人のこころに触れた旅2008/11/01 15:07:21

31日夜、サンフランシスコである。

この日朝4時30分に起きて5時30分にピアソン国際空港へ移動。空港内でアメリカへの入国手続きを済ませた。前回いやな思いをしているだけに今回も、と思ったのだが予想に反してあまり不快な思いはしなかった。「なんでアメリカへ来たのか。目的は?」と係官に聞かれて「フットボール観戦だ。オークランドへ行く」と言ったらにやりと笑ってくれたのがうれしい。

写真はそのピアソン空港内で撮影したものである。
写真左側に光の反射があるのがおわかりだろうか。
この写真を撮影するまえに、通路をへだてた反対側のわたしが乗るサンフランシスコ行きの便の待合室から、反対側のユナイテッド航空、ボストン行きの搭乗通路に、遠く朝焼けに浮かぶCNタワーがみえた。
ユナイテッドの女性係官に「あれ、CNタワーか?」ときくと「そうよ」。
思わずわたしは一眼レフカメラを取り出して、窓越しに望遠レンズで撮影してみたのだが、窓に反射する光が邪魔をしてきれいに撮れない。

さきほどの女性係官が「こっちへおいで」と手招きをする。気を利かせてくれたのだろう、なんと搭乗口へ続く通路へわたしを案内してくれたのだ。ここなら待合室の光も反射しないのできれいに撮れる。
もちろんボストン行きのチケットなど持っているはずがなく、普通ならまず入れないところだ。思いがけないことに、彼女のこころづかいがとてもうれしかった。

カナダは多様な人種の人がいて、いろいろな人が住んでいる。たしかに多様性は、勝手気ままという側面もあるかもしれないが、だからといって悪い人と決めつけるのもどうだろう。

旅をしてみて、あたたかい人のこころに触れると、どんなにきついスケジュールであっても疲れなど吹っ飛んでしまう。
とてもいい思い出をありがとう。

初めての海外プレー2008/11/02 13:16:16

ホテルで。ジャージとラケット
11月1日。残すところ今年もカレンダーはあと一枚になった。
いまホテルで、ABC放送のテキサス工科大対テキサス大学、ESPNのオクラホマ大対ネブラスカ大を交互に見ている。金曜日は高校の、土曜日は大学の試合があり、そして日曜日と月曜夜に、プロの試合がある。12月まで大学の、翌年2月までプロの試合で盛り上がる、アメリカの秋から冬だ。オクラホマ大対ネブラスカ大は伝統の一戦のひとつだそうだが、1912年シーズンの対戦,55点を超す62点を挙げた。

今日は朝10時からサンフランシスコ市内にある、卓球場に行ってきた。7年ほど前から卓球をしているのだけれど、昨年、ヨーロッパで卓球が盛んな国、オランダとドイツを訪れたものの、卓球場が見つからず、オランダでラバーを張ったラケットを買ってきただけだった。せっかくラケットを持って行ったのにできなかった悔しさから、今年はどうだろう、とあたってみたのだが、スポーツ大国アメリカでは、卓球はどちらかというとマイナースポーツ扱いだ。

http://www.americantabletennis.com/
http://www.usatt.org/index.shtml

1933年につくられたUSATT、アメリカ卓球協会はコロラドスプリングスに本拠がある。8000人を超すメンバーと240を超すクラブが活動しているそうだ。ITTF(国際卓球連盟)傘下であり、USOC(アメリカオリンピック委員会)とともにIOC(国際オリンピック連盟)の活動にかかわっているという。
カレッジフットボールや高校フットボールほどのすそ野があるわけではないだろうが、それでも8000人と240のクラブというのはちょっと想像がつかない。

話を戻す。
わたしが訪れたのは、AMDTという卓球場だ。朝10時にタクシーで着いて、2時間くらいで切り上げようと思っていたのが、言葉に甘えてなんと、8時間も練習をさせてもらった。主に在米中国人が来ていた。
1968 Powell Street San Francisco, CA 94133。

初めて海外でプレー、練習ができたのはとても得難い体験だ。
印象的だったのは、子どもへのレッスン。
まず指を組んで手首への準備運動。首を回して柔軟体操。卓球台を回ってまず右回り。コーチが手をたたいて左回り。次に足をクロスさせて左右へのステップを覚える。子どもだからこそ、正しい腕やからだの動きを覚えるべきだと、フォーム指導をしっかりと行っていた。
球を打つ練習は、コーチが子どもの相手を務め、子どもが打ち損じたら次の子が相手をする、というように時間を使っていく。

しかし、こういうところをみてもさすが中国だ。在米とはいえ、卓球に力を入れているだけある。
このなかから将来の世界チャンピオンが生まれるのかもしれない。
すそ野の広さをあらためて感じさせられた、卓球練習である。

明日はいよいよ念願のNFL観戦とチームオフィシャルショップの訪問だ。

THE RAIDER IMAGE2008/11/03 01:36:36

試合観戦前に、サンフランシスコからBARTに乗ってオークランド空港・コロシアム駅で下車。マカフィーコロシアムを横目に、タクシーを拾って、かねてからいつかは行きたいと思っていたオークランド・レイダーズのオフィシャルショップに行ってきた。

あるわあるわ、日本では手に入らないようなウエアやグッズがたくさん。
しかし、ジャンパーやTシャツ、ベースボールキャップなどは実はアメリカ製ではなく、インドネシアやバングラディシュ、中国製などであるのだ。
アジアに住む人間として少々複雑な気持ちだ。

そんな気持ちを抱いたまま、チームのメディアガイドとチアガールのカレンダーを購入してきた。

負けるにしても2008/11/03 16:16:18

こちらは11月2日、日曜日の午後11時17分。

天候が心配だったオークランドは雨もなく時々曇りながら晴れ間が見えた。
試合観戦を終えて、途中昨日行った卓球場に行き90分ほど練習をさせてもらった。夕食をとってESPNやABCなどのスポーツニュース、NBCで全米に放送されたナイトゲーム、ニューイングランド・ペイトリオッツ対インディアナポリス・コルツの試合を見たりした、サンフランシスコ最後の夜。

さて今日のNFL第9週、ホームでの対アトランタ・ファルコンズ戦。

……。
はっきり言ってあきれてものがいえない。
プロフットボールの観戦経験は何度もあるけれど、こんなひどい試合を見たことがない。

NFLウェブサイトのゲームサマリーから拾い出してみると、

     1  2  3  4  
OAK 0  0  0  0
ATL 14  10  0  0

1点もとっていない。まさになすがままというかなすすべがなかったというか。

チーム別記録を見よう。
オークランドはランニングとパスの合計獲得ヤードが77(!)。反則と罰退ヤードが7回56ヤード。ボール所持時間つまり攻撃できた時間は14分55秒。ターンオーバーは2回。このなかにQB、ジャマーカス・ラッセルが犯した分も含まれる。オークランドの合計ランニングプレーは11回、平均6・1ヤード。
アトランタはランニングとパスの合計獲得ヤードが453(!)。以下それぞれ4回40ヤード。45分15秒。1回。合計ランニングプレーは57回、4・4ヤード。

アメリカンフットボールをご存じない方のためにごくごくさわりを紹介すると、4回の攻撃で10ヤード進めればまた攻撃権を得られる。パスでもランニングでも。
で、以上あげた記録から何が言えるかというと、オークランドは77ヤードしか獲得できず、攻撃できた時間もたった15分あまりしかなかった。
15分って、1クオーターの全時間なんだけど。たった1クオーター分の時間しか攻撃させてもらえなかった。4回の攻撃で10ヤード進めればまた攻撃権が得られるから、4回攻撃をして10ヤード進めてもらえるはずの次の攻撃権はほとんどもらえなかった。こんなありさまでは絶対に勝てっこない。反対にアトランタは圧倒的なまでに攻撃権を支配し、有利に試合を運んでいった。
何よりも象徴的なのはランニングとパスの合計獲得ヤードだけではなく、反則と罰退ヤード、さらにはランニングプレーだ。反則を7回もやって56ヤード、つまりフィールドのおよそ半分を罰退でアトランタに与えては、自分の首を自分で絞めるようなもの。もともとオークランドはそういう悪役というかダーティーなプレースタイルが長所でもあるのだけれど、プロだからこそやっていい反則とやってはいけない反則があるはずだ。
無駄な、やってはいけないプレーをしては、勝負にならない。
ランニングプレーもそうだ。オークランドは11回走らせて平均6・1ヤードだがアトランタは57回も走らせて平均4・4ヤード。ということはパスプレーも織り交ぜた広がりのある攻撃プレーができる。いったいぜんたい、試合までに何を準備していたのか、どういうプランなり意図で試合を進めるつもりだったのか、ヘッドコーチに聞いてみたいくらいだ。

トロントの試合は逃げ切れると思っていたのをひっくり返されたけれどまだ、プロの試合として見ごたえがあったし、チームも観客も、最後まであきらめずに見届けようという気になった。負けてもまだ納得いく。だが今日のようなひどい試合は、とてもプロの試合とは思えない。
何度もサイドラインを見て、ジャマーカス・ラッセルをあきらめて控えのアンドリュー・ウォルターに攻撃チームを指揮させては、と思ったものだ。昨年のドラフト1位選手だから、経験を積ませて育てたいのはわかるけれど、いまの状況ではそんな余裕はないはずだ。
ずるずる先発QBにこだわり続けてゲーム展開を読み切れなかった、オークランドのヘッドコーチ以下にも責任があるとわたしは思う。

旅は人生を豊かにしてくれる2008/11/04 22:26:29

サンフランシスコのホテルを朝5時に出発。タクシーに乗って38ドル。バンクーバー国際空港に朝9時30分着。2時間のトランジットで遅めの朝食と買い物を済ませる。バンクーバーは2年後の冬季オリンピックのグッズが早くも売り出されていた。12時30分発の成田行きエアカナダ001便で日本に着いた。

今回の2つの試合については……とくにオークランドについては、しばらく触れたくない。ただチームオーナーとヘッドコーチ以下スタッフに対して、そうとう批判が出ていることだけ書いておく。

やはり旅は人生を豊かにしてくれる。
トロントでもサンフランシスコでも見知らぬ人に道を尋ねて、いやな顔をされなかった。耳が聞こえないわたしが「すみません、書いてください」と言えば、地図に書いて教えてくれる。
食べ物、街並み、いずれも日本では見聞きすることのできない、知識と見聞を広げてくれる豊かなものばかり。もちろんちょっと道をそれると危なかったり汚かったりするところもあるけれど。

日本時間で水曜日には大統領選挙の結果が出る。
ちなみにサンフランシスコでも、オバマが優勢だと聞く。

写真は夜のトロント・CNタワー。

先駆者2008/11/05 23:58:34

帰国して最初の出勤日。夜に入ってちょっと疲れが出たかな。

さてアメリカに滞在しているあいだ、テレビはドラマや映画、NBAバスケットやNFLフットボール、NCAAカレッジフットボールなどの試合中継や試合速報のほかは、アメリカ大統領選挙の話題が多かった。サンフランシスコで、オークランドへ移動する直前、BARTに乗る前に、なにやらビルの前で警官がビルに入る人物に荷物検査をしていたのだが、民主党の集会があったためだとわかった。

そのアメリカ大統領選挙は、民主党のバラク・オバマ候補が圧倒的な差で、共和党のジョン・マケイン候補を破り、アフリカンアメリカンとして初の、アメリカ大統領に就任することになった。連邦上院議員になってわずか3年、まだ47歳の若さである。国内政治はともかく外交については未知数の部分が多く、世界最強の軍事力を誇るアメリカ海・陸・空・海兵隊・宇宙軍の最高総司令官として、また世界に有形無形の影響を与える立場につくことへの、一抹の不安を感じる。だがアメリカは初めてのアフリカンアメリカンの大統領を選んだのだ。

よくも悪くも、「最初の」という言葉が付いてまわるとき、人はいろいろなことを言いたがる。批判も賛成も。
「最初の」というとき、メジャーリーグで初めてのアフリカンアメリカン選手、Jackie Robinsonがそのひとりだろう。1919年1月31日、ジョージア州カイロに生まれたJackie Robinsonは、アフリカンアメリカンだけのプロ野球リーグ、ニグロ・リーグ、Kansas City Monarchsでプレーした後、1946年、Brooklyn Dodgers傘下の3A、Montreal Royalsでプレーした。翌年の4月、Brooklyn DodgersのPresident、Branch Rickeyに声をかけられてBrooklyn Dodgersで初めてのアフリカンアメリカン選手としてデビュー。151試合出場。175安打、12ホームラン、リーグ首位の29盗塁、打率.297でナショナルリーグの新人王に選ばれた。以後、1956年まで10年間、メジャーリーグ、Brooklyn Dodgers一筋でプレーした。1962年、名誉の殿堂入り。1972年10月24日死去。

まだ今以上に人種差別の激しかった時代である。
そんなときに声をかけたBranch Rickeyの英断もさることながら、Jackie Robinsonに対して、選手としての能力以上に、差別に耐えられる精神力を備えていたということに目を向けたのが、大きな理由だっただろう。

先駆者というのはいつの時代も、たたかれ差別され、否定されるものなのかもしれない。そのなかで強い精神力と、負けない闘争心をもち、しかし表に出すことなく静かに黙々と、目指すべき目的に向かって取り組むのだろう。

時代は大きく変わり、いまやアフリカンアメリカンがプレーするのはあたりまえ。チーム監督になる人物もいる。ほかのスポーツでも、アメリカンフットボールでは先発クオーターバックにつくことも珍しくなくなった。アフリカンアメリカンだけの大学、Grambling Stateを卒業したDouglas Lee Williams(ルイジアナ州ザッカリー出身、1955年8月9日生まれ)は、1978年のNFLドラフトで1位(全体17位)でTampa Bay Buccaneers入りする。1987年のSuper Bowl MVP、Super Bowlで初めてのアフリカンアメリカンの先発QBとしてWashington Redskinsの一員として出場した。

だがまだまだ人種差別は残っている。
アメリカ滞在中も、アフリカンアメリカンが街角で物乞いをしている場面に出会ったことは何度もあったし、白人と比べれば平均年収や所得が低いという統計もある。NFLでもアフリカンアメリカンの選手が数多くいる一方でヘッドコーチやゼネラルマネジャーなどのチーム要職に就くことは少ない。NFL自体、affirmative action (アファーマティブ・アクション。積極的差別撤廃措置)といって積極的に少数者を登用するよう、各チームに働きかけているのだが。

バラク・オバマが選挙に勝てたのは、資金力もあったろうが、人種問題を前面に強く出さなかったということもあるといわれている。まるでジャッキー・ロビンソンのときと同じように、差別に耐えられる精神力を備えていたというなのだろうか。

ともあれこれからのアメリカは、真の意味で差別や貧困と向き合い、成熟していけるのかどうか。
全世界が注目している。

ジャッキー・ロビンソン公式サイト
http://www.jackierobinson.com/

ダグ・ウィリアムス
http://www.pro-football-reference.com/players/W/WillDo01.htm

久しぶりに2008/11/06 23:59:30

久しぶりに、日本で練習をした。ううん、ゆるいというか遅い球よりは速い球を打つのが好きだ。

とはいえゆるい球にも慣れたほうが、幅が広がろうというもの。
自分で限界を作らずに、できるだけこなせるように、自分のキャパシティーを広げてみよう。

イルミネーションの季節2008/11/07 23:23:57

仕事から都内へ用事を済ませるために移動する。
あるデパートの入口に、イルミネーションがともっていた。

もうそんな季節か。

フットボールゲーム写真2008/11/08 22:36:35

今日は休日。
午後から遅い食事を済ませたあとに、購入が遅れていたアメリカンフットボールの雑誌を手にする。

今回の試合観戦で、CDにおさめた写真がたくさんある。ホテル内や街角の写真も含めるとけっこうな量だ。フィルムではなくデジタルだから大量に撮影しても保存できるのはとてもいい。
いつかスタンドからではなく、フィールドレベルでフットボールを撮影したい。

踏まれても踏まれてもそのさきに2008/11/09 23:35:35

2週間ぶりの、日本での礼拝。
風邪ぎみで少々きつかったけれど、どうにか終えて帰ってきた。

いろんな思いがよぎるのだけれど、夏の終わりにあった朗読舞台から晩秋のカナダ・アメリカ旅行をへて、自分はどうありたいのかということを真剣に見つめなおしている。
加えて昨今の金融危機や社会不安など世相は、明るいものとはけっして言い難い。

けれどそこで一歩も歩みを止めてしまったら、これまでの積み重ねはなんだったのだろうと思う。

礼拝に出て聞こえない説教を聞きながら、自分は「一粒の麦」でありたいと。有名になんかならなくてもいい。踏まれても踏まれても、上に向かって伸びていく麦でいたい。

この地上に生をうけてここまでこられた。いいことも悪いこともたくさんあったけれど、そのさきに何かの喜び幸せがかならずあるのだ、と。

1989年の今日、ベルリンの壁が壊れた。
誰もがあり得ないと思っていた、東西を隔てたコンクリートの壁が壊れたのだ。そのとき東西のドイツの人たちがどれほど涙し抱き合ったことか。
バラク・オバマが大統領選挙に勝利したとき、アフリカンアメリカンも含めて歓喜の声がわきあがった。

理想かもしれないけれど、異なる人がわかりあい、抱き合える日がくることをわたしは信じる。