孤独な思いを味わってほしくない2011/01/23 23:33:21

わたしが籍を置いている千葉県浦安市の教会とは別に、東京都新宿区にある、ろう者に開かれているというエパタ教会の礼拝に足を運んでみた。

1948年から活動を続けたというこのエパタ教会。だが、いまはとてもたいへんな状況下にあるらしい。
なにより手話のできる牧師がいない。前任者は手話ができたそうだが、ご高齢のため牧師を隠退された。それにともないくしの歯が抜けるように、ろう者の信徒が教会を去っていったのだそうだ。いまは午後に少数の信徒や牧師が集まって細々と礼拝をまもっているだけ。

わたしは千葉県浦安市の教会はさておき、旅行などで訪れた教会では、礼拝説教のプリントをいただくことがなく、信徒の方との会話で聞こえずに孤独におかれたことがたくさんある。
エパタ教会は聞こえない人のためにひらかれたというが、日本の教会は、まだまだそういった取り組みにおいて遅れている。エパタ教会はなくなってはいけない教会のひとつだ。
わたしが味わったような孤独な思いを、ましてや訪れたときに礼拝説教やプリントをもらえず、会話もできない、というような思いを味わってほしくない。エパタ教会のような取り組みはなくしてはならない。わたしは一介の信徒であり、わたしごときに何ができるかわからないけれど、もしわたしにできることがあるのなら、お役に立てられたらと思う。

礼拝後に、近くの喫茶店で手話通訳の先生と合流。
この1週間の出来事や先週の「中途失聴者・難聴者のつどい」や、手話について、などいろいろな話題が尽きない。
とりあえず、今秋の舞台について『鬼平』の原作小説をコピーして後日差し上げることにする。
くどいようだが、決めたわけではない。じっくり時間をかけて検討していくとともに、必要なら手話通訳の先生と朗読の先生と、相談をしていかなければ。

明日はまた手話ソングダンスのワークショップだ。