わたしではなく2009/08/11 21:54:00

けさ5時すぎ。
聴こえるわけはないのだけれど、妙な音がしたような気がして突然、目が覚めた。と思いきや、ゆっくり横に大きな揺れを感じた。5時7分過ぎのことである。
静岡県で震度6。東京は2日前と同じく震度4だった。

災害があちこちで続いている。
台湾では台風8号の影響で600人が生き埋めになったという。中国も万単位で避難する人々がでたという。

いったい地球はどうなってしまったのだろう。

今週末と今月末の納涼会で演じる手話ソングの練習を続けている。

発想の転換が必要だな、とふと思う。
自分が、ではなく、みんなを理解すること。
いまは自分を自分を、という時代だ。これは国家レベルでも起こりうる。
そうではなく、相手を理解すること。自分を理解してほしいと思ったなら相手を理解しなくては。

口で言うほど簡単でもなまやさしいことでもない。
けれど、そこから始めないといくらたっても解決の糸口さえみえてこない。

まずはわたしではなく、神さまが導いて下さる。
そのことを信じて生きていこう。

しばらくお預けだな2009/08/12 22:14:21

補聴器。
左はともかく右はもうほとんどだめになった。おそらく電池かスイッチの接触部が壊れたのだと思う。
運悪く、いまはお盆の時期で、補聴器を購入した販売店は休暇に入っている。
一応連絡はしておいたけれど、週明けまでは我慢するしかないだろうね。

やれやれ。

「お江戸旬カレー」2009/08/13 22:14:21

カレーショップ真寿舎のカツカレー
けさ8時前に、また地震があった。震度は2。先週の日曜日から一日おきに地震が起きている。今度は……?

さて。今年に入って、ひょっとしたら初めてかもしれない、カレーについての記事。

いま、東京都中央区観光協会では、同協会50周年記念事業として「お江戸旬カレー」というイベントを開いている。これは中央区内にある築地市場を中心に、旬の食材を生かすスパイスは何かをさぐったところ、スリランカの約30からなるスパイスを基にしたカレー。そのスパイスの中には鰹節に近い素材も含まれているという。
築地市場といえば魚で知られている。その両者を結びつけてはどうだろう、ということで和風に仕立てたカレーを基本形に、築地市場内とその近郊にある十数軒のお店がそれぞれにオリジナルの「お江戸旬カレー」を提供するというものだ。ただし、ルールがある。①共通のカレー粉②鰹節③旬の具材の3つを使う、というのだ。

そこで今日のランチを、隣の職場の方からお誘いをいただいてさっそく訪れてきた。お誘いくださいまして、ほんとうにありがとうございました! おじゃましたのは「カレーショップ真寿舎(ますや)」。

いすがたった4つしかないカウンターのお店は、2008年7月に開店したばかりだという。ご主人はそれまでは板橋区白山で薬膳料理店を開いていたのだそうだ。薬膳料理からカレーに変わられて、それまでの薬膳料理には手を出していないそう。「カレーにはカレーの世界がある」とおっしゃるけれど、スパイスも含めてカレーに応用できる部分があるのではないだろうか。

いただいたのはカツカレー(1000円)。
写真を見ればおわかりだとと思うが、野菜をふんだんに使っている。さらにカツも分厚く、衣もしっかり脂が乗っている。目に入ったとき、一瞬「食べきれるかな」と思ったけれど、意外や意外、野菜とカレーの味がうまくかみ合って、スプーンを運ぶこと運ぶこと。辛さは中辛程度だけれど物足りないとは思わない。あっというまに食べ終えてしまった。むしろこの量でこれだけおいしいのはちょっと思い出せないくらいだ。

鰹節とカレーと野菜。
この3つがうまくからみあっておいしいカレー。
築地市場やその近くにはほかにもまだまだおいしいカレーのお店がある。
ぜひ機会があったら訪れてほしいものだ。

http://www.chuo-kanko.or.jp/50th/opening/oedocurry.html
中央区観光協会ウェブサイト

カレーショップ真寿舎(ますや)  お店データ
中央区築地4-10-8
TEL/090-1996-9711
営業時間/6:00~14:00
定休日/日・祝日

神よ、わたしを変えてください2009/08/14 22:26:58

今回の『塩狩峠』で割愛した個所がいくつかある。
そのなかで、もしどうしてもやりたいと挙げるなら、三堀という人物を取り上げた個所かもしれない。

今回読むことにした、永野の鉄道事故場面の後、三堀という人物が回心してキリスト者になったというくだりがでてくる。
永野には長野政雄さんというモデルがいたけれど、わたしが読む個所の、ふじ子、吉川という人物と同様、三堀という登場人物には実はモデルがいない。だがあの時代のこと。キリスト教をヤソと呼ばわり扱い、嫌っていた人は多かった。そのなかで三堀も、尊敬しつつどこかで永野を軽べつしていたのかもしれない。そんな三堀が、間近であの事故を目撃して、真にキリスト者になった。事故に居合わせたかどうかはさておき、あの事故を通して100年もたったいまもなお、こころ動かされる人がいることを思えば、100年前に同じように突き動かされてキリストを信じる人がいたとしてもおかしくないだろう。

わたしはまだ、長野さんのようにはなれていないのかもしれない。洗礼こそ受けたけれど、まだまだほど遠いのかもしれない。
だが、三堀はガラッと変わっていった。三堀に変わろうという意志はあったかもしれないが、やはり変えてくださったのは神さまなのだと。

わたしも、宣伝だとか自己推薦だとかする必要はない。
ただ、まもなく7カ月になろうとする、手話つき朗読舞台『塩狩峠』と取り組みをとおして、神がわたしを変えて下さるのなら、と真剣に思い、祈る。

「シェー」と大げさな表現と2009/08/15 23:28:14

お盆休みの今日。
午前中から、昨年まで住んでいた江戸川区の難聴者、ろう者の仲間たち、さらに同区内のNPO、手話通訳協会の人たちとの交流会に参加してきた。

まずはじめに「三百六十五歩のマーチ」を一緒に学ぶ。
わたしがリードしてやってみる。やはり曲が早くてついていけないらしい。で、曲をかけるのはやめて手話だけにしてみた。時間が足りないようなので1番目だけに限ってみたが、みなさん楽しんでやってくださった。古い歌はたとえ曲がわからなくても、どこかで聞いたことがあるか知っているかみなさん親しんでくださる。こういう誰でも知っている古い曲を手話と運動を交えてやると、こころとからだによい刺激が伝わる。逆にいえばいまはやっている歌の中に、わたしたちが高齢者になったころ、手話と運動でやってみたいといえるものがどれだけあるだろうか。
休憩時間に、ある方から2番目3番目を教えてほしいと言われた。もっと時間があればよかったと思う。また別のある方からは手話がベテランだとおほめをいただいたけれど、まだまだである。もっともっと楽しく学びたい。

場を移して交流会へ。
「いまダイエット中なの」と、食事を少しだけにしていると言ったら「あなた、やせすぎよ」。ついで別のある女性から「それはイ・ヤ・ミ」ときついパンチをくらった。
遠くを見るような細い眼でしばし思考停止。「ねえねえ、これ、知っている?」と片方の手を上にあげてひじから手首を頭の上に横に置き、反対側の足をひざから曲げて足首まで伸ばす。「シェー!」。そう、赤塚不二夫さんの漫画に出てきたキャラクターのポーズである。
これをやったら、同世代とおぼしき女性たちが爆笑して、一緒に「シェー!」のポーズをとった。ウケたのは言うまでもない。うれしいねえ。こういうギャグを一緒に笑って楽しんでくれるなんて。古いアニメだとかマンガだとかの話まで弾んで、楽しい会話だったのはいうまでもない。

とまあバカバカしい話も出たのだけれど、難聴者とろう者の手話の違いについての話題も出た。
難聴者はそれまでに獲得してきた、声を出して表現する方法があるぶん、表現や表情に乏しい。反対にろう者は声を出せない代わりに何とかして伝えようとする気持ちが強いぶん、表情豊かである。
わたしはどちらかというと難聴者とろう者の中間のような立場である。
あえて誤解を恐れずにいえば、演じたり表現したりということが好きだ。
ゆえに、大きな身振り手振りもあっていいと思う。

朗読でも、事故場面の表現を、声と手話だけではなく、顔の表情も変化をつけて表わしてみよう。
聴こえない人にもろう者にも難聴者にも、聞こえる人にも、顔の表情で読み取ってもらえたら。逆にいえば顔の表情を豊かにすれば、手話や声の表現を豊かにひろげて、舞台もより深く伝わるのではないだろうか。

どう考えても違和感を隠せない2009/08/16 15:26:07

今日、礼拝へ行く途中、歩道橋でアブラゼミをみた。必死に動いているのだろうか、短い一生をひたむきに生きている(ような)セミに、思わずカメラを向けた。

近々ある映画が公開されるらしい。
幼少のころから「最強」という言葉にひかれて、カブトムシに勝てる昆虫は? というテーマにこだわり続けてきたという、ある作家がつくった『虫皇帝』という作品だ。
タガメやカブトムシ、クワガタなどの昆虫とオオムカデ、タランチュラ、スコーピオンなど、毒蟲とを戦わせるという内容だと聞く。それを目当てにしたのではないがある雑誌に写真が掲載されて、たまたま買ったときに掲載写真を見たのだ。

見て一瞬、違和感を隠せなかった。時間がたつにつれて、映画の意図や作者の狙いはわからないでもないけれど、いいのかなという疑問が生まれてきた。

昔、カマキリを飼育した経験がある。
えさにはもちろん生きたイナゴを与えた。イナゴの首をひねって切り離し、カマキリに与える。カマキリの体内を通っていくイナゴのからだが見えたとき、生と死をまざまざと実感したものだ。

古代ローマでは格闘技の一環としてライオンなどの猛獣と人が戦うショーや、戦士と呼ばれた、格闘技の技術を教え込まれた者同士が戦うショーが満員の観衆の前で繰り広げられた。キリスト教が迫害を受けていた当時、キリスト教徒も猛獣のえじきとされたと聖書にある。
コロセウムは当時、野天につくられた巨大な円形闘技場につけられた名称であるが、5万人を収容するという、いまのフットボールスタジアムとそん色ない闘技場では、奴隷や身分の低かった戦士たちが、皇帝や貴族たちの前で戦わされ、血を流していた。それをみるのが皇帝たちの娯楽であったという。

それとこれを一緒に同列に論じるのではないけれど、しかし違和感を隠せないのは、自然界でなら当たり前の弱肉強食、生き物同士の姿を、なんでわざわざアクリルケースに入れて人前で見せる必要があるのだろう。映画に登場する昆虫や毒蟲のなかにはインドネシアやアフリカ中西部などに生息しているものもある。カリブ海のクアドループ島、ドミニカ島に棲むものもいる。希少動物保護条約などに違反していないかもしれないが、そんなものをわざわざ見せる必要があるのだろうか。

人間の奥深い欲望。それも醜悪なものをみせられたような気がして、いくら「強いものへのあこがれ」をテーマにしたとしても、わたしはすなおに受け入れられない。
わたしははっきりいってこれを見たいとは思わない。

聖書の上にのせた補聴器2009/08/17 21:09:13

「スターキー」「オーティコン」。デジタル補聴器
お盆の休暇が明けてあちこちがまたいつものように喧噪や人ごみであふれかえるようになった。
わたしはというと久々に軽い頭痛とひどい肩こりに悩まされて、終日しんどいありさまだった。

朝メールをあけると補聴器販売店から着信あり。「持参していただくか送ってほしい」とのこと。すぐにでもこの状態から解放されたいので、すぐに、仕事が終わってからおうかがいします、と返事を送る。だがわたしの耳に合う代替品がすぐには手配できないらしい。4~6時間くらいした後に来てください、というご返事をいただいた。

写真は聖書の上にのせた愛用の補聴器と代替のもの。左が愛用のもので右は1週間あまりお借りすることになった、「スターキー」というアメリカのメーカーのものだ。いま使っているのは「オーティコン」という外国のものだが、スターキーも名前こそ知っているが使ったことはこれまでなかった。

デジタル補聴器は、フィッティングのための調整を何度もしなければならないのが面倒といえば面倒だが、パソコンに内蔵したソフトを使えば、調整はもちろん、遠隔操作で微妙な音の聞こえ具合もみてくれる。
とりあえず来週水曜日までにお借りするということで、ひと安心。
問題の壊れた補聴器も、ごく簡単な検査をしての推測だけれど、と前置きして「スイッチの接触不良だろう」とのこと。

ま、来月の舞台までに間に合えば、なんとかなると思う。

自然体でいられるそのひととき2009/08/18 23:02:06

お酒がまったくのめないわたしでも、難聴者やろう者の仲間たちの酒の場は断らない。むしろお互い聞こえない者同士だからこそ、気兼ねなくゆっくり楽しく話ができる。別に聴こえる人との会話を拒否しているわけではないが、ゆったり自然体に話せるという意味では、聴こえる人との会話はなかなか難しい。聞こえなくても聞こえたふりをして無理に相手に合わせたり、話の合間がつかめずに輪に入れなかったり。

手話を身につけて自然体でいられる。そのひとときが、わたしにとってはなにものにも代えがたい。

あと1カ月2009/08/19 20:48:28

朗読台本
日付の上では、舞台まであと1カ月に迫った。

今日、朗読の講師に、ストップウオッチで計った、おおよその演技時間をメールでお伝えした。だいたい9分20~30秒。BGMは5分44秒なので、朗読を始めてから3分くらいたったところで曲をかければよいだろうか。

わたしの説明が悪かったため、先生は全体で15分と勘違いされたようだ。いくらなんでもそんなに時間をとるわけにはいかないし、そのつもりもない。「カットしては?」とご返事をいただいたけれど、カットすると全体の流れが悪くなり、原作やわたしの伝えたいメッセージが伝わらなくなる恐れがあるから、これ以上のカットは無理だ。
そう申し上げたところ、先生はこころよく了解してくださった。

10日ほど前に先生から「譜面台はいりますか?」とメールでお尋ねをいただいた。
わたしの舞台をみたことがおありの方はおわかりだろうが、手話を使うわたしは、楽譜の譜面台を横に置いている。だがほとんど譜面台に置かれた台本に目をやることはない。
まず台本をすべて覚える。暗記ではない。手話を交えるとどうしたわけか、台本を覚えやすいのだ。
今回も一応譜面台をお願いします、と先生にお伝えしたが、当日になって「譜面台はいりません」と切り出すかもしれない。

当日どうするかはいまから考える必要などない。
いまなすべきことは、まずしっかり台本を覚えることなのだ。

あと1カ月――。

もうこんな思いはこりごり2009/08/20 08:28:29

耳せん
おととい、何気なしに右耳に手をやると、耳たぶが切れて出血があった。一瞬ギョッとしたけれどなんのことはない。耳掃除をしすぎて真っ赤にはれた耳たぶから出血したのだ。
理由はそれだけではない。耳せんをしていて、耳せんに違和感があるときや耳あかがついているのではないかと気になると、補聴器を外して耳掃除に懸命になることがある。それがかえって耳を傷つけるのだ。

わたしは行ったことがないけれど、ちまたには耳掃除をしてくれるサービスのお店があるという。そういえばこのあいだ新橋だかどこだかを歩いていてそんな看板の前を通りかかった。1時間で2000円から4000円もするという。
確かに耳掃除はとても気持ちがいい。ついつい奥まで耳かきを入れてしまい、気がついたら粘膜に傷をつけたのだろう、耳かきの先に血がついていたこともある。余談だけれどDNAだけではなく耳あかで、祖先をたどることができる、という話を聞いたことがある。粘っこいものかかさかさしたものかで、日本にたどり着いた祖先がどこから来たか大別されるのだそうだ。ちなみにわたしは粘っこい。

耳掃除 週1回で十分
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/plus/20090817-OYT8T00183.htm?from=yoltop

ともあれ、昨日、診療所に行って簡単な治療と薬の投与をもらった。
ガーゼに塗る軟こう。2種類の薬を一日3回、5日間のむこと。
やれやれ。

医師によれば、耳掃除は一週間に1度やればいいのだそうだ。
ほんとうにこんな思いはもうこりごり。