「典子は、今」2006/01/20 00:01:58

 高校時代、もう20年以上前になるけれど、高校のあった町の公民館で上映されていたある映画をいまも覚えている。
 それはサリドマイド児に生まれた辻典子さんを描いた「典子は、今」という作品だった。
 記憶に残っているのは主役を演じたのが辻さんご本人だということ。サリドマイドのからだで車を運転し、マンドリンを弾いている。そのマンドリンで流れたのが、同名の曲だ。

  詞は、こうだ。

      こころに 夢を抱いて たどった旅路に
      あなたと出会った 浜辺の広さよ
      誰かが 訪ねていた 明日の世界は
      ひとり ひとりがもつ あこがれの始まり

      友だち 愛のかたち 幸せ ひとりひとり
      たがいに 手をさしのべ 明日を 語り合おう

      いつかはやってくる みんなのこころに
      涙と悲しみが 歯をくいしばって
      それでも 信じるのは 明日の自分だ
      ひとりぼっちじゃない 青空がひらけると

      友だち 愛のかたち 幸せ ひとりひとり
      たがいに 手をさしのべ 明日を 語り合おう

 調べてみたらこの映画が公開されたのは1981年。
 松山善三さんの監督、この歌も詞をお書きになっていらっしゃる。作曲は森岡賢一郎さん。歌ったのはフォーク歌手の三上寛さんだ。

 映画のパンフレットについていたギターコードを必死になって覚えてギターで弾いてみたけれど、三上さんのような声が出せるわけもなく、とても難しいなあと感じたのだった。
 
 時は流れて。
 手話ソングダンスにひかれて手話による芸術、サインダンスを生涯続けたいと思っている。
 昨日卓球の帰りにふと、なにげないきっかけでこの「典子は、今」を思い出した。曲としては短いけれど、とてもすばらしい詞だ。これを手話ソングダンスでできないだろうか。
 それだけではなく、この歌詞全体からも、1981年当時には気づかなかった、詞の持つ意味が伝わってくるのだ。

 手話も仕事も、生きることすべてがあこがれの始まりではないか。
 耳が不自由なこの身だけれど聞こえる聞こえないに関係なく、あこがれがあり生きる希望がある。それはすべての人に平等にあるものだ。
 わたしは手話で、やさしい手のひらで、語り歌いたい。

 そう思ったら、この曲をギターで弾くことはできなかったけれど、手のひらで歌いたい。みんなそれぞれ、いつかは青空があるんだよ、きっといいことがあるんだよ。そう歌いたい。

お金だけが人生だろうか2006/01/20 00:27:13

 昨日からテレビ・新聞をにぎわせている、ライブドア・ショック。
 今日はとうとうスポーツ新聞の一面を飾るまでになった。一面に株式市場の動きが出たスポーツ新聞は今日が初めてだろうか。
 
 たまに六本木ヒルズを歩くことがある。
 ああいうところも格差があるようで、社長や経営トップはプールバーつきの豪華な部屋に住んでいる一方、社員は末端になればなるほど、昼食は弁当などという生活だときく。

 企業活動であり経済は弱肉強食の世界でもあるから、そういう一面は否定できない。それが資本主義でもある。
 けれど、お金がすべてと言いたげな昨今の風潮はどうかしている、とかねてから思っていた。

 経済活動を否定するのではない。
 何のためにお金を得るのかという、本質的なところについて言いたいのだ。

 アメリカは日本以上にそういう格差が激しく、持てるものと持てない者の
差は信じられないくらい大きい。だが、たとえばスポーツの世界でも、功成り名を遂げた人ほど、社会の底辺にいる人たちへ慈善事業をするとか、資金援助をするとか、社会奉仕活動に熱心でもある。それは成功した者は社会に還元するべきだという考えが徹底しているためであり、その考えの根底にはキリスト教の「自分を愛するようにあなたの隣人も愛しなさい」という教えがある。

 なんだろうか。
 日本はお金もうけだけは熱心だけど、お金を得て、さあどうするのか、どうしていきたいのか、という考えなり理念なりが欠落していないだろうか。
 いくらでもお金を稼いで、たくさんあったとしても、残念ながらお金をそのまま、墓場に持っていくことはできない。誰もがいつかは死んでいくのだから。

 人はパンだけで生きることはできない。
 だからこそ、パンだけではない、もっと実のある人生を生きたいと思う。
 年を重ねていくにつれ、生きてきた姿ありのままが顔に出るのではないかと思うようになった。
 年をとるのはしかたないけれど、欲望に満たされたような貧しい顔にはなりたくないものだ。

一夜明けたら外は銀世界2006/01/21 16:25:41

 2006年が始まってまだ3週間にも満たないというのに、世界はどこかおかしい。ロシアでは寒波で100人以上が亡くなったというニュースがはいってきた一方、日本はというと「暖冬」と言っていたのがどこへいったか、東北は家屋を越すほどの大雪に見舞われ、雪下ろしや屋根から落ちた雪に埋もれていのちを落とす事故が相次いでいる。
 東京も例外ではないのか、今日は朝からえらい目にあった。
 
 前日の報道で関東平野部が降雪だろうと聞いていたから「想定外」ではないけれどしかし、一夜明けたらまさに銀世界。出かけようと思ったところ、自宅前の道が真っ白になっていたから正直言って驚いた。

 昼食を終えて自宅に戻る途中、救急車のサイレン音が聞こえたけれども、今日は都内でけが人が多数出たに違いない。大学入試と重なって受験生はたいへんだったろうと思う。

 いったいどうなってしまったのだろうか。今年はおかしな出来事で始まったらしい。このさきどうなっていくのだろう。

忘れてはいけないこと2006/01/22 22:36:08

 昨日、アメリカから輸入された牛肉がふたたび輸入禁止措置になった。
 ずさんな検査もさることながら、あまりにも早急な輸入再開に、不安が隠せなかったのだけど事態がこうなってしまって「ああ、やっぱり」としかいいようがない。
 わたしは牛肉好きでも牛丼好きでもないから、牛肉が食べられないからといって大騒ぎする必要はないだろうとクールにうけとめているが、前回の輸入禁止後、牛丼店で牛丼が食べられないからとお客さんが大騒ぎしたり暴れたりしたというニュースにはややあきれた気持ちしか感じなかった。それは今でも変わりない。食べられないことは問題だけれど牛肉でなくてもいいではないか、と。

 昨年、牛肉に代わってラム肉料理に注目が集まった。
 臭みのない調理法や肉処理などが広がり、太らないなど健康にいいこともあり、都内でもラム肉、とりわけジンギスカンレストランがたくさんできた。わたしの自宅近くにもジンギスカンを出してくれるお店がある。

 今晩は都内の居酒屋でジンギスカンを食べた。
 本場北海道育ちとしては物足りないような気もするけど、味はそこそこいける。

 わたしたちはこうしていろいろな食べ物をいただいているわけだけれど、忘れがちなのは、肉はもともと生きている動物の肉なのだということだ。鶏肉にしろ豚肉にしろ。
 それを人間の勝手な都合で育て、殺して肉をいただいている。
 宗教や倫理などと理屈難しいことはさておき、人間の身勝手が生きているいのちをどれだけ粗末に扱っているか。
 それを忘れてはいけないと思う。

歩き続けること それが道になる2006/01/24 23:35:59

 手話ソングをはじめて今年で3年目。10月12日が満3年になる。
 やりつづけてきて、まだまだだと思う一方でだからこそ、続けることが大事だし、伸びるのだと感じてもいる。

 自分の気持ちがこもっていないと伝わらない。
 だが、思い入れや気持ちの込め過ぎもかえって独り芝居以下の単なる演じることにすぎない。
 手話だから聞こえない人も聞こえる人にも通じるようでなければ。

 学生時代、何がいやって数学、体育、音楽の「3点セット」がいやだった。
 数学は小学校4年生でつまづいてから開き直って「生活する上で必要な計算だけ覚えればいい」と、高等公式などとっくに忘れてしまった。これでよくアマチュア無線の免許を取れたものだといまさらながらあきれる。体育はからだが小さいからどうしても無理な種目があって、球技はからきしだめ。格闘技も弱い(女性教師に相撲で負けたほどだ)。スピードを気にしなければなんとか楽しめたのが水泳とスキーくらいか。バレーボール、バスケットボールはからだの大きい人向け。ネットに届かないから嫌いだ。いまはかなり違ったようで、女子バレーでもからだの小さい選手が活躍できるのはうらやましい。

 で、残ったのが音楽。
 音痴というか、きちんと音程があっているかどうかでいじめにあって、カラオケならまだいいけれど合唱なんてもう逃げ出したい。
 
 それがどうしたことだろう。
 数学はもうどうでもいいけれどスポーツはやるほうは卓球、見るのはアメリカンフットボール、あのだ円形のボールを、からだのわりには遠投できる。
 手話ソングは、聞こえないけれど声が出せて手を使って表現できる。

 教会で賛美歌を歌うときも、じぶんなりの手話訳をつくったり、礼拝中にからだ全体を使って表現することもある。

 先週日曜日の礼拝で言われたことが忘れられない。
 「あなたは耳がきこえないけれど声が出せて手も使って歌うことができる。それは大きな恵みではないだろうか」

 聞こえないかわりに小さいからだで表現する楽しみをいただいた。
 手を使って歌う。手話を学んでいくなかからその喜びも感じた。

 自分に与えられたいただいた大きな恵みを、フルにいかしていこう。それが神さまにおこたえする一番の道だろう。
 
 この道を歩き続けよう。歩き続けることが、たしかな道になる。

いい曲は何年たっても2006/01/25 22:46:13

 みんなと一緒に覚えたりレッスンしたりする曲とは別に、個人的に覚えたい曲がたくさんあり、いまあちこちで探したり見つけたりしている。
 そのひとつ、「心の瞳」はとても気に入っている曲のひとつだ。

   愛すること それが どんなことだか わかりかけてきた
   愛のすべて 時の歩み いつもそばでわかりあえる

 1985年の日航ジャンボ機墜落事故で亡くなった坂本九さんが生前録音したが、公の場では一度も歌うことがないときいていた。歳月がたち、いつしかこの曲が中学校・高校の合唱曲で歌われているのだという。
 ご遺族である柏木由紀子さん、大島花子さん、舞坂ゆき子さんがユニットを組んでこの「心の瞳」をリリースしたのだが、手話で覚えたのは3年前のことだった。
 さきに公で歌うことがなかったと聞いていたが、先日CDショップをまわっていて坂本九さんのアルバムをみつけ、そのなかにこの曲が収録されていると知り、驚きながら購入した。さっそく聞き比べてみる。

 坂本さんバージョンはピアノ伴奏つきのゆっくりしたメロディーライン。
 歌声も歌い方も力が入っておらずそれでいて高音部がのびのびとした声。
 「上を向いて歩こう」のあの独特の歌い方から、素人の目で大変失礼ながら澄んだ歌い方に、とても印象強く残っている。
 柏木さんらのバージョンはアップテンポ、女性だけの声を生かして、坂本さんとはまた違った生き生きとした歌い方になっている。

 このどちらがいい悪いが本意ではない。
 いい悪いではなく、もともとの曲がすばらしいだけに、坂本さんであれ柏木さんであれ、すばらしく印象に残るのだ。

 手話ソングも、プロの芸術であるこれらCDやコンサートも、底流に流れる大事なこととして、感動を伝えられるかどうかがある。これがなければどんないい曲でも言葉でも、こころに響かない。
 逆にいえばこころに響くためには、演じるわたしたちが感動をもってステージにあがっていなければいけない。
 「心の瞳」はいつ聞いてもすばらしい曲であり後世に長く伝えられる曲だろう。
 このすばらしい曲から何を感じていくか。
 手話で表すうえでも、わたしたちの感性が試され、感動していなければ、まわりには伝わらない。
 表面的なワンフレーズの「感動」ではなく、こころを揺り動かされていくもの。
 わたしたちも感動を忘れずに、いい曲をすなおにいいものだと受け止めていきたい。

一球一球にすべてを込めて2006/01/26 23:46:56

 ふだんあまり意識しないことのひとつは、「一瞬」の大切さだ。
 時間を意識するとしたら地下鉄や約束に遅れるとか、締め切り時間を守らないとかいった仕事や交通機関がらみのことがある。
 だが今日卓球をやっていてあらためて「一瞬」ということの大切さをしみじみ実感している。

 今日はメンバーとのいつもの練習後、物足りなさを感じて45分の延長練習をした。スポーツセンターの卓球指導員に相手をお願いした。いつもの練習中に彼のプレーを見て、速く強い打球と台からかなり下がってのプレースタイルがわたしの目標のひとつであり、うまい人と練習すればもっとうまくなれると思ったからである。

 試合形式になったら勝ち目はないけれど、あるところまでは速球に目が慣れてリターンはできた。

 短い時間だったけれど有意義な内容だったのはいうまでもない。

 練習時間の終わりが近づいてきて、終わるのがもったいないというか、まだまだやっていたいという気持ちになってきた。
 とともに、一瞬一瞬、一球一球をどれだけ真剣に打ったかやったかやらなかったか。明日がくればもう、この日はこないのだと思うと、やっていてたとえうまく打てなくても、ハードにやるしかない。そう感じたのだ。

 生きていくなかでいろいろなものはあるだろうが、いのちをかけてというか一瞬一瞬を大事にしたいと思えるものと出会えることはそうなかなかないだろう。
 手話ソングダンスもそうだがこの卓球もそのひとつだ。
 ラケットが折れラバーがはがれこの腕が折れてもかまわない。
 そういう、Focusをもって、また来週の練習もとりくもう。

あまり気にしないことだね2006/01/27 23:54:20

 抑うつがだんだん治ってきたのはいいことなんだけど、以前の職場で一緒だった人間だとかあまり会話をしたことのない人間だとかとばったり目を合わせるとちょっとしんどくなってしまう。
 昔のいやな思い出などがフラッシュバックで思い出されるからだろう。

 でもこう考えることはできないか。
 向こうだってこっちを嫌っているわけだし、それはイーブン、同じこと。気にしてもしょうがない。
 気にする必要のないことをあれこれ気にするからおかしくなる。

 世間はどこかで合う人合わない人がいてそれぞれなのだし、合わないからといって無理をする必要もない。袖振り合うも多生の縁という。たまたま会社や社会で出会いすれちがってお互いに悪印象をもったからといって、一生ひきずっていくのもどうだろう。いい思い出を残して去っていくならまだしも、いやな思い出を残すのもバカバカしい。

 いやな人のことはほっておいて、自分が楽しい生き生きとしていられる、そういう人生を残すことを考える方がよっぽどましではないだろうか。

 こだわらないこと、それが一番だね。

はじめて聴いた歌2006/01/28 23:44:58

 童謡歌手の川田正子さんが亡くなられた。
 物心ついたときにはじめて聴いた歌はなんだっただろうか。
 もう思い出せないような遠い記憶の彼方だけれど、かすかに覚えているのは「みかんの花さく丘」だった。

  みかんの花が咲いている 思い出の道 丘の道
  はるかに見える 青い海  お船がぼうっと 浮かんでる

 この歌にもできたときのエピソードだとか、たくさんあるそうだけれど、あの戦争が終わって物もなにもない、未来を思い描くことさえ困難で明日をどう生きていくかで精いっぱいだった時代に、ラジオから流れる童謡がどれだけ多くの人たちのこころを揺さぶり感動させ、「たいへんな毎日だけど、明日はきっといいことがあるだろう」と立ち上がらせた。それだけでも、童謡という力で人々に与えた影響は後世にも語り継がれるはずだ。

 いま、周りを見つめているとどうしようもない暗たんたる気持ちにかられる。
 ビルの偽装建築? 金儲け? 赤字を黒字にごまかそうとした? ホテルを、違反を承知で偽装工事をした? 
 なんだよこれ。

 あきれてものがいえない。
 
 いったいこころは、いいものを残そうという良心は、どこへ消えてしまったのだろう、置き去りになってしまったのだろう。

 感動どころか、ごまかし疑い傷つける、それしかない。

失われたものではなく2006/01/29 21:57:43

 補聴器をはずしてほとんど聞こえない。
 それはそれでまぁやっかいだといえるしいやな音は聞かなくていいのだからと開き直ることも出来るのだけど、やっぱりいやだよね。コミュニケーションもうまくいかないしひとりで街を歩いていて、会話が一方通行ではないからうんざり。

 でも聞こえないかわりに、手のひらでうたったり話したりということができる。これはホントすてきなことだよ。手話ソングをやっていくと少しずつこころがほぐれていくというか暖かくなっていくというか。

 聞こえないけれど残されたものは必ずある。
 自分を否定するのはもったいない。これからさきどんな幸せがあるかわからないじゃないか。

 さきのことはまあ後回しにして。
 手のひらで今日も歌い話していこう。