ほんのわずかのことでずっと暮らしやすい生活ができる2006/07/30 22:00:48

 昨日浦安市内で開かれた納涼花火大会を見に、浦安市に住む知人の自宅に遅くまでおじゃました。帰ったのは日付が変わった今日。

 今どきあたりまえかもしれない。こんなことを言うことが時代遅れと言われるのも覚悟している。
 でも、どうしても違和感を隠せないのが、遅くまで子どもたちが起きていることだ。9時10時はあたりまえ。わたしが浦安市を出たときは11時をはるかに過ぎた時間だったが小学生の子ども連れをみた。

 年に一度の花火だもの。楽しみたいよ。
 それはよくわかる。しかし大人と子どもでは、睡眠時間や体力や、いろいろなところで違いがある。
 たまに深夜のコンビニでそれこそ幼児を連れた親をみるけれど、大人にはなんでもないようにみえて、コンビニ店内の光は刺激が強すぎ、かえって視覚だけにとどまらず、脳に与える影響が大きい。

 自宅から歩いて20分くらいのところに、朝5時までひらいているショップがある。
 さすがにそんな時間に子どもを連れた親はいないけれど、11時12時という時間に幼児を連れた親はよく見かける。
 子どもと大人では体力が違い、睡眠時間も同じとはいえない。脳が眠たいとサインをおくっているのにからだが起きたままでは、子どもにかかるストレスはかなり大きいのではないだろうか。

 いまは何でもある時代で便利だけれど、それは幸せな生活には必ずしもつながらない。むしろ大人が子どもを巻き込んでしまうことにもつながる。

 大人がほんのわずか、自分だけの欲望を抑えて、子どもに生活サイクルや生活時間を合わせることで、ずっとすごしやすい暮らしができるのではないだろうか。
 わたしはまだ結婚も子どももいないけれど、どうしても深夜に子どもを連れて歩く親を見ると、将来どうなってしまうのだろうと、親はもちろんのこと、その子どもの成長を心配してしまうのだ。