いまごろ気づいたの?2007/05/07 22:32:20

忘れることのできない出来事がいくつもあるなかで、阪神大震災はとりわけ強く記憶に残る出来事のひとつだ。

あのときは朝まで起きていて東京でも強い揺れを感じた。テレビをつけたら、広範囲に大きな被害が出ているとあり驚いた。
のちになって新聞記事でだったか、体験者の話からだったか忘れたが、地震直後に公衆電話の前に行列がたくさん並んでいたということを聞いた。

と書いたのは、こんな記事を読んでから。

公衆電話、20年で39万台に半減 災害時への懸念も
http://www.asahi.com/life/update/0504/TKY200705040165.html?ref=desktop

はっきり言って悪いけれど、「今ごろになって気づいたの?」というのがまず記事を読んでの感想だ。
自慢するつもりはないし、先見の明があるとも思わないが、たしか2001年だったか02年だったか、当時わたしが学んでいたエッセー教室で、公衆電話が減っているというテーマで書いたことがある。添削して下さった講師は「減っているという感じはしないが」とコメントを添えて下さったけれど、エッセーを書いた当時でも、よく行っていた駅前にあった公衆電話ボックスがなくなったのをはっきり覚えている。

携帯電話の普及が理由に挙げられているが、携帯電話があったところで、これとて万能ではない。
2年前、中難協の理事会に出席する直前に東京を地震が襲った。運悪く乗り合わせていた地下鉄が地震のためにストップしたまま、いつまでたっても動かない。案内アナウンスがきこえないわたしには、持っていた携帯電話しか連絡手段がない。そのうちに携帯電話の内蔵電池が切れ始めてしまった。隣にいた見知らぬ男性は予備に持っていた電池をつないで会話をしていた。予備電池があったからいいようなもの、なかったら彼だってどうしていただろう。

NTT東日本は「災害時には、避難所に特設電話を行き渡らせる。公衆電話網を維持するより、携帯電話やインターネットと補完しあう方が有効なはず」としている。

記事にはこうあるけれど、「有効なはず」ではいざというときはっきり言って困るし、使えなかったらどうするんだと疑問である。100円で10分間インターネットを使えるパソコンも民間業者によって設置、整備されているそうだが、コインがないときには何にもならない。公衆電話は非常時のさい、一般電話や携帯電話が規制されても優先的につながりやすいという側面がある。これをなくしては、いざというときに対応できない。

携帯があるから、パソコンがあるからと、安易に考えないでほしい。携帯もパソコンも電池がなくなったりつながらなかったりすれば何の意味もない。
なにより緊急時非常時の通信手段を確保することだ。記事にもあるように公的負担などの措置が必要ではないだろうか。