手話つきのほうが2009/07/01 23:29:58

早くも7月か。あと5カ月しかないんだねえ。

朗読の練習と並行して手話ソングの練習も続けている。ごっちゃになるかと思いきや、そんなことがない。あさっては7月最初の手話朗読のご指導をいただく。週末の土曜日は手話サークルで、納涼会に向けた手話ソングのレッスン。

しかし、朗読では、手話があるのとないのとでは、台本を覚えるのが違う。手話があると台本を覚えやすいと感じるのだ。なぜだろう。
たぶん、手話があることで、台本の内容や描かれている情景をイメージしやすいからだと思う。
台本だけだと、何度も何度も読み込めば覚えられるけれど、イメージしにくい。手話つきのほうがわたしには向いている。というか手話と声の両方で表すのが、わたしには、生き生きと自分らしく演じられる。

今回の「塩狩峠」は事故場面の前半と、後半には回想場面が続く。
感情と声のトーンを切り替えて、一本調子、ワンパターンにならないように、説得力を持たせること。たとえば信夫が車内の乗客を落ち着かせる場面。客車を止めようとする心理。婚約者のふじ子に語った聖書の言葉。
いずれも使い分ける必要がある。まるで自分が信夫になったかのように。

刺激がないとね2009/07/02 22:51:18

まず、日中から。

補聴器というやつは音を大きくして耳に入れる。
聴こえる人のほとんど、と言ってもいいくらいだけれど、補聴器をつければ完全に聞こえると思っているらしい。
実はそうではなく、体調、補聴器をつけている場面状況で、聞こえ具合がガラッと変わったり、よく聞こえなかったりする。
昔も今も基本的には同じだけれど、レストランだとか人が大勢集まるところは、あまり好きではない。なぜなら聴きたい音以上に騒音だとかやかましい音が四方八方からはいってくるからだ。

手話サークルだとか難聴者の集まりでは、手話というコミュニケーション手段を身につけてからは不特定多数の集まるところは苦にならない。なぜって手話で会話ができるからね。
けれど、本音を正直に言うと、手話ができない環境ではレストランなどでは苦痛にしか感じない。わたしの家族では、手話のできるのはわたしだけ。余談ながら教会に通っているクリスチャンもわたしだけである。
どこに行っても少数者の思いを感じさせられているわけで、できたら手話のできる場にいるとそれだけで、ホッとするのだ。

ところが職場ではそうはいかない。手話でのコミュニケーションではない。騒音があってきついのだ。
まわりの聞こえる人にとってはなんでもない、あたりまえの音なのだろうが、補聴器をつけているぶん、よけいにうるさく感じてしまい、耳に入る音量や刺激がありすぎて眠気や苦痛を感じてしまう。

ここからさきが理解されにくい。まったくなにもない、つまり刺激がない状況でもかえって苦痛に感じるのだ。

つまり、ほどよい外部からの刺激と、コミュニケーションがあるかないかで、ずいぶん難聴者でもろう者でも、聞こえる人と一緒に過ごすことが楽しくなり、また苦痛にもなるのだ。

ホント、やっかい面倒だなとつくづく思う。

今日は夜に、2週間ぶりに卓球の練習をした。
フォアで打ってもらったボールをカットで返す。2週間前にもやったことだけれど、今晩あらためてやってみた。
カットはラケットの角度と腕の力に注意しないと、ロブになったり卓球台をはるかに超えてすっ飛んだりしてしまう。
実際のゲームでは、カットを使うことでたとえば相手のコントロールを崩したり乱したりすることができる一方、自分の打球のコントロールが難しいから、どこに行くかわからない。それと、カットを打つときは全力目いっぱいではなく、70~80%くらいに抑えたほうがいい。相手の打つ全力の球を、自分の力を抑えて相手の力を利用することでむだな体力やエネルギーを使わずにすむ。

あまりこういう技巧に走ったプレーは好みではないけれど、覚えればテクニックもプレーの幅も広がるだろう。

明日は朗読の手話表現を教えていただく。
明日が来れば今日は二度と帰ってこない。
後悔しないように。

難しい取り組みだけれど2009/07/03 23:35:06

夕方から、手話つき朗読の手話レッスンを受けた。
もう7月である。舞台まで実質2カ月あまりしかない。
このごろ言い聞かせていること。たった2カ月のあいだだけでも自分の人生、いのち、すべてをかけて取り組む強い意志なくして、どうして舞台に立つことができるだろう、と。

毎年やっていて思うのは、わたしのやろうとしていることはほんとうに難しい取り組みだということ。
手話だけ、声だけならこんなにも苦労したりあれこれ考えたりする必要はない。
聴こえる人にも、聴こえない人にも楽しめる、楽しんでもらえる舞台にしたい、ただそれだけである。
わたしの悪い癖である、手話表現のさい、からだが必要以上に動く。動いていいところとそうではなく動かなくていいところを分ける。無駄な動きを出さないこと。
声と手話を一緒に出すわけだから、声も、前に書いたようにしっかり表現を分けること。手話をゆっくりはっきり表すためには、声もやはり同じようにゆっくりはっきり出すこと。

終わってから手話通訳士の方と食事をした。
舞台以外のいろいろな思いや悩みなどをお話しして、少しこころが軽くなった。

あらためて自分に言い聞かせておきたい。
自分のためでも、自分の名誉を求めるためでもない。聴こえる人、聴こえない人に楽しんでもらえるために、そして生涯大事にしたいと思う人のために、わたしは舞台に立つ。自分のことは一番最後に。

朗読と手話の、とても有意義な日2009/07/04 23:10:20

朝から出かけてようやくいま、自宅へ帰ってきたばかり。ほっと一息、というところだ。

まず、映画『愛を読む人』を見る。プログラムパンフレットによればドイツでは教科書にまでなったほど有名な作品だという、Bernhard Schlink ベルンハルト・シュリンク作“The Reader”だ。
いろいろ思うこと感じたことがあるが、長くなるので、別の機会に譲ることにする。

午後からはいよいよ朗読舞台に向けた練習。
朗読の先生から、なぜ『塩狩峠』をやるのかなど、受講生のみなさんにご説明をしてくださった(らしい。って、聞こえなかったからね)。アクセントを直すようアドバイスをいただいたほか、三浦綾子さんの原文にはない、わたしが書いた前文について主人公、信夫の職業を補加筆してはどうか、とも。朗読仲間からのアドバイスを受けて、書いてみよう。

夜は手話サークルの勉強会。
いやあ楽しかった。ろう者の日本手話を読み取れたのが楽しい。

次いで終わりの15分ほどを、8月の納涼会に向けた手話ソング「三百六十五歩のマーチ」の練習。わたしの担当だ。
だが曲が速すぎると言われ、後日もっと単語や表現を削るなど、高齢者にもなじみやすいような工夫が必要かもしれない。

ともあれ、朗読と手話の、終生永久に取り組みたい世界で一日を送った、とても有意義な日。

204番「よろこびの日よ」2009/07/05 23:31:33

2週間ぶりに教会へ出る。

いやあ子どもたちが多いこと多いこと。教会員のお子さんから、初めてきた方のお子さんまで。
やはり子どもがいるといないとでは、ガラッと雰囲気も空気も違います。

今日の礼拝では、賛美歌21から、204番「よろこびの日よ」を最初に歌いました。

これまででも歌ったことがないわけではないので、知らない歌ではありませんでした。
しかし、今日はなぜかじっくり耳にしみたのです。
で、ドイツ民謡とあるではないですか。え? ドイツ?

音階を見ると ミ ファ ソで始まる、出だしの「よろこびの日よ 光の日よ」、2節目の「慰めの日よ 憩いの日よ」と、ミ ファ ソ シ ラ ファ ラ ソ と、同じ音階が2節続きます。そしてシ~ド~ファと、高い音から低い音へ、また高い音へ転調していく。日本人にもなじみやすいメロディーではないでしょうか。いいやこれは、日本人の作だとばかり思っていたのです。

賛美歌204番のページの右上には「MENDEBRAS」とあり、曲はドイツ民謡だというのです。詞は0 day of rest gladnessが出だしで、作者はChristopher Wordsworth,1807~1885。19世紀の賛美歌なのですね。

へえ。

ドイツ民謡だというのでしたら、原曲を聴いてみたいなあと思ったのはいうまでもありません。

さらにわたしがひかれたのは、この歌詞ですね。
歓びの日――憩いの日。聖徒の前に伏してみ名をたたえる日よ、と礼拝で招き、賛美を歌う(1番)。光は闇に勝ち、主イエスはよみがえられた。聖霊は世にこられた。喜び満ちた朝だというのだ(2番)。現実は暗く戦争やたたかいがやまないけれど、憩いの日歓びの日は平和を伝える鐘が響きいのちの水がわきあふれ、わたしたちを清めて世をうるおしてくださるのだと(3番)。そしていつかはわたしもわたしたちも、天に帰る、それまで(現実は厳しいけれど)教会や礼拝だけではなく、いま生かされている「この世の幸を歌い続けよう」、父・子・聖霊のひとりの主イエス・キリストをこころも新たにたたえよう(4番)。

わたしもいつかは天に帰る。
そのとき、そこにわたしはいないけれども、葬式のときにはこの204番「よろこびの日よ」を歌ってほしいなあ。

もちろん今日の礼拝でも即興だけれど手話をつくってみた。

ついつい声が大きくなる2009/07/06 20:01:00

とても人のことを言えない、というのは誰にもあることだと思うけれど、もちろんわたしもその例外ではない。

ランチタイムに話をしていて、ついつい声が大きくなってしまった。
あとで職場に戻って「つい声が大きくなるんだよねえ」といったら隣の同僚が苦笑していた。

政治やスポーツの話題を食事のときにするのは、仮に気の置けない相手であってもやってはいけないのだけれど、どうしても昨今の社会や世相をみるにつけ、話題になってしまう。
で、わたしも熱中してスイッチがはいり、つい大きい声で話してしまったというわけだ。

そういえばこのあいだ世田谷区経堂にあるカレーレストランへ行くあいだの、たしか地下鉄千代田線だったか。筆談をしてくれる彼の話を読みながらふつうに声をあげたつもりが、ちょっと大きかったらしい。1メートル以上離れていた見知らぬ男性に聞こえたらしく、一瞬ギョッという顔をされた。

えてして難聴者はついつい声が大きくなってしまう。ふざけているのでもわざとやっているのでもない。聞こえないから、その裏返しに大きい声を出してしまう。

そんな難聴者同士のやりとりをみながら「聞こえる人には迷惑だろうなあ」と苦笑しつつわたしは、あえて声を出さないで手話だけで彼らと話すこともある。

でもやっぱり声が大きくなるんだよねえ。

ネコを被っているわけでは、ない。
でもちょっとしたきっかけで化けの皮がはがれる、そんなものか。

気にする余裕はない2009/07/07 23:55:16

今日は七夕。わたしの故郷北海道はひと月遅れの8月8日が七夕なのだが、東京は今日である。
みなさんはどんな願いを星にこめただろうか。
織姫と彦星は天空で出会えただろうか。

またここ数日に、春先にあった腹痛や背中の痛みがぶりかえしてきた。
けれどもそんなことを気にする余裕は、まったくない。

そんなことより舞台を成功させたい、しっかり台本と手話を覚えることに意識を集中させたい。

明日が来れば今日は二度と帰ってこないのだ。
大事な人に来てもらいたい。いい舞台と言われるかどうか、ではなくてどれだけ打ち込んだか力を尽くしたか、だ。しっかり台本と手話を覚えること。それが最初のステップだ。

顔に出るんだよねえ2009/07/08 23:43:47

仕事が終わってから東京都身体障害者福祉会館でひらかれた、東京都と中難協との懇談会に参加してきた。
知人も多く来ていたけれど、終わってすぐにわたしはあいさつもそこそこに会場を出て自宅へ帰った。

何かに熱中しているとき、とくに集中していたいとき、ほかの何を捨ててもほっぽり出してでも取り組まなければならないと思うとき、わたしはどうも顔の表情が厳しくなるらしい。
で、何か不満でもあるのかなどと、あるいは寄せ付けないように思われて誰からも声をかけてもらえない。

人間だから、どこか虫の居所が悪いようなときもないではないけれど、そんなときにわたしは今日のような、大勢が集まるところにはまず行かない。行ってもまず自分が楽しくないからね。

そうではなく、目の前にあることに集中したいから、厳しい顔つきをするだけのこと。

ま、わたしなぞを気にしているような人はいるわけないけれどね。

バイオリンもいいね2009/07/09 22:44:12

ドイツ・ザクセン州  聖フラウエン教会 礼拝堂
今日は卓球同好会の練習日だった。
いつも来るメンバーが所用のため休み。見学に来るはずの方がお見えにならなかった。待ち合わせ場所を決めればよかったなと反省。

でもひとりで黙々とサービスやスマッシュの練習をやって、メニュー終了。
誰も見ていないようでいてだれかがちゃんと見ている。
自分のためではなく誰かのために、いまという有限の時間を精いっぱい練習すること。それだけを言い聞かせていた。

練習の最中わたしはいつも、補聴器を外している。余計な音を入れたくないからだが代わりにある音楽が聞こえてきた、ような気がした。
バイオリンの音楽、ヨハン・セバスチャン・バッハだと思うけれど、無伴奏パルティータ第3番である。

昔高校時代に見たテレビ番組「COSMOS」で使われていた曲だ。
バッハだからかもしれないが、この曲を聴くと、ヨーロッパの大聖堂、たとえばフランスなどのカトリックの聖堂をイメージしてしまう。あるいはプロテスタントだけれど、おととし行ったドイツ・ドレスデンの聖フラウエン教会でもいい。
身の引き締まるような、厳かな気持ちになるのだ。

聖堂であれ教会であれ、朝夕にステンドグラスなり窓から日が差し込む。そのなかにひざをついて祈るとき、わたしはたったひとつのちっぽけな存在でしかないことに気づかされる。
その有限さを感じるからこそ、生きているいまを感謝し、できることしなければならないことに精いっぱい全力を尽くすこと。自分のためにではなく、他者のために生きたいと思うのだ。

疲れたけど2009/07/10 23:15:40

今日のランチタイム。蒸し暑い都内を地下鉄で移動して目的地へ行くあいだ、同僚から「やせたねえ」「ほほの筋肉がけいれんしているみたいだ」と言われた。
個人的にはもうちょっと落としたいくらいなのだけれど、まあ7カ月前までよりずっと体重が落ちているのはうれしい。

断わっておくけれどわたしは拒食症でもないし、ドラッグなどに頼っているわけでもない。
たしかにストレスがあるけれど、そしてそのストレスはいまに始まったものではなく、体重が落ちたと感じたその7カ月前からあることだ。

けれど、いまこうして朗読の練習だとかご指導をいただいていることが、いまあるストレスを、けっして後ろ向きではなく前向きなものとして受け止めていく力になっている。

人のこころや行動を自分はどうすることもできない。自分でできるのは、精いっぱい9月までの限られた時間のなかで、何度も繰り返し繰り返し練習を重ねることしかない。つまり自分でできることをやるしかない。

極端な、と思われるかもしれないが、『塩狩峠』に取り組むまえに取材のため、早朝の便に乗って今年2月に旭川を訪れてからずっと、生と死、その目的と意味について考えをめぐらし、それなりに感じる何かを得たような気がしている。

医学的には何でもないけれど、もしなにかのストレスがかかったとしても、それがわたしを強く支えているものであるならば、それは全くストレスも考えを思いめぐらすこともなく、何の目的もないまま生きているよりずっと、生き生きとしたものではないだろうか。