もう師走 早くも師走2006/12/01 00:49:20

あっというまに、というよりはもうそんな時期になったか、というのが率直な感想だ。
今年は実にいろいろなことがありすぎた。信じられないできごと、目を奪われるほどの悲惨なできごと。ハッピーだとか楽しいだとかいうより、重く苦しいできごとばかりだったような気がする。

しかし、それでも今日は過ぎ去り明日がやってくる。そしていつかはわたしもこの世を去っていく。
いつかきっと幸せになれる、いい日がかならず来る。

そう希望と確信を抱いて、この1カ月をよりよく生きよう。

希望は失望に終わることはない2006/12/03 22:34:05

とうとう師走に入った。いろいろなことがありすぎたこの1年。
いままでにも「いろいろなことがあった」と感じた年はあったけれども、今年2006年ほどまざまざと実感させる一年はなかったといっていいのではないだろうか。もう多くは繰り返すことはしないけれども、ひとつだけ今言えること。それは希望を決して失わないということだ。希望は失望に終わることはない、と聖書にある。

昨日は朗読と、夜には手話サークルの学習会。
朗読で与えられたパートを読んで、もっと工夫した読み方をしたら? とアドバイスをいただいた。いわく登場人物になりきって読む。それをうけてややオーバーに(後から考えたらまだこれでも足りないくらいだけれど)読んだら周りが爆笑。大ウケだった。
夜のサークルでは「かぐや姫」を手話で。これも朗読で経験したことを手がかりに、登場人物を演じきってみせた。

なんだかな。こういう演技の世界はとても好きな世界だ。だんだんはまりそうで、こわい。

また明日からの一週間を楽しもう。そう、かならず実現するのだから。

からだもこころも仕事も、ともに「好調」2006/12/05 22:22:59

就寝前に、携帯の、健康がテーマの、あるサイトにアクセスしてストレスチェックをしてみました。
結果はからだもこころも仕事も、ともに「好調」という結果です。シンジラレナイ!

今日仕事の合間、昼食を職場の仲間と昼食を一緒にしながら考え事をしていましたけれど、ポジティブな気持ちでいられました。

なんといったらいいかな。
まず自分を信じられるというか自分に対する信頼感を抱けるということでしょう。誰でもどんな人間でも、いいところと悪いところがある。その割合というか比率はさておき、少なくとも自分に対して「いいところがある」と信頼できるならば、これからさきどんな嵐があっても困難があっても、乗り越えられないことはないのだと思える。

いま嵐のまっただ中かもしれないけれど、やまない雨はないし明けない夜もない。
ちゃんと神さまは導いてくださるのだ。そう信じているから、ゆったりと自然体でいられる。

泥沼化したイラクを2006/12/07 23:38:25

11月にあった、アメリカの中間選挙で、ブッシュ大統領の共和党が負け、民主党が連邦議会で多数派になった。これを境に、イラク問題をどうするかということがあらためて議論になってきた。

事態はもうのっぴきならないところまで、はっきりいえば泥沼化していると言えるだろう。イスラム教内の宗派対立に加えて、国際テロ組織が入り込んだり、イラクの軍や警察の内部にも宗派対立があるなど、複雑極まりない。日に10人も20人も爆弾テロで死者が出る。最近の報道によれば、多数の人が集まるところに自爆攻撃をかけるだけではなく、なんと遺体に爆弾をしかけるのだという。家族がいるのではないかと、遺体を確かめに来た人たちを狙ったという。同じ不特定多数を狙ったテロでも、悪質さは段違いだ。

こういった事態を目の前にして、共和党と民主党の超党派でつくられた「イラク研究グループ」なるものがブッシュ大統領に「2008年前半で米軍の多数撤退は可能」「イラン、シリアなどといった周辺国との外交」といった提言を行った。これをふまえてアメリカ政府にもイラク問題を軍事面だけではなく多方面から取り組む必要に迫られるだろう。しかし一朝一夕で解決される即効薬などあるわけはなく、ましてブッシュは相変わらず「すべての提言に同意することはない」と、あくまでも自己の正当性に固執しているようだ。

クリスマスを目の前に、暗たんたる気持ちにかられるのは、わたしだけだろうか。
こんな、テロで何十人ものいのちが奪われるような状況は、はっきり言って普通ではない。いくらあの9月11日の同時多発テロがあったにせよ、当初イラク戦争の開戦理由とされていた「大量殺りく兵器」が見つからなかったのははっきりしているのだから、どう考えてもイラク戦争ははやるべき戦争ではなかった。一方的に乗り込んで人の国をめちゃくちゃにしたという意味で、61年前の日本占領とは異なる。あのころもけっしてよい時代とはいえなかったけれど、米兵のあいだに、日本に対する敬意は少なからずあったし、むちゃくちゃな占領ではなかった。しかし今のイラクについて国連のアナン事務総長が「独裁者がいてもまだましだった」と発言したのも無理はない。

ブッシュにせよ、政治のリーダーといわれる人たちに欠けているもの。
それは謙虚さではないだろうか。キリスト教は大事なことであるけれど、自分の信仰を自分の正しさと混同したり他宗教を見下したりするのは間違っている。はっきりいえば自分を神の位置にまで引き上げている。それは本当の信仰ではない。国防長官を更迭されたラムズフェルドも国連大使をやめることになったボルトンも、他者の意見に耳を傾けることはなかっただけではなく、それら異論を真っ向から否定し、切り捨てたという。

話をイラクに戻そう。
こんなひどい泥沼の状況にあって、希望を失わないでほしい。
しかしこんな状況で新しい年を迎えなければならない、彼らの苦しみに、胸がつぶれる思いだ。

携帯のない生活2006/12/09 23:56:48

わざと携帯をもたないで外に出ることがある。
なぜかというと、メールに振り回されたり、メールを期待したりしてしまうからだ。来るときは来るし来ないときは来ない。そんなものだろう。

地下鉄でも、みんな一斉に携帯を取り出してメールやゲームに熱中する。
持っているわたしがいうのもおかしな話だけれど、たまにおかしさを感じて笑ってしまう。

災害が起きたとき、携帯が通じなくなったりしたら、どうやってコミュニケーションをつくっていくのだろう。携帯のない生活が考えられないいま、ふととんでもない恐怖感に襲われる。

まだやっと6年しか経っていないというのに2006/12/11 23:57:34

街を歩いてイルミネーションをみると、もう今年も残り少ないなとつくづく感じさせられる。

しかしどうだろう。地球を宇宙から見る。
大都会や経済が発展、人口の集中しているところは宇宙からでも光がはっきりみえるという。ところがたとえば朝鮮半島をみると、韓国は光が見えるのに対して、北朝鮮は首都の平壌を除きほとんど光が見えないという。つまり人口密集地帯が少ないか、経済状況がよくないために、あえて夜間の電器を消しているか。

地球上がこんないびつなありさま。加えてエネルギーもいつまでこの生活のレベルを維持できるか。石油が枯渇すると言われたのは遠く30年前だ。技術の進歩に伴い、かつては採掘が難しいと言われたところでも採掘可能になったそうだが、それでも永久に石油が無尽蔵に出るわけではないだろう。

イラクのなかの少数民族、クルド民族の住む土地で、石油が採れるそうだ。
旧フセイン時代に弾圧を受けた彼らクルド民族は、フセインが倒れてようやく自立した生活を営むことができた。だが、石油が採れるとわかって、欧米企業からの取引交渉に取り組む一方、現イラク政府からも「勝手な石油採掘は許されない」と突き上げられているという。

ともあれ、人間の営みには利害がついて回るし、それゆえに憎しみや争いが絶えない。
21世紀もまだやっと6年しか経っていないというのに。

75歳になったとき2006/12/13 22:01:23

13日の新聞に、興味深い記事があった。

「北極の氷 2040年に消滅  米チーム発表 溶ける速度4倍に」

こういうことだ。
地球温暖化の影響で、2040年夏には北極海の氷がほとんど消えてしまうかもしれない。2040年の北極海の氷はグリーンランドとカナダの一部にしか残らないだろうというのだ。米国立大気研究センターなどのチームがアメリカ地球物理学連合の学会誌に発表したもので、北極海の氷が溶けた場合、大幅な海面上昇にはつながらないけれども、ホッキョクグマなどの生態系や漁業、北半球の気候にも影響がある可能性が指摘されている。

う~ん。
計算するとあと34年後。わたしは生きていればこの年に75歳を迎えるはずだ。

思い出すのは1999年から2000年にかけて、地球最後の日などと言われた「ノストラダムスの予言」ブーム。中学時代に信じていたけれど、いまはまったく思いもしない。初めてその予言を知ったのは小学生時代。21世紀なんて遠いさきのことだと思っていた。

34年後のことなんてわかるわけないだろ、と言いたいのだけれど、ところがお隣の中国でモータリゼーションが盛んになり、高級外車を購入する富裕層がいるそうだ。もちろん上海や北京などの都会と農村部では事情が異なる。上海でひらかれているF1上海グランプリも、チケットは一般庶民には手の届かない額だ。けれどもあれだけの人口がいる国だから、経済がよくなり生活レベルが上がっていけば、車を持ちたいという人がたくさんいてもおかしくない。

もし記事に書かれているように、二酸化炭素などの温室効果ガスが増え続けるとしたら、34年後は本当にとんでもない環境になっているかもしれない。

この数日前、イギリスの物理学者、スティーブン・ホーキンズ博士が、「人類は地球を捨てて他の星へ移住することを考えるべきだ」と提言し、しかし「そのための宇宙旅行の船を開発するにはまだ5万年かかる」とも言った。

今日もイラクでテロがあったと伝えられる。
こんな星では、移住どころではないだろう。

75歳になったとき、どんな思いでいることだろう。

一粒の麦が実を結んだ2006/12/15 23:47:13

今日の新聞朝刊に、アメリカの映画賞で最大の権威と歴史をもつといわれるアカデミー賞の前哨戦、第64回ゴールデングローブ賞の候補作品が発表された。そのなかで、アメリカ映画「バベル」に出演した、日本の女優、菊地凛子さんが助演女優賞候補に選ばれたとあった。

高村真理子さんはこの映画にもかかわっていたらしい。
「らしい」と書いたのは、いろいろな話をきくと、ろう者を演じるにあたって菊地さんに演技指導をしたのかどうかはわからないけれど、出演者に手話を指導したという話をきいたのだ。
この映画は2007年2月のアカデミー賞でも、候補入りの期待が寄せられており、先日のニューヨークの全米映画批評会議でも、菊地さんは新人女優賞を獲得したばかりだ。第64回ゴールデングローブ賞では、助演女優賞候補のほか、作品賞など7部門で候補入りしたという。共演はブラッド・ビッドほか。いまから公開が楽しみである。

大きな実を残してくださった、高村さんにあらためてこころからの感謝をおくりたい。

みつからなかったものが出てきた2006/12/17 23:16:31

アメリカ旅行からもう3カ月がたった。ナショナルフットボールリーグ、NFLのマンデーナイトフットボールを初観戦し、カナディアンフットボールリーグ、CFLを数年ぶりに観戦後に、トロントのチアガールと一緒にカメラに収まったことなど思い出が尽きない。
 
そのマンデーナイトフットボールを撮影したデジタルカメラのコンパクトフラッシュカードが、帰国したあとで一枚行方不明になっていた。計3枚を使い、うち2枚はCD-ROMに入れておいたが、残り1枚がみつからなかったため、あとでみつかったときに旅の全記録としてCDに入れようと、あえて2枚のカードにあるデータを消去せずに残しておいた。

たまたま昨日、今年最後の朗読のレッスンのあとで忘年会があり、デジタルカメラで撮影しようとしたときに、みつからなかった、例の一枚のコンパクトフラッシュカードが出てきた。今日あらためてカナダ・アメリカ旅行篇、手話サークルや教会、朗読の仲間たち、10月の朗読舞台でのわたしを撮影したものに分けてCD-ROMに入れた。

今年最後の朗読は、先生の講評で「演じるセンスがある」とおほめをいただいた。
新しい年はもっと本気で、演じるということについて取り組んでみたい。

視点を変えてみよう2006/12/19 21:00:06

学生時代からいまもなお、苦手な科目に数学がある。
なんでだろうねえ。どこでつまずいたのかなとたどっていくと、中学時代の因数分解や関数あたり、いやもっとさかのぼって小学生時代の、二等辺三角形の面積の計算あたりからだろうか。教わった公式と家庭で教わったそれとが結論は同じでも考え方に違いがあった。その違いを指摘したら頭ごなしだったか、否定されたような記憶がある。中学に入ってからはなおさら先生の教え方がまずかったのか、あまりいい教え方ではなかった。で、そうこうしているうちにおもしろくなくなってつまずいた、というわけ。

ところが、こんなにおもしろいものはないのだとあらためて感じたことがある。

「正12面体と正20面体とは、どちらの体積がより球に近いか」。
なんとなく正20面体ではないか、なぜなら面の数が多いぶん球体に近いから。そう漠然と思っていたら、違うのだという。実際は正12面体が球に近いのだ。

理由は、「頂点の数が多いほうが球に近い」ことにある。
正12面体の頂点は20個。逆に正20面体の頂点は12個。ゆえに正12面体のほうが球に近いのだ。

なるほど。面の数で考えるのではなくて頂点、ポイントで考えればいいのか。
ゴルフボールを思い出してみると、ディンプル、くぼみがあればあるほどよく飛ぶのだろうか。

ともあれ、ちょっとした視点を変えるだけで、ずいぶん数学がおもしろいものだと気づかされる。
こんな授業ならもっと聴きたいなと思うのだが。

数学の先生がたへ。もっと工夫した授業をしてほしいな。