「ゆるす」というのは本当に難しい2009/01/12 15:12:49

自宅で過ごす一日。
掃除をしたりパソコン内に入れてあった、2008年中に書いたエッセーや朗読原稿や舞台資料などをCDに移して保存作業をしたりして過ごした。

成人の日。もう遠い昔の話だね。
わたしは式に招待されたけれど、はがきを破り捨てて参加しなかった。
いじめられていた経験が、式に出ることをためらわせていたのだろう。

でも月日がたっていまになると、同世代の仲間たちはどうしているかなと、ふと思うことがある。
当然家庭を持っているとか仕事でも出世しているとかいるだろうし、反対にまだ未婚や、仕事で悩んだり苦しんだりしている人もいるだろう。
風の便りで、わたしをいじめていたやつのひとりが交通事故で亡くなったと聞いた。彼は奥さんもいたらしい。家族を残してどんな思いだっただろうと思うと、いじめたやつでもなんだか悲しくなる。

聖書にあるけれど「ゆるす」というのは本当に難しい。
難しいからこそイエスさまがわたしたちのあいだにクッションとなっていてくださるのかもしれない。

ともあれ、いつかいじめたやつらとも笑って会える日が来るのだろうか。