安らかに信頼していることにこそ力がある2009/08/02 17:19:50

アウシュビッツに行ったときに、脱走した囚人の身代わりになって死んでいったカトリックのマクシミリアン・コルペ神父が収容されていた独房をみたことがある。
人間にはできないこと、想像もできないことだけれど、そういう足跡を残していった人がいた。その彼らを支えたのは何だったのだろう。

とまで書いて。
先月のある全国紙新聞夕刊に、2009年5月16日に帰天された、日本銀行総裁だった速水優さんを悼む記事が出ていた。
一面識もない方だけれど、クリスチャンとして知られた方だった。記事によると「国会に呼ばれると必ず、総裁室の奥の部屋で「恐れるな、わたしはあなたと共にいる」というイザヤ書(記事にはないけれど聖書を開くと41章10節にある)の言葉が書かれた掛け軸の前で祈ったという。
記事には「神が座標軸であり、人からどう思われるかは二の次」だったとある。

朗読台本でも使っているが、『塩狩峠』の事故場面で永野信夫(長野政雄さんをモデルにした)は、パニックに陥った乗客を前に、「みなさん、落ちついてください。汽車は必ず止まります」と、凛とした声で語った。台本では削ったが、長野さんが教会学校で語り鍛えた声だったという。
速水さんも読んだイザヤ書には「恐れるな」「信頼」という言葉がいくつもでてくる。台本を読み重ねていくうちにわたしのこころに、イザヤ書30章15節が浮かんだ。
こうある。「お前たちは、立ち帰って静かにしているならば、救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある」
どうなるかはさておきもしあの場面だったら、ほんとうに長野さんのように身を投げだせるだろうか、と。
このあいだ、手をつないでいるカップルを見てうらやましいとは思わなかったけれど、愛する人のために死を覚悟するって、ほんとうにできるだろうか。

1965年に日本基督教団の信徒向け雑誌「信徒の友」に小説を発表後、三浦綾子さんに対してもこの作品に対しても、いろいろな悪口ともとれる話もあったときく。当時はまだ事故から56年前後しかたっていない。ご存命の関係者や遺族もいらしたはずだ。いわく「単に凍ったデッキから滑って落ちただけだ」「重量があり速度もある客車を、からだで止められるわけがない」。
三浦さんは生前、こういった声に対してこう答えたそうだ。
「違うの、長野さんのそれまでの生き方を見て! あの遺書を見ればわかるでしょ。その瞬間、イエスさまの光を見たと思うの!」(中島啓幸 著『塩狩峠、愛と死の記録』 2007)

わたしは思う。
結局、人の死の瞬間に、それまでの生きざまなり生きてきた歩みが濃密に表れるのではないだろうか。
わたしはけっして立派でもすばらしいのでもないけれど、でも生きていく中で誰かを生涯かけて愛したい。誰かのためにいのちを惜しむことなく捨てる生でありたい。聞こえないからだだけれど手話と声で表現できるからだをいただいた。だからこそ何かを表現する舞台を続けていきたい。このふたつがわたしの望みであり夢である。
とするなら、いつかはわたしにもくる、この世での終わりの瞬間まで「神が座標軸であり、人からどう思われるかは二の次」、となるように生きていきたいと祈るしかないのだ。その歩みが、どういうかたちであらわれるかわからないけれど、わたしの死の瞬間に、濃密に表れるのではないだろうか。