「喜んで死んでいけるようになりたいですね」2009/08/01 01:28:51

昨日は朗読舞台の手話訳づくり、第4週目。
『塩狩峠』ハイライトでもある1909年2月28日にあった鉄道脱線事故場面と、ふじ子が信夫の言葉を思い返す回想場面①の手話づくりが内容だった。
事故場面はだいたいできているけれども、2回出てくる「恐怖」を「こわい」と「心配」と表す、機関車の「振動」を下から上へ少し上げる、「数秒」をひたいを時計に見立てて1、2、3と割って「終わる」と表すなど、細かい手直しを入れた。

「喜んで死んでいけるようになりたいですね」
ここを文章どおりにするなら「喜ぶ」「死ぬ」「願う」とするだろう。
けれどわたしは指で天を指し顔を上げる、つまり「仰ぎ見る」と訳してみた。
賛美歌にもある。「信じて仰ぎ見る はるかなふるさと 主の備えたまいし 永遠の住まいあり」(賛美歌21「信じて仰ぎ見る」)

うまく言えないかもしれないけれど、この『塩狩峠』手話舞台の取り組みを通して、キリストを信じる信仰や信仰理解がまたひとつ深まり、あらためてこころからキリストを信じると言える。
そして生きるということ死ぬということについて内省思索がうまれたようにも思う。
見ている人は見ているし、見ていない人は見ていない。
でもそのひとつひとつに一喜一憂するのではなく、かならず神さまはわたしを見ておられる。だから落ちついてゆったり、天を仰ぎ見つつ喜んで誰かのために生きたい。

終わってからいつものように場所を移して、居酒屋へ。
わたしはまったくのめないけれど、いろいろな話題の会話を交わせたのが楽しい。
居酒屋もそうだけれど、手話訳づくりをすすめるうえで、いろいろご意見をうかがったり自分の意見を出したり、コミュニケーションを交わすことがなによりも楽しいと感じる。自分からやりたいと言い出して「無理だ無謀だ」と言われながら3年目に入った、この手話つき舞台。
なんとしても成功させたい。
舞台に立つのはわたしだ。わたしがやるのだけれど、だがわたしのためではない。神さまのために、ついでわたしにとって大切な人のために、わたしのためは一番最後に。

また明日から練習を。