疑問が解消してうれしい2010/04/07 23:18:46

昨日からまた気温が下がったからだろう。今日は終日ひどい疲れで体調が良くなかった。肩こりはもちろんのこと、ひざやくるぶしやすねまでもが痛い。仕事の合間もまるで肩に何十㌔もの鉛か鉄板が埋まりこんでいるかのような重さを感じた。

夜はいつものように手話学習へ。
前回教わった『ふしぎな馬』という民話を最後まで手話でやり通した。
前回のあとに疑問があり、手話通訳士に前もってメールで疑問点をお伝えしてあったのだが、今日教わってその疑問は解消された。

どういうことかというと、場所を絞って表す時の表現だ。
民話の出だしはこうだ。「昔々、群馬の沼田の老神のあたりに」。余談ながらこの民話は群馬県沼田地方に伝わるものらしい。そういえば昔、テレビのアニメ民話番組で見た記憶がある――。
群馬県沼田市老神と表すのだろうが、民話であり昔の話である。当然「市」などは存在しない。群馬の沼田地方の老神(地区)だろう。
2つ表す方法がある。
ひとつは上から下へ表していく。群馬、沼田、老神と順に表していき、最後に場所を示す。
もうひとつは「群馬」の手の幅を広げて表し、「沼田」を少し狭めて表し、「老神のあたり」は前と同じように。

場所を絞って表すのも、日本語対応手話と日本手話では異なる。対応手話なら群馬、沼田、老神をそのまま表していけばいいが、ろう者は文章通りではなくイメージで手話をつかんでいくから、範囲を狭めていくなら、上から下へ、あるいは大きさを手の動きで示していくのだろう。

今回学んだ民話は、実は秋の舞台の予行練習でもある。
ナレーションの場面とセリフの場面を使い分ける。ナレーションはからだを動かさない。反対にセリフの場面は登場人物を表すために左右にからだを向けるなどメリハリをつけていく。
秋の舞台でも同じようなことが求められるだろう。
まして声と手話を同時進行させていくのだから、声か手話かどちらか一方にだけ引きずられてはいけない。はっきりいって練習を何度も重ねていくしかない。

ともあれ、もともとパフォーマンスや演じることには興味がある。次回は『鶴の恩返し』を手話で教わることになった。