがいて、できたらわたしも次の世代へ何かをつないでいきたい。同じようにわたしの周りにいる人々、人それぞれにも同じように「つないできたいのち」があってそれらがかけがえのないものなのだ。
そう思うと同じ、この星に生きているすべてのいのちが何よりもいとおしく思える。

遠い過去を思いながら2011/09/10 22:25:52

一週間後の舞台が迫ってきた。

今日、用事を済ませてから、今回の朗読の舞台となる深川へ足を伸ばしてきた。
江戸時代のころとは区画も街並みもガラッと変わって面影さえない。もし鬼平がいまの深川をみたらたぶん仰天するだろう。

歩いていてなにげなく後ろを振り返ったら、物語クライマックス、亀吉がさらし者にされている場で遠くからじっと見つめている、真の放火犯である安兵衛が、鬼平らに見つかり、逃げようとして捕えられた福島橋だった。
そこから、亀吉がさらし者にされている蕎麦屋があったあたりは埋め立てられているけれど、当時の地図と突き合わせるとそんなに離れていない。入り組んだ路地を走っても3分とかからない。

もはや江戸は遠い過去の話。
だが鬼平がたしかにそこに生きていたのだ。

遠い過去を思いながら、一週間後の舞台では鬼平らをしのびながら演じるつもりだ。