盆踊り2010/08/01 21:47:21

休日の一日、昨日の疲れがあって礼拝から都内に移動して、喫茶店で舟をこいだりフットボールマガジンを読んだりしてすごす。
自宅に戻って昨日の後始末の残りをしてから、近くの公園から聞こえてくる盆踊りの音につられてフラフラ、公園へ足を延ばした。

子どもが少ない、少子化が進行している、とけさの新聞でも書いてあったけれど、どうしてどうして子どもがたくさんやってきていた。けれどもやはりわたしのころに比べると、大人や高齢者が多いね。
このさきこの国は子どもたちにとって過ごしやすい国になるのだろうか。

あ~夏休み♪2010/08/02 23:27:32

タイトルと関係ないけれど(笑)
といってもわたしの夏休みではない。
今日からまた、手話ソングダンスのワークショップに参加している。
課題曲はTUBEの「あ~夏休み」。今月は第2週、第3週がお休みで、4週と5週に集まって練習とグループに分かれてミニ発表会をすることになる。

夏の湘南を舞台に、灼熱の太陽と砂浜、花火、そして恋を歌ったこの曲は、聞いた話では浴衣を着て歌ったそうだ。まさかわたしたちがやるときにステージでも……? 提案してみようかな。たぶんブーイングが飛んでくるだろうけどね。

それは冗談としても、やっぱり夏といえば恋人と花火と砂浜だろう。
数年前に訪れた藤沢の海岸もきれいだったねえ。

なるほど。おもしろそうだね2010/08/03 22:08:41

髪を切ってさっぱりした。

このあいだの盆踊りのときに感じた、子どもが少なく高齢者が多いというありさま。少子高齢化という問題はひとごとではない。いつかは家族をもちたいという思いがあるからこそ、このままでいいのかなといろいろ考えさせられる。

足立区で111歳で存命とされていた男性が30年以上前に亡くなっていた。しかもミイラ化した遺体でみつかったという事件。所在不明だけではなく、年金などを不正に受給していたのではないかという疑いも生じている。
これらの事件を受けて100歳以上の年金受給者の現在の状況を把握するため、対面調査を行うという厚生労働省と、東京都各区が「お年寄りの所在を確認せよ」とやはり高齢者のいる家庭を訪問する取り組みを始めた。だが面会を拒否されたり民生委員や家族に委ねられたりするケースがあるそうだ。

お祝い品やお祝い金を出したり。きんさんぎんさん、泉重千代さんなどこれまでにも有名になった高齢者がたくさんいらっしゃる。
長生きすることは喜ばしいけれど、こういうニュースを聞くと、いったい何のために人は長生きするのだろう、と考え込んでしまう。

いま見ていたテレビ『妻が突然18歳!!』(BS日テレ)。韓国のテレビドラマだそうだが、手話が出てきた。もちろん日本の手話ではなく韓国語手話だ。へえ。日本では『星の金貨』以後はまたあまりドラマの中で手話を見ることがなくなった。どうして手話が出てくるのだろう。
この番組のサイト(http://www.bs4.jp/guide/drama/18_29/)には出てこないのだが別のサイト(http://blog.livedoor.jp/creampan20051/archives/152043.html)には、サンヨン(ボンマン)の弟。大学生。コンピュータ学科。耳が聞こえない、としてイ・サンウという人物が登場するとある。

以前手話通訳士の先生から教えていただいたのは、韓国や中国の手話の中に、日本の手話表現もしくはそれに近い表現があるということだ。つまり第2次世界大戦中の日本の侵略植民地化時代に日本からろう学校の先生が渡り、手話を教えていたのだ。その名残がいまでもあるのだ、という。
今日見た場面では「母」「見る」「きれい」の3つの単語が出てきたが、「きれい」だけ日本手話と異なっていた。ほおに人差し指をあてるのが韓国語の表現らしい。

いつ聴いてもわくわくさせる2010/08/04 23:01:01

mitch miller the gang and orchestra
おととい、ある新聞にこんな訃報の記事が出ていた。「ミッチ・ミラー死去」
やや遅れて昨日の全国各紙の夕刊にベタ記事ながらミッチ・ミラーさんが亡くなったという記事が掲載された。7月31日、ニューヨーク市内の病院で、老衰のためだという。99歳だった。

Mitch Miller (フルネームMitchel Williams Miller、1911年7月4日=アメリカ独立記念日、ニューヨーク州ロチェスター生まれ)というとわたしは「The Longest Day」(1962年『史上最大の作戦』)「The Great Escape March(1963年『大脱走』)」のほか、「いとしのクレメンタイン」で知られる「My Darling Clementine(1946年『荒野の決闘』)」を思い出す。もっとも有名なのは「The River Kwai March(1957年『戦場にかける橋』)」だろう。しかしわたしが持っている彼のCDではただの口笛しか演奏されていない。

ミッチ・ミラーの業績などは音楽評論家などがネット上や新聞、雑誌で論じたり書いたりするだろうからここでは触れないとして、しかしフォークソングやオールド・スタンダード曲、ポピュラー、映画音楽を家庭や合唱の中で広めたという功績はもっとたたえられるべきだ。ベタ記事で終わるようなものではないだろう。扱いが小さかったのがとても残念だ。

男声合唱とはいえ、いま聴いてもわくわくさせる。つい彼らと一緒に口ずさみ歌いたくなる。聞こえないわたしにとって苦痛だったのが合唱だ。けれども親しみやすいメロディーラインと、男らしさにあふれた歌声はこころゆくまで楽しめた。

いまは映画音楽でも、聴きたいという思いを抱かせる曲が少なくなったように感じられる。「Star Wars」「Superman」で知られるJohn Williamsさんくらいだろうか。でも彼がいなくなったらどうなるだろう。

ミッチ・ミラーさん、すばらしい合唱とすばらしい曲をありがとうございました。
神のみもとで安らかでありますように。

とても美しい2010/08/05 23:09:39

空に溶けたツリー
けさ起きて、何気なしに外に目をやる。
青空にスカイツリーが映えてとても美しい。

たったそれだけのことなんだけれど、気持ちよい一日のスタートを切った。

明日はどんな一日になるだろう。
期待している。

前にもおんなじことをやった。バカだね2010/08/06 23:10:01

仕事についてからずっと――なんだかおかしい。いや暑さのせいではないよ。目の見え方が左右で違う。右目がピントが合わないままなのに対して左目ははっきり見える。
おかしいなあおかしいなあ、と思いつつ夕方になって目をたしかめてみたら――なんとコンタクトを右目に2枚つけていた。これじゃみえるわけないよ、♪ア、ホレ、スイスイス~ダラダッタ ス~ダラダッタスイスイ スイスイス~ダッタ スイスイ……と。前にもおんなじことをやったっけ。バカだね、と自分を笑ってしまった。

夜は今月末にある手話サークルの納涼会でやる手話劇演目「つるの恩返し」をみていただいた。今月の日本手話教室の内容はこの手話劇だ。
以前に教えていただいたけれどもそのときは演劇ではなく日本手話を学ぶためだった。納涼会では演劇だから、いすとゆかに座るのと、場面を設定して、いすは娘が機織をする。ゆかに座るのはおじいさんとおばあさん、むすめの会話。場面を決めておくことから、とりくみ始めた。手話表現も細かく直したり変えたりしてみる。

ほかにもTUBEの「ああ 夏休み」を手話ソングで覚えなくてはならないし、もちろん来月の朗読舞台もある。
週末は集中してこれらに練習の時間をあてることにしたい。

ともあれ楽しんで一生懸命やりたい。

32年ぶりの同窓会2010/08/07 23:57:39

立秋。暦の上では秋だのに、めちゅくちゃ暑さが強く感じられる一日だった。
朗読舞台で使うつもりのユズリハの写真を撮影したいと思い、わたしは自宅前のバス停から、足立区綾瀬へ足を延ばした。

今日は足立区にあるわたしの卒業した小学校の、32年ぶりの同窓会が夕方からあった。中学校ならともかく小学校はふつうはやらないものだそうだけれど。
父の仕事の関係で3回小学校を変わっているわたしにとって、いまに至るまであまり友だちが少ない。聞こえないという障碍を別にしても、集団になじめない、なじんですぐに変わる、クラスに入って1年から2年で転校していった経験が、わたしにとって友人をほしがる求めるきもちを強くさせていったのだろう。たとえるならわたしの一方的な片思いかもしれないけれど。

いじめもあったしけんかもしたけれど、こころの傷になるほどのものではなかった。子ども同士だからということもあるし、振り返ってみれば憎しみなどを引きずってはいない。クラスメートから「もしかしたらおれもいじめたかもな。ゴメン」といわれたけれど「そんなのもう32年も前だろ、気にしていないよ」とかえした。
むしろ中学時代が強烈ないじめ体験ゆえに、同窓会を断る理由になっている。もちろん将来も断るつもりだ。

集まったのはわたしのクラスと隣のクラス、計20名ほどだ。恩師が小学校の近くにお住まいで、かつ同期の友人もまだ何人か小学校近辺に住んでいる、という幸運があった。
うれしかったのは筆談をしてくださったこと。みなさん不慣れなのに筆談してくださった。ほんとうにうれしい。
途中、話が聞こえないためにまわりに溶け込めず、ひとりぼっちになった(これをわたしはテレビの放送中断にひっかけて「ブラックアウト」と呼んでいる)けれど会が終わるまでの時間はあっというま。聞こえなくても十分楽しめた。やっぱり会話ができなかったのだけが心残り、でもいつも言うように、わたしではなくみなさんが楽しんでいただけたらそれで十分だと思っている。

わたしの一方的な、母校小学校への思い入れにもかかわらず、こんなにも集まって話をしてくださったこと。会話ができなかった人もいるけれど、今日の一日をわたしは、わたしの人生が終わるまでずっと忘れることはないだろう。
もしみんなが「またやりたいね」と言ってくれたら、ぜひまたやりたい。
また会おうね!

4つの楽しみ2010/08/08 23:17:12

お昼から江東区へ行ってくる。
いつも手話を教えてくださる先生がかかわっておられる、夜間中学校の卒業生らを中心とした集まりにわたしも初めて参加した。その集まりのイベントが来月5日にある。そこでわたしは手話朗読『鶴の恩返し』と手話ソング『見上げてごらん夜の星を』をやることになった。

手話朗読『鶴の恩返し』は、イベントの一週間前の今月末に手話サークルでひらかれる納涼会の出し物と基本的には同じだ。けれども納涼会では座ったり機織をしている場面でいすに座ったりと演じ分けるが、イベントでは9月25日のコスモス会朗読舞台『ゆずり葉』と同じように立ったまま声と手話で表現していく。
『見上げてごらん夜の星を』は自分で練習するときには、坂本九さんでもいいけれど、裕木奈江さんが歌ったバージョンのCDを使おうと決めている。裕木奈江さんのCDは彼女の歌声がとてもきれいだけれど、インストゥルメンタル、声のない音楽だけの部分も好きで、たまに聴いていた。

負担かもしれないけれどまったく苦には感じていない。
プロの俳優ではないわたしだけれど、見に来てくださるお客さんやみなさんに楽しんでもらい、ああよかったね楽しかったねと帰っていただく。それが表現者としての仕事だろう。
やる側ももちろんこころから楽しくやらなければ、どうしてお客さんに楽しさが伝わるだろう。

手話ソング『あ~夏休み』の練習ワークショップ、納涼会、江東区でのイベント手話朗読『鶴の恩返し』と手話ソング『見上げてごらん夜の星を』、そして9月25日のコスモス会朗読舞台『ゆずり葉』。

自分がこころから楽しみみなさんと何かを分かちあえる。
生きている喜びを伝える舞台をつくりあげたい。

明日もきっとなにかいいことがある2010/08/09 21:59:56

たまに朝早く起きて、テレビの占いのコーナーを見ることがある。
今日のわたしの星座からみた結果は「ラッキーカラーはグレー。年上からのプレッシャーは期待の現われだ」。
別に信じているわけではないけれど、といいつつグレーのネクタイを締めて仕事へ向かっていった。

とりたててたいしたことはなかったけれど、おとといにあった同窓会で忘れ物をしたのを取りに行って無事、みつかった。ついでに、スーパーでわたしの好きな米、ササニシキも手に入った。探してもみつからずあきらめていたところだっただけに、また料理に張り合いが出そうだ。

日々を生きる張り合いと励みにしたいとは思う。

前を向いて生きよう。明日もきっとなにかいいことがある、と信じて。

前を向いて2010/08/10 22:14:20

わたしも会員である難聴者協会のかたから、来月の『コスモス朗読会』のわたしの出演時間についての問い合わせをいただいた。これを書いている時点ではまだわからないが、おそらく今月第3土曜日の「朗読のレッスン」のときに発表があるかもしれない。

先日の小学校同窓会の集合写真が出来上がった。シャッターを押したのはわたし。写真には写っていないが、みなさんとてもきれいに写っている。笑顔がまぶしい。
今週中に写真をまとめて送る予定でいる。

同窓会が終わってからまもないが、自分の中で気持ちが、以前にも増してますますさらにおだやか、ゆったりしたものになってきた。
次回の同窓会があるかどうかわからないが、少なくとも今回集まってきてくれた友人を大切にしていきたい、とあらためて思った。

8月1日、NHKBS-1で放送された「BSベストスポーツ」で、普通はみることのできない、ロサンゼルス・ドジャースのロッカールーム内が放送された。
そのなかに、元ドジャース監督のトム・ラソーダさんとメジャーリーグ最初の黒人選手、故ジャッキー・ロビンソンの言葉が掲げられていた。
「物事を成し遂げようとするに必要なのは才能ではなく、やるかやらないかの紙一重の差だ」(トム・ラソーダ)
「他人に影響力を及ぼすことのない人生は生きている意味がない」(ジャッキー・ロビンソン)

この言葉をかみしめている。
自分のためではなく自分を宣伝するのでも売り込むのでもなく、しかし周囲になにかを与え残すことができる人生を。自分ではなく周りのために生きる人生を。
昨年の朗読舞台で演じた『塩狩峠』の底流に流れている、ヨハネ福音書12章24節「一粒の麦」の意味はそこにあるのではないか、と。そんな気がする。