キャンプがはじまった2006/02/01 22:32:11

 日本のプロ野球の一年の始まりといってもいい、スプリングトレーニングキャンプが始まった。各クラブともユニホームを着ての練習が始まる。

 来月に開かれるWBC(World Baseball Classic)をはさんで日本、メジャーともシーズン開幕まで、さまざまな話題が伝えられることだろう。一軍あるいはメジャーのロースター(登録選手)向けてのサバイバルゲームでもある。

 つくづくプロアスリートはすごいと思う。たぐいまれな身体を生かして、とんでもないプレーを見せてくれる。メジャーを見に行ったのはカナダ・トロントが最初だが、試合開始前の打撃練習で、軽々とスタジアムの2階席3階席に打ち込むパワーを見せられて、ああこれはとんでもない世界だとただただ嘆息した。パワーだけではない。守備の球さばきでも、きっちり基本ができているから、腰や上体がぶれず正確な送球を見せる。体格の差はどうしようもないけれどやっていることつまり、野球の球を打ち投げ走るということに限れば同じだ。

 選手には過酷なそして生き残りをかけたサバイバルでもある、スプリングキャンプ。シーズンに入れば入ったでいろいろなプレッシャーと戦わなければならない。
 夢を売る商売である以上けがはつきもの。だがやはりけがなくシーズンを終えてほしいとも思わずにはいられない。

方言ブーム2006/02/02 23:34:51

 地方出身者にとって一番のよりどころはというとまず食べ物。次に郷土芸能や風俗文化、最後に方言ではないだろうか。方言も文化の一部だけど、同郷の人以外には通じなかったり意味が全く違ったりということがある。

 北海道弁を例にすると。
 「なまら」=とても 「だべや」=でしょう、ですよ 「しばれる」=厳しい寒さ

 東京で通じないというかイメージがしにくいのは「こわい」が挙げられる。
 こわいというと一般標準語としても文字通りこわいというわけだけれど、北海道では「気分が悪い」「具合が悪い」という意味になる。

 こうみると、日本という国はさまざまな文化がある国であり、ひとくくりにはできないものだなと実感する。

 昨日新宿で宮崎県のアンテナショップに入り地鶏肉を使ったカレーライスをいただいた。うまかったのはいうまでもない。聞くと宮崎市内には地鶏料理店があちこちにあるのだとか。へえ。こんど宮崎出身の人にきいてみよう。

 そうそう、北海道弁では「うまかっちゃん」というがほかの地方では「おいしい」という場合どういう言い方をするのだろう。

 若い人のあいだで方言がブームだという。
 田舎言葉というよりは知らない言葉を使うことで優越感やある種の知識を得たような気分になるのだろう。
 それはそれでいいと思う。文化から入っていってその土地を実際に訪れて生活してみるとまた新たな発見があるに違いない。
 一過性ではなく物珍しさでもなく、尊敬と親愛をもって方言に接してほしいと思う。

手話って楽しい!2006/02/03 23:57:03

 仕事が終わって、赤坂へ足を急いだ。先日の日刊スポーツに大島花子さんの記事があり、今日赤坂のライブハウスでひと足早いバレンタインコンサートの紹介をみて来た。

 わたしの誕生月と同じ11を店名にした「ノベンバー・イレブン」というお店は50人も入ればぎっしりだろうか。薄暗い店内に入り慣れない雰囲気、上は坂本九さんをリアルタイムで経験しただろうおばあちゃんから、下は学生とおぼしき若者まで。しかも耳が聞こえないのはわたしだけ。ややビミョーな違和感のなか、ライブコンサートの始まりを待った。

 茶色の衣装を着て現れた大島花子さんは、伸びやかな歌声とギター、エレクトロピアノでの演奏で聴衆をひきつける。MC(曲合間の語り)は聞き取りにくいけれど楽しそうな感じはよく伝わった。

 1部の最後の曲、イントロですぐに分かったのは「心の瞳」。
 まさかここで流れるとは思わずうれしかった。自然に手が動いて、手話で
一緒に合わせた。

 そのあと休憩時間に大島さんとお話をする機会を得て、難聴であること手話ソングに関心があること、など会話を交わした。わたしの手話をみて大島さんも不思議に思ったらしい。こんなtころで手話でおしゃべりができるとは。

 2部開始少しして「見上げてごらん夜の星を」。アンコールで「上を向いて歩こう」。ともに手を動かしたのはいうまでもない。ほかの曲も自然にからだ全体を動かしてリズムや手拍子をとって楽しめた。

 う~ん、やっぱり聴きに来てよかった。
 大島さんにも話したことだけれど、高校時代合唱コンクールで取り組んだのは「見上げてごらん夜の星を」。私たちのグループのレパートリーのひとつが「上を向いて歩こう」。そしてわたし個人で覚えたい持ち歌にしたい曲のひとつが「心の瞳」。
 まさか20年以上経って、坂本九さんのこれらの歌を手話でやるとは、夢にも思わなかった。出会いに感謝。

 いつかまた、大島さんのステージを見たい。

 心の瞳で君を見つめれば 愛すること
 それが どんなことだか わかりかけてきた

 こころで、あなたの歌を感じ、こころで豊かに感動して受け止める。
 手で歌い続けよう。わたしたちが感動し、楽しみ、豊かに生きていく、それがさらに周りに、喜びと感動を伝えることにつながる。

ようやく終わった!!!!2006/02/04 23:39:17

 うつ病との長い戦いが終わりを告げる日が訪れた。
 昨年末に薬をなくして体調がよかったのをきっかけに、一時投薬を中断することにしていたが今日、医師との面談で一時ではなく薬をやめることになった。大丈夫と医師もいままで見たことのない笑顔でこたえてくださった。

 しかし安心は禁物というわけで、もしなにかあったら来るようにとも言われた。

 1997年から8年、自覚のないときを含めると13年にわたる長い戦いだった。追いつめられたようなときもあったしもうだめだと思ったこともあった。
 それらもすべてひっくるめて、よかったのだと思いたい。

 うつ病の長い戦いが終わり、今度は手話ソングダンスや手話つき朗読などといった、自分の本来やりたかったことへの戦いが始まる。
 これはゴールはみえないけれども、誰かや競う相手はいるわけではない。競う必要もない。
 自分がこころから楽しんで笑顔でパフォーマンスをみせ、周りに感動を与えられるように。そのために自分も日々のこれからを楽しみ感動をこころにためていこう。
 その長い道のりを歩き続けていけば、きっとかならずたどり着ける。

 戦いはこれから始まったのだ。あせらずゆっくり歩いていこう

まったくもう!2006/02/05 23:25:24

 からだはともかく、こころは若い若いと思っていたつもりだが、今日はショックだった。
 というのは昼食をともにしていた相手から「しわだらけの顔だ」と。そして年齢以上に老けてみられたら困るから、とわたしに乳液クリームをすすめたのだ。

 たしかに鏡を見て目尻にしわがあるなぁと思っていたが、こうも言われるとどう言い返したらいいのか。
 アドバイスをしてくださるのはありがたいし、正直いって老けてみられるのはいやだから思い切って購入することにした。

 ああ、アンチエイジングとかなんとか世間ではいっているが、まさかわたしもこういうことになろうとは。トホホ。

スーパーボウル2006/02/06 23:05:38

 毎年1月末か2月初めになるとそわそわする。
 この時期はアメリカンフットボールのプロ王座決定戦、「スーパーボウル」の開催時期だからだ。

 今年2006年、つまり2005~06年シーズンのスーパーボウルは第40回記念大会。第1回がロサンゼルス。それから規模がだんだん大きくなり、単独のスポーツイベントとしては全世界に放送され、アメリカ国内だけでも40%の視聴率を集める番組になっている。スポーツ中継だから当然健康さが売り物。へんなわいせつものなどもってのほかというわけだ。

 第40回大会は10年ぶり6度目出場、ピッツバーグ・スティラーズ対シアトル・シーホークス。わたしと同年齢のファンにとってはピッツバーグに対する思い入れがあるだろう。黒と金のヘルメットに見覚えがある人は多いだろう。

 シアトルも長い間の不遇から一転したかのように強くなり、初めてのスーパーボウル出場。バスケットボールNBAスーパーソニックス、メジャーリーグMLBマリナーズとプロスポーツがありながらフットボールはいまひとつだっただけに、街の思い入れも今回は大きいと聞く。

 試合については、TDの応酬だとか逆に一方的な展開だとかいった、興ざめするような内容にならず、むしろオフェンス対ディフェンスの力比べという、
フットボール本来の魅力がでたように思う。21-10という最終スコアから地味なようにみえるだろうけど、玄人ごのみのいい試合だったのではないだろうか。

 これであとはオールスターゲーム、プロボウルを残すだけ。半年以上の長いオフが始まる。
 
 さて2006~07シーズンはどうなるだろう。わがオークランドの奮起を期待したい。

 第40回スーパーボウル SUPER BOWL XL
   ミシガン州デトロイト、フォード・フィールド
FORD FIELD Detroit, Michigan

  ピッツバーグ・スティーラーズ21-10シアトル・シーホークス
  Pittsburgh STEELERS Seattle SEAHAWKS

寒いというけれど2006/02/07 23:55:54

 寒いというけれどそんなに寒さは感じないな。
 北国育ちだからだろうか。

 冬のビル群を見上げたり、高層ビル内の高層フロアにあるレストランから外を見ると、まるで別世界のような光景だ。

 航空機の衝突を防ぐための赤いランプが点滅しているビルの数々。
 
 しかし、もし災害が起きたらただではすまないだろうな、とふと考えてしまう。

 無機質なビルを見ながら、無事な生活をおくることのできる幸せを思った
冬の夜。

地下鉄車内で2006/02/08 23:53:52

 前にホテルの偽造改築について書いたとき、やさしさを欠いたままで何のおもてなしだろうと書いた。
 いつも利用する地下鉄は満員でぎっしり混んでいるのだけど、女性やお年寄りにはたいへんだろう。
 今日、朝の通勤中席が空いたところへ、女性が席を求めてきた。
 よく見るとおなかがふくらんでいる。

 妊娠中の女性にしてみたら譲ってほしいというのは当然の気持ちなんだけど男性から見ると分かりにくいだけではなくどう対処したらいいのか、迷うこともある。
 わたしははいている靴などをみて判断してから、さらにさりげなく「大丈夫?」ときいてから席を譲るようにしている。見ず知らずの人間に聞かれることほど苦痛はないから、さりげなく、が大事なこと。

 同じことでいえば難聴者であるわたしもときとして、スーツにつけている耳バッジなどをみて「難聴ですか?」と聞かれることがある。
 隠すことではないし、補聴器を見れば聞こえないことくらいは分かるだろうから、遠慮なく聞いてほしいとわたしについては思う。
 
 見た目だけでは分かりにくいからだであったり、困っているのかどうか判断に迷ったり、弱者とどうかかわったらいいのか。線引きが難しい。
 しかし、自分だったらどうしてほしいか。そういう想像力は誰しももてるだろう。
 想像力を欠いた福祉はほんとうのやさしさではない。

はまってしまった2006/02/09 23:37:59

わたしがASLを学んでいるというと周りからよく聞かれたり言われたりする。「日常会話で使うことがない、アメリカ人と会話することはないのになんで?」

もう5年くらい前だろうか、アメリカを取材旅行でギャローデット大学とという、全米でも2つしかない難聴者・ろう者だけの大学のひとつを訪れたとき、自分の名前を日本語の手話とアメリカ手話でどう表すのかときかれて、とっさに答えられなかったことがいまだに悔しくて。それがASLを学ぼうと思ったきっかけだった。

日常会話の英会話でさえプア、アヤシイレベルなのにねえ。
でもそんなことは関係ない。日本語の手話でも話し相手がいるいないは関係なく、表そう話そうという意志が大事だ。

大学時代に紹介された映画「愛は静けさの中に」で主演のマリー・マトリン(ろう者で初のアカデミー賞、オスカーを受賞した!)の手話をみていまは字幕付きでないと読み取れないのだけど、いつかはぺらぺらひらひらになりたい。
 自分でやっていこう、と古いフォークソングだとかわたしの好きな歌の英訳などを、ASLの単語帳と突き合わせながら学んでいる。
 
 すっかり手話の世界にはまってしまった、のだ。

不寛容の時代に2006/02/10 23:45:40

昨年、デンマークの新聞がイスラム教を題材に風刺画を掲載したのが発端で、シリアやインドネシアなどイスラム教国で暴動が起き、イスラム教国のデンマーク大使館が攻撃にあったりデンマーク製品をボイコットするなどの事態にまで発展した。

国際連合などが沈静化にあたっているけれど、ことは宗教がかかわることであり、ことに中東とヨーロッパという複雑な歴史から文化の対立にまで至っているこの事態は容易には解決できない。

報道によればデンマーク政府が中東からの移民制限を行っているため、今回の風刺画掲載も当初はデンマーク政府がイスラム教国からの抗議に消極的な姿勢だったのが事態をさらにややこしくさせてしまった。

もっとやっかいなのはフランスなどほかの欧州国でも問題の風刺画を掲載したことだ。火に油を注ぐことになり、へたをすると欧州対中東の図式でイスラム過激派がテロに走るかもしれない。

クリスチャンだけれど豚肉を食べるわたしは、イスラムについて詳しくは知らないけれど、もし身近にイスラムがいても批判も非難もしない。もし招かれたらマナーなどを教えてほしい、というだろう。

中東との複雑な歴史や戦争を体験していない日本にとって、キリスト教以上に難しく理解しがたいイスラム教だけれど、信じている宗教こそ違え、同じ人間だ。理解できないとしても、尊重くらいはできるだろう。少なくとも異なる宗教をもつ人に対する敬意がなければ、自分たちの信仰もまた空しい。

いまの時代をひとことでいうなら、不寛容というのがキーワードだろうか。

だからこそ世界のスポーツアスリートが集まる、トリノ五輪やワールドカップサッカーなど、競いつつもお互いを認め合うことが大事であろう。

不寛容の時代こそ、寛容さに真剣に取り組みたい。