10年後の自分と未来に期待していたい2011/08/01 23:46:15

考えさせられる広告
昨日の全国紙をひらいて、「おやっ」と思った方がいらっしゃらないだろうか。見開き2ページ全部を使った、大きな広告である。

これは東芝のLED電球をテーマにした、2011年4月から2021年3月までのカレンダーをデザインしたものである。ただのカレンダーならいまは、100年後だとか23世紀だとか、わたしはもちろん生きていないころのものまである。
東芝の広告は、日付の代わりに、ある家庭がシルエットで描かれている。広告最下段には、こんな文がある。「9日目、彼女と出会う。237日目、犬を飼いはじめる。400日目、プロポーズする。438日目、結婚する。747日目、長男が生まれる」……。最後は「3653日目、LED電球を新しいLED電球に交換する」で終わり、2021年3月31日の日付には電球を交換するシルエットが描かれている。
つまり、2011年4月1日から、出会い、婚約、結婚、家族の誕生という出来事に合わせて、LED電球を交換していくというストーリーであり、LED電球は従来の電球より長寿命であることを訴えている。

同じ広告を、有楽町でみつけた。写真がそれである。

いろいろな広告があるけれど、この広告は10年間という時間の流れと電球、エネルギー問題をうまく結びつけているのだ。なかなか凝ったアイデアに誰もが、目をとめてしまうだろう。

さて。
その2021年。はたしてどんな世の中になっていて、わたしはどうなるのだろう。
少なくとも、いまよりももっと手話がうまくなっていたいし、家族もいてほしいと思う。
10年後の自分と未来に期待していたい。

なんだかおかしい2011/08/02 20:59:54

仕事が終わってから、今度の土曜日に講師先生に提出する、朗読の正原稿と自己紹介文をプリントし終えた。

昼の弁当に使った残りを朝食に、昼はその弁当、夜はどんぶり、と3食すべてうなぎにした。パワーがつくといいけどね。
ところが、外はそんなに暑くない。今日も30℃以下の気温で、うなぎを食するにはいささか拍子抜けすら感じた。汗をかきながら食するのがうなぎの魅力でもある。だのに、それほど熱さを感じないのはどういうことだ?!

昨晩日付が変わる直前に静岡で地震があり、今日も仕事中に揺れがあった。

セミはようやく、日曜日に姿をみた。いったいどうしたことだろう、気象も自然も、どこかおかしい。

雨が降ったりやんだり 歩行していてこわい目にもあうし2011/08/03 23:23:37

8月……。ミーンミーンとセミが鳴き、かき氷もとけるような暑さ……のはずが、まだ3日が過ぎただけだが、暑さを感じるほどではない。会社に着いて1階から職場デスクのある11階まで階段で歩くときに汗を流すだけで(階段を歩いていたらあたりまえだ)、それ以外はまったくといっていいくらいに暑くない。

今日の夕刊紙面に出ていた記事。
「ピスト」と呼ばれる、競技用自転車で公道を走り、摘発されるケースが増えているという。
ピストとは、軽量でファッション性が高い一方、スピードを出しやすいという。ブレーキがないか、あっても片方の車輪にしかついていないために、走り出すとペダルをこぐのをやめて速度を落とすしか、止める方法がない。このいわば競技用自転車を公道で走らせて死亡事故や大けがを負わせた事故が相次いでいるという。

何度も書いたけれど、ピスト以前に、マナーがないなあ悪いなあと思うことが多い。昨日も後ろから割り込んでくる自転車に遭遇したし、イヤホンをつけて音楽を聴きながらケータイでメールを読んでいる若い女性を見かけた。歩いているのならまあわからなくもないが、自転車に乗り、音楽を聴き、メールをやり、という3つの作業をしている。やっているほうはたいしたことではないと思うかもしれないが、同時に3つの作業をこなすなんて、普通できることではない。しかも道路は歩行者がいれば対向してくる自転車もいる。安全を考えられないのか、自分ひとりがよければそれでいいのか。

暑さが感じられない晩夏、大雨で冠水したり避難したりしている、韓国や新潟や福島の人たちはほんとうにたいへんな思いでいるだろう。
地球全体がどこかおかしいのか。いったいどうしたことだろうか。

信仰があるからえらいわけではない2011/08/04 23:40:44

米空軍、核ミサイル発射担当将校にキリスト教で聖戦教育
http://www.asahi.com/international/update/0803/TKY201108030650.html

わたしもクリスチャンだが、こういう記事を読むとなんともいえない暗く不愉快な気持ちにさせられる。
そして人間と宗教とはなにか? 宗教を信じているとはどういうことか? という疑問を抱かざるを得ない。だからといってクリスチャンであることをやめるとか教会から離れるとかいうことをまったく考えない。

「憲法の政教分離原則に違反する」というのが20年以上にわたって続けられてきた「「聖戦」論教育をやめる理由だそうだ。だがおかしい。なによりもこういった教育はしゅうきょうをゆがめている、ゆがんだ宗教の用い方であるといわざるを得ない。自分たちの戦争を正当化するために旧約・新約聖書の記述を多数引用するのは我田引水なんてものではなく、信仰や聖書をいわば軍隊という名で私物化しているようなものだ。

だが悲しいかな、人類史上、こういう例は枚挙にいとまがない。十字軍しかり、ブッシュ大統領親子のイラク政策しかり。息子のジョージは在任中、自分たちを十字軍と受け取れる発言をして中東はじめ国際社会から非難された。

信仰を持っているから自分たちが正しいのではなくて、あくまでも神さま、イエス・キリストがわたしたちを正しくあろうとしてくださる。だのにそれを取り違えているか勘違いしているか。
いずれにしても、信仰をもつということの意味をあらためて突きつけさせられた記事であった。信仰をもつから正しいのではない。あくまでも神さまが第一。人間は謙虚にならなければ。

一度しかないからこそ2011/08/05 23:56:27

明日と9月は朗読のレッスンがそれぞれ1回しかない。
ということは、みなさんと一緒に練習できるのも1回しかないということだ。

「エンディングノート」という題の新聞コラムを読んだ。
最近は自分の死が近づいたとき、死期が近いと告げられたとき、争議の段取りや流してほしい音楽などを書きとめておくノートが市販されているそうだ。それを「エンディングノート」というのだそうだ。

日本ではまだまだタブー視されているものが2つある。死と性だ。どちらも人間のこころと生き方のありようを示すというのに、学校でも家庭でも教えられたことが少ない。
「エンディングノート」が広がりつつあるということは、ようやく死をみつめることが広がってきたということなのだろう。

わたしがターミナルケアに関心を抱くようになったのは、自分がだんだん聴こえなくなっていく、人生のうえで能力が狭められていくという感じを抱いていたからだ。しかし、学び続けていくなかで、それはけっして重苦しいものでも忌まわしいものでも深刻になるものでもない。むしろその瞬間まで、一瞬を楽しむこと。できることに精いっぱい力を尽くすこと。その延長に「エンディングノート」があるのだ。

舞台も、いわば1回限りのもの。やり直しがきかない。だからこそ舞台に上がれば濃密な時間になる。たとえうまくいかなかったとしても、それまでの取り組みをいかに過ごしてきたかで決まる。

だからといって深刻になることはない。
楽しみ、明るく演じよう。

明日の朗読のレッスンも、とても楽しみにしている。

来年もみんなと会えるように、今日からの新しい日を大切に生きていかなくては。2011/08/06 22:20:12

8月と9月はそれぞれ、朗読のレッスンが1回しかない。お盆休みもあるし、舞台のプログラム全発表順を決めなくてはならないからだ。
今日のわたしは手話抜きで、つまり声だけで演じた。やっぱり手話つきのほうがすなおに物語の世界に入れるけれど、なければないでも十分演じきれる。今日の先生からのご講評では、登場人物2人の声色、つまり声で登場人物を表現し分けるということを言われた。今日のパートから少し先、来月やるくだりの初めまで読んでみて先生から「OK」といわれる。
今月から来月までどれだけ取り組んだかが、9月の本番に生きてくる。

夕方から小学校の同窓会に出席してきた。昨夏に続いて2度目である。普通は小学校なんて同窓会をやらないものだけど、先生から「こういう付き合いやつながりがとても大事なものだよ」と言葉をいただいた。
恩師は2人ともご健在。85歳と65歳でお元気である。昨年のわたしの舞台には今年85歳になる先生が遠方はるばる下北沢までおいでくださった。同級生、先生がたにそれぞれ今年の舞台案内はがきを差し上げ、昨年の舞台を収録した字幕つきDVDもお贈りした。今年も来て下さるととてもうれしい。
同窓会は昨年来られなかった方がいらっしゃるなど盛り上がった。わたしが聴こえないことを覚えてくださり、筆談であったけれど話が弾んで、楽しく会話ができた。あのころわたしをいじめたやつもいたけれど、いじめなんていうのはいまになってはどうでもいいこと。小学校より中学校のころがいやだねえ。
みんな会社や家庭でそれぞれ責任ある立場になってたいへんだと思う。だからこそ一時でも気持ちを明るく前向きになってほしいし、小学校時代にかえって楽しく交わりたい。こういうつながりを続けていくことが、お金では買えない貴重な宝になっていくのだよ。

カラオケではみんな、やっぱり昭和というか昔の歌ばかり歌っていたね。「待つわ」(あみん)「迷い道」(渡辺真知子)なんてもろ懐かしくて、ついつい手話に直してみた。あとで、それをみた同級生から手話についてきかれた。
わたしも「贈る言葉」(海援隊)「勝手にしやがれ」(沢田研二)「時代」(中島みゆき)をソロで歌ったし、女性に頼んで「微笑がえし」(キャンディーズ)をデュエットで歌った。しばらくして「ポニーテールとシュシュ」(AKB48)「恋のダンスビート」(モーニング娘。)を歌った人がいたけれど、へえ。これらの曲は初めて聴いた(笑)。しかたないでしょ、もうオジサンなんだから。

来年もみんなと会いたい。いや会えるように、今日からの新しい日を大切に生きていかなくては。

「稲むらの火」2011/08/07 22:48:04

結局同窓会は延々と続き、終わったのが今日の午前2時。とてもじゃないが自宅に帰る余裕がなく、ホテルに泊まってけさ、疲れたからだをひきずって教会へ足を運んだ。年々きつくなっていくねえ(笑)。

今日は教会の平和主日。つまり平和を考える日と題して、わたしを含めて3人の信徒がそれぞれの視点で平和について語るプログラムを礼拝後にもった。

いつも思うのだけれど、戦時中の食事としてふかしイモにおにぎり、タクアンや浅漬けを口にする。そのねらいはよくわかるし、大切なことと思うが、なにせ65年前と現在では食材の栄養値が格段に違う。あのころを生き抜いてきた方々にしてみたら、こんなうまいものはなかった、と言われるだろう。逆に子どもたち戦争を経験していない世代からすれば、コンビニに行けばいいじゃん、で終わる。もしコンビニがなかったら、という想像をはたらきかけても、たぶん子どもたちにはピンと来ない。会話がかみ合わないままの平和について語るという不完全な内容になってしまうおそれがある。

わたしはリヒャルト・ヴォン・ワイツゼッカー元西ドイツ連邦大統領の「荒れ野の40年」という岩波ブックレットの演説と、「アンネの日記」朗読取材のため2007年に訪れたドイツ・ドレスデンのフラウエンチャーチをテーマに和解とこころに刻む、そして若い人たちに語りかけるということを話した。

9月で震災から半年になる。
あの記憶をどう継承し語り伝えていくか。

そこで、朗読舞台の数日後に手話演劇をやる予定だが、東北地方に伝わるという「稲むらの火」を短くまとめてやろうかと提案した。
津波を知らせるために高台にあった稲に火をつけて知らせたという実話から来ている。

これも今月いっぱいかかる取り組みになるかもしれない。

まさに「熱闘」というにふさわしい2011/08/08 00:07:28

同窓会などで忙しかった週末。今日からまた仕事が始まる。
朝の電車内は暑く人ごみで混雑している。気温も上がってきつい。

仕事の合間に甲子園の中継を見たが、毎年ホントにあの暑さの中でみせてくれる高校野球は、まさに「熱闘」というにふさわしい。
同点で延長戦までみせてくれた学校があり、大差をつけられながらも最後まであきらめなかった学校もある。
なにかにひたむきになる、ということは人生で大きな経験になる。

百万長者と億万長者の争い2011/08/09 23:02:40

もう8月。日本が3位になったアメリカンフットボールのワールドカップから、今度はいよいよアメリカのプロ、NFLだ。
今年2月のスーパーボウルのあと、チームオーナー、つまり経営者と選手会の労使交渉が決裂してオーナー側はチーム施設、練習場から本拠スタジアムまですべての施設を封鎖して選手の立ち入りを禁じるロックアウトにはいった。その後も新人獲得会議であるドラフト会議はあったが、彼ら新人選手も含めた、選手とチームスタッフ、コーチの接触が禁止されたために、通常なら6月ごろから始まるミニキャンプや合同練習もできないまま有力選手が自主的に集まって練習を始め、先月末にようやくロックアウトが解除されて、新人からベテランまで全契約選手が集まったトレーニングキャンプが始まったばかりだ。

アメリカンフットボールという競技は他スポーツに比べて準備や練習に多くの時間を必要とする。試合を見ればわかるが、たとえばセンターからクオーターバックへのスナップ、股のあいだをくぐってボールを手渡すプレーや、クオーターバックからワイドレシーバーやランニングバックへのパスやボールの手渡し、さらには攻守ラインのブロックなど、正確かつち密な練習が必要だ。ただ単に股のあいだをくぐっている、簡単にパスを投げ受けている、セットした位置から相手選手をつかまえている、ようにみえるけれど、それらには気の遠くなるような練習量と反復の繰り返しが必要だ。さらには試合展開やパスプレー、ランニングプレーごとにどう攻め守るかという戦略を立てなくてはならない。これまた日本のイエローページ電話帳の数冊分ほど厚さのあるプレーブックといわれる本に書かれた戦略プランを頭にたたき込まなければならない。
そんなこんなで、ほんとうにわずか1カ月のキャンプで選手の能力を見極め、チームを作り上げていくことができるのか。来月からの公式シーズン開幕でプロとしてのベストな試合をすることができるのか、とても不安である。

だがアメリカという国はいったん危機に直面したときにはとんでもないまとまりを示す国でもある。
百万長者(選手会)と億万長者(オーナー会)の争いといわれた半年にわたる紛争でファンからの厳しい目線にさらされ、いまも景気減速などのなかで高額のチケットを買ってくれるファンのために、好プレーを見せてくれるにちがいない。

厳しい暑さが続く2011/08/10 23:35:57

猛暑が続き、今日も午後9時ごろまでのあいだ、30℃を超す気温だった。
久しぶりにネクタイを締めて会社へ行ってきたけれどさすがに上着はとても着る気にはなれない。

昨年熱中症で高齢の方を含めていのちを落とした方がたくさんでた。
今年もどうなることやら。
体調維持に気をつけることはもちろんだが、水分をこまめに取り、がまんせずにきついときには休むことも大事だ。